10、届け!愛のお弁当!(後編)
そして決戦の正午。
あたしは久しぶりに図書室前にやって来た。
今日ばかりは、あたしと咲藤ミランだけじゃない。
女子陸上部全員が参戦している。
もちろん、咲藤ミランを勝たせるためだ。
既に事前に入念な打ち合わせをしている。
副部長の斉藤カノンが全員に指示する。
「今日は絶対に咲藤さんを勝たせる!そのためには勝ち残る五人は、あたし達で独占しなければならない。わかった?」
あたし達はうなずいた。
出走位置さえ良ければ、咲藤ミランは間違いなくトップ五人に入れる。
だが問題はその後だ。
赤御門様が、残り四人の弁当を選んでしまう可能性があるためだ。
それを防ぐため、トップ五人をあたしを含めた女子陸上部で独占しようという作戦だ。
この五人なら誰が選ばれても、その権利を咲藤ミランに譲れば問題ない。
それ以外の女子はガード役として、雲取麗華や天女梨々花の妨害役から、咲藤ミランを含むアタッカー五人を守る。
『妨害役の妨害役』って所か?
「だけど!」
斉藤カノンの真剣な目が、みんなを見渡す。
「計画通りに行かないかもしれない。例年なら、10月にもなれば『お弁当お届けレース』の参加者は減っているはず。だけど今年は減っていない!」
その点には、あたしも気付いていた。
あたしがこのレースに参加するのは3か月半ぶりだが、6月と比べて人数はほとんど変わっていない。
そして問題なのは・・・
春の頃はセブン・シスターズの連中以外は、個人がバラバラに参加していた。
今は明らかに違う。
それぞれがチームを組んでいるのだ。
そして驚いた事に・・・渋水理穂のチームが一大勢力となっていたのだ!
渋水はこの前の学園祭で、一年生ながら人気ランキングNo3となった。
未来のセブン・シスターズ入りは、ほぼ確実だろう。
それを見越して、彼女に取り入ろうとする女子が、予想以上にいたのだ。
つまり今や赤御門凛音様を巡る争いは、
雲取麗華、天女梨々花、咲藤ミラン、渋水理穂の
四人にほぼ占められていると言える。
これは厳しい。
あたしが知っているセオリーは通用しないかもしれない。
それに渋水理穂には、このレースの参加者以外にも、『外部の親衛隊』がいる。
彼らを使って何か仕掛けて来る可能性も、ゼロではない。
かってあたしが『黒い3ザコメン』にやられたように・・・
「天辺さん、アタッカーのみんなに、お弁当を」
斉藤カノンにそう言われて、あたしは慌てて持ってきた三つのお弁当を、アタッカー役に手渡す。
一つは斉藤カノンだ。
ちなみに、咲藤とあたしは自分の分は既に持っている。
あたしもアタッカーの一人だ。
「ともかくアタッカーは前に出ること。あたし達で1~5位を独占する。そしてそれ以外のメンバーは、敵の妨害役をブロックすると同時に、他のトップ集団を出来るだけ前に出させない。いい?」
斉藤カノンが念押しをした。
「最後の四階に上がってから気をつけて。それぞれの教室から一般男子がゾロゾロと出てくる。その中には渋水理穂の親衛隊がいるかもしれない。ヤツラはどんな妨害をしてくるか解らないから」
あたしがみんなに注意した。
それにみんなも頷く。
「行くわよ、みんな!」
斉藤カノンの掛け声と共に、あたし達はクジに向かう。
クジ引きの結果は、あまり芳しくなかった。
あたしたち全員で引いても、一番良かった場所は「一列目六番」だった。
当然、その位置に着くのは今日の主役・咲藤ミランだ。
ちなみに3番が天女梨々香、4番が雲取麗佳、5番目が渋水理穂だ。
二列目4番はあたし、同じく二列目6番が斉藤カノン、7番と8番も陸上部アタッカーだ。
だが二列目1~3番と5番には、雲取麗佳と渋水理穂の妨害役がいる。
三列目も、陸上部のメンバーと、敵妨害役が半々だ。
・・・予想より大分クジ運が悪かった・・・
この位置では、一列目にいる天女、雲取、渋水を押さえることは難しい。
特に雲取、渋水は、一列目中央のベストな出走位置だ。
咲藤ミランなら彼女達の前に出られるだろうが、
二列目のあたし達はタイミングを間違えると、彼女達の前には出られない。
あたしは斉藤カノンに近寄り、そっと耳打ちした。
「あたしが前に出ることが出来たら、可能な限り渋水を押さえるようにします。その隙にガードのメンバーが、あたしの前に出るように伝えて下さい」
「わかった。あたしも出来れば他のトップ・メンバーの押さえに回る」
斉藤カノンは、すぐにその事をガードのメンバーに伝えに行った。
あたしは改めて周囲を見渡す。
あたしが参戦していた頃と、かなり様子が違う。
果たして、あたし達の目論見通りに行くだろうか?
四時間目終了のチャイムが鳴る!
スタート・ゲートが開かれた。
真っ先に飛び出したのは、ベスト・ポジションの雲取麗佳、渋水理穂だ。
少し遅れて咲藤ミランもスタートを切る。
あたしは雲取と渋水の後に続いた。
だが二人とも、あたしを前に出させないように走行ラインを塞ぐ。
その隙に咲藤ミランは二人の前に出た。
ここまでは予想通りだ。
後はどうやってあたし達アタッカーが、雲取、天女、渋水の前に出るかだ。
あたしは雲取と渋水の間を通り抜ける様子を見せつつ、走行ラインを右側に取った。
自然と二人も右側に寄せる。
そして天女がいる左側が空いていく。
・・・バカな奴らだ。次の階段は左側なのに・・・
あたしはほくそ笑んだ。
こうも簡単に引っかかってくれるとは。
だがバカはあたしの方だった。
空いた天女と雲取の隙間は、二列目1~3番の敵妨害役が埋めようとしていたのだ。
マズイ・・・
あたしは素早く進路を変え、雲取麗佳の左側に身体をねじ込もうとする。
そうはさせまいとする、敵妨害役の3番。
あたしと妨害役はしばらく並走した。
そして左の昇り階段に差し掛かる。
ここで妨害役が少しスピードを落とした。
その隙を付いて、あたしは強引に前に出る。
それに気づいた雲取は「そうはさせない」とばかりに、左側に詰めて来た。
あたしが狙っていたのはコレだ!
素早く向きを変えて、雲取の右側に身体をねじ込む。
つまり雲取と渋水の間に割って入ったのだ。
雲取の左側での攻防だったため、渋水の反応が一瞬遅れたのだ。
狙い通りだ。
こうして順位は、トップが咲藤ミラン、二番手が天女梨々花、雲取麗華、あたし、渋水理穂となる。
そしてあたしの後ろには、斉藤カノンを始めとする、他アタッカーとガード役が、敵妨害役と混戦状態になっている。
まさしく『ドッグ・ファイト』だ。
階段の踊り場を回る時、あたしは故意に大回りをした。
アウト側にいる渋水は、さらに外側に膨らむしかない。
そこに斉藤カノンと、他アタッカー女子一人が入り込む。
これも狙い通りだ!
あたしは後ろに斉藤カノンとアタッカーAがいる事を確認していた。
これで順位は、トップの咲藤ミラン、
二番手が天女、雲取、斉藤カノン、アタッカーA、
三番手があたしと渋水、そしてアタッカーBだ。
イイ形だ。
この隊形なら、四階に着いてからの直線ダッシュでも、あたし達が1~5位を独占できる可能性は高い。
渋水が横で焦る様子が感じられる。
だが強引に前には出てこない。
これは何か罠がありそうだ。
おそらく親衛隊の男子を使った何かだろう。
あたしはチラっと、右側のアタッカーBを見た。
彼女もあたしの方を見る。
ヨシ、意思は通じた。
あたしは最後の踊り場で、渋水の前を押さえる。
そこで素早くアタッカーBが渋水の右側を塞いだ。
このチャンスを狙って、ガード役4人が素早くあたし達の前に出た。
「な!」
渋水の驚きの声が聞える。
だがこの状況で、ヤツにできる事は何もない。
四階に到着した時の順位は、トップは咲藤ミランで変わらず、
二番手が雲取、斉藤カノン、アタッカーA、少し遅れて天女、
三番手にガード役4人、そしてあたし、アタッカーA、渋水の順だ。
そこに教室から昼休みとなった男子達がゾロゾロと涌いて出てくる!
その中には、あの『黒い3ザコメン』の顔もあった。
「ガード!教室から出てくる男子に注意して!」
あたしは叫んだ。
ガードの4人はあたしの言葉を理解したらしく、二人ずつに分かれて、斉藤カノンとアタッカーAの進路を確保するように走る。
これで渋水の親衛隊男子も、手が出せまい。
あたしとアタッカーBも、その後に続く。
残りは100メートルの直線のみだ。
既に咲藤ミランは独走状態になっている。
そして雲取麗華と斉藤カノン、アタッカーA、続いてあたし、アタッカーB、天女梨々花となっている。
渋水はその後ろだ。
斉藤カノンが何とか雲取麗華を抑えようとしている。
だが雲取麗華はあなどれない。
彼女はテニス部の女子部長だ。
テニスは脚に関して、瞬発力も持久力も必要なスポーツだ。
陸上部と言えど、簡単には追い抜けない。
そして、それはあたしも同じだ。
もはや駆け引きは出来ない。
全員がただひたすら走るだけだ。
廊下の向こうに赤御門様の姿が見えた。
久しぶりの感覚だ。
懐かしい気さえする。
真っ先に彼の元に到着したのは、咲藤ミラン。
そして斉藤カノン、雲取麗華、あたし、アタッカーAの順だ。
これで5人。
全員が口を揃えて言う。
「わたしと一緒にお弁当を食べて下さい!」
赤御門様は、久しぶりの熱い劇走に度肝を抜かれていた。
「えっと・・・って、君は天辺さんだろ?なんでココに?」
「今日は赤御門先輩の誕生日ですよね!絶対に負けられない戦いと思い、ある人を助けるために来ました!」
あたし達は一人一人、弁当を開く。
当たり前だが、雲取麗華以外は、みんな同じ内容だ。
「え?どういうことだ、これは?」
赤御門様が不思議そうだ。
「赤御門先輩が温かいモノを食べたいと言うので、後で鯛茶漬けとして食べられるように鯛飯を作ってきました」
「そうか、最近、水上と兵太がやけに昼飯の事を聞いてくると思ったら、そういう事だったのか」
そう言ってもう一度、全員の弁当を眺め回す。
そして咲藤ミランの弁当にだけ、可愛い小箱が着いている事に気がついた。
「これは?」
赤御門様がそう聞いた。
咲藤ミランは少しの間、黙っていたが、やがて小さい声で答えた。
「あたしが作ったクッキー。中三の時に渡した・・・」
赤御門様が一瞬、遠い目をした。
「わかった。ミラン、今日は君の弁当にするよ」
そう言うと、赤御門様は咲藤ミランの腕を取るようにして、食堂の方に向かって行った。
・・・やった?・・・
あたし達は目を見合わせる。
だがそこに雲取麗華もいた。
「ミランはいい後輩を持って幸せね」
彼女はさほど悔しそうな顔をしていない。
いつも通り、女王然とした雰囲気だ。
「だけどあなた達は、あたしに敵対した事は確かね。それなりの覚悟は出来てるのかしら?」
そう言ってフッと小さく笑うと、踵を返して去っていった。
雲取麗華の姿も見えなくなると、斉藤カノンがあたしの手を取る。
「ありがとう、天辺さん。あなたのお陰よ」
だけどあたしは、小さく首を横に振った。
今回、結局あたしは何の力にもなっていない。
赤御門様が咲藤ミランのお弁当を選んだのは、あの『手作りクッキー』があったからだ。
あたしと作った料理が無くても、そしてあたし達のサポートが無くても、
あの『手作りクッキー』があれば、
赤御門様は彼女との昼食を選んだだろう。
あたしは赤御門様と咲藤ミランが消えた廊下を見つめた。
あの二人の幸せを、願わずにはいられない。
(でもちょっと悔しいかな?)
この続きは、明日7月6日(土)の朝10時過ぎに投稿予定です。




