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あなたにこの弁当を食べさせるまで!  作者: 震電みひろ
第三章 仁義無き戦い!少女戦国編
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8、助けて!期末試験(カップリング)

今回は、美園に対する渋水理穂のサイドストーリーです。

彼女の意外な一面が見られます。

お楽しみ下さい。

 渋水理穂は、急な大雨のため、オフィスビルの玄関エントランスに避難していた。


・・・まいった。傘を持ってくるんだった。今日は慌てて家を出たから・・・


そのオフィスのエントランスは割合と広かったが、ビルを出入りする人がすぐ横を通る。

その人たちの視線が、何となく嫌だった。


 渋水理穂はどこにいても、目立つ容姿だ。

身長は女子としては平均的な背の高さだが、形良く盛り上がったバスト、細いウェスト、そしてスラッとした腰高の脚。

このスタイルで、髪型は金髪ツインテール、顔立ちは人形のようと来れば、人目を引かない訳がない。

年齢を問わず、中には渋水をジロジロと眺めていく男も多い。


・・・ハァ、この雨じゃ当分止みそうもないか・・・


だが走っていくには、駅まで距離がありすぎる。

駅に着く頃には全身びしょぬれだ。

夏服のブラウスだから、下着が透けて見えてしまう事は間違いない。


・・・ああ、本当にどうしよう?・・・


 スマホの電話帳には、腐るほど便利に使える男子達の連絡先が登録されている。

車を持っている男だって、いくらでもいる。

だが「ここから駅までの数百メートルを送るために来て!」とは、流石に言えなかった。


 その時、ビニール傘を差した見覚えのある少年が目の前を通った。


「あ・・・」


 渋水は思わず声を上げた。

その声に気づいたのか、少年は物憂い気に顔を上げた。

視線を渋水の方に向ける。

花火大会の時に、不良大学生から助けてくれた少年。

同じ一年の中上兵太だった。


「あー」


 彼の方も渋水に気づき、小さい声を上げる。

中上兵太はそのまま通り過ぎようとしたが、思い留まったように足を止めた。

そして渋水の方に近づいてくる。


「もしかして、傘持ってないの?」


「う、うん」


「それでここで雨宿り?」


「まあ、そんなところ」


中上兵太は空を見上げた。


「この雨は、そんなにすぐには止まないぜ」


「わかってるわよ、そんなこと」


「良かったら、駅まで一緒に入ってく?」


 渋水はそう言った少年の顔を見つめた。

彼の目には、他の男にある

『渋水に対する特有の意図』

が感じられなかった。


 渋水は一瞬躊躇した。

普通の男なら「渋水が一緒の傘に入ること」を期待して、もっとニヤけた言い方をするものだ。

そして目にはその期待が浮かぶ。

『変な期待・妙な意図』しか感じられないのは嫌だったが、

目の前の中上兵太のように、その感じが全然ないことも気に食わなかった。


・・・だけどここで断ったら、駅までずぶ濡れになって走らなければならない・・・


「ありがとう。じゃあお願いするわ」


渋水は言葉ではそう言いながら、態度はあくまで

『相手の期待に答えて一緒の傘に入ってあげる』

という態度を示した。


 渋水は中上兵太の傘の下で、一緒に駅までの道を歩いた。

中上兵太は、あまりしゃべろうとしなかった。


・・・なによ、わたしみたいな美少女と一緒に居るっていうのに、ずっとダンマリしているつもり?・・・


黙っているのも少し気まずいので、渋水から話しかけてみる事にした。


「今日は学校に行ってたの?」


「うん、図書館の自習室で試験勉強をしようと思って」


「一人で?」


中上兵太の目がチラっと泳いだ。


「ああ、一人で」


・・・ふうん、やっぱりこの子、彼女いないのね・・・


渋水はそう思った。


 慈円多学園は男女比が3対7だ。

しかも男子は選りすぐりのイケメン男子ばかりだ。

だからと言って、全ての男子に彼女がいる訳ではない。

ファイブ・プリンスなど学園トップの男子が、圧倒的に人気を独占しているためだ。

よって一般の男子は、それほど彼女がいる率は高くない。

 高校生活後半の2年の夏以降になると、

女子の方も諦めが見えて一般男子で妥協するようになるが、

一年生の間はまだまだみんな高望みをするのだ。


・・・見た目はそんなに悪くないんだけどな。可愛い感じのイケメンだし、正直そうだし、優しそうだし、真面目そうだし、人に好かれそう。ちょっと今は雰囲気が暗いけど・・・


残念なのは身長かな、あと5センチ高かったら、と渋水は思う。


・・・けっこう後で大ブレイクするタイプかも。今の内にツバ付けておいた方がいいかな?・・・


 そこまで考えた時、渋水の中でちょっとためらいが残った。

渋水理穂は誰が見ても認める『絶対的美少女』だ。

それに対しこの中上兵太は『好感を持てる可愛い感じの少年』ではあるが、

ファイブ・プリンスのような『絶対的イケメン』ではない。


でも・・・と渋水理穂は思う。


・・・こうして、たまには同じ歳の男子と一緒に歩くのも、悪くはないな・・・と。


「自習室では何の勉強していたの?」


渋水が質問を変えて聞くと、中上兵太は初めて表情を変えて答えた。


「第二外国語。俺は中国語を取っているんだけど、全然わからなくて。まだテキストの試験範囲の所も訳せてないんだ」


本気で困っている表情だった。

その自然な表情に、渋水らしくもなくドキッとする。


「あ、あのさ、試験範囲なら全部訳し終わっているから、少し教えてあげようか?わたし、中国語はけっこう得意だし」


・・・どもるなんて、本当に私らしくない・・・


渋水はそう思った。


 ちなみに渋水理穂は、英語も中国語も得意な方だ。

実はネットアイドルとしての渋水の人気は、日本だけではなくアジア全体でも高かった。

ファンはむしろアジアの他の国の方が多いくらいだ。

中国本土や台湾、シンガポールなどの中国語圏でのファンやフォロワーがかなり多い。

そのファン達との交流のためにも、必然的に英語以外に中国語の勉強もするようになっていた。

今ではメールやツィートのやり取りや、簡単な日常会話程度の中国語ならこなせるようになっていた。

それに彼女に「中国語を教えたい!」って男は、本当に腐るほどいる。


「え?本当?それだとすごく助かる。頼んでもいいかな?」


中上兵太が明るい表情を見せた。

その顔を見て、なんとなく渋水もうれしくなる。


「いいよ。駅まで傘に入れてもらったお礼もあるし。適当に座れそうな所に入ろうか?」


 二人は駅のそばのファーストフード店に入った。

二人とも昼食を取っていないので、ランチのセットを頼む。

渋水にとっては、こういうファーストフード店で男子と二人で入るのも、久しぶりだった。

一人で時間潰しに入る事はあっても、男と一緒にファストフード店に入ることは無い。

男と一緒なら、ある程度以上の店と決めているためだ。

(もちろん、男のオゴリでだ)


・・・今日は例外・・・


渋水はそう思っていた。


 早速、試験範囲の中国語のテキストを開く。


「なによ、全然やってないじゃない」


渋水は呆れ声を出した。

中上兵太は、最初の数ページ以外、まったくテキストを訳せなかったのだ。


「仕方ないわね」


渋水は試験範囲について、一通り内容を説明した。

重要ポイントだけノートに書いて訳してあげる。

中上兵太は必死になって、彼女の言う事をノートに書き取って行った。


・・・たまには、こんな風に人に物を教えるのも悪くない・・・


渋水はそう思った。

一通り試験範囲のテキストの説明が終わる。


「重要ポイントは訳文を書いたから、後は自分で訳してみて」


「ありがとう。本当に助かったよ」


中上兵太が顔を上げ、本当に感謝している様子をそう言うのを聞いて、渋水は照れ臭い感じがした。

わざとちょっと横を向いて言い放つ。


「だいたい普段からもっと、ちゃんと勉強していれば、こんな事にはならないんじゃないの?」


「そう言われると、何も言い返せないな」


中上兵太は苦笑いした。


「中国語は発音が大切なんだけど、まあ今回の試験ではそこは問題にならないから。とりあえず基本フレーズ五十と、基本単語の五百を覚えることね」


「そんなに!」


「ウチの学校に入れるレベルなら、この程度は楽勝でしょ!」


 二時間ほどファーストフード店で過ごした。

渋水理穂が中上兵太について知った事は、花火大会の時とあまり違いは無かった。

「一年E組であること」

「バスケ部であること」

「同じ中学から一人、慈円多学園に来ていること」

新たに知ったのは「理系科目が苦手で、大学は法学部を志望していること」くらいだ。


「渋水さんは?ネットアイドルをやっている事は知ってるけど」


中上兵太にまっすぐに見つめられてそう聞かれた時、渋水は思わず口ごもってしまった。


「あたしは・・・」


そう、まだハッキリと言えるほどの自信はない。

だが彼女には目的があった。

ネットアイドルなどもその手段の一つに過ぎないのだ。

当然『金儲け』という目的もあるが。


 ファーストフード店を出た二人は駅に向かった。

雨はまだ強く降っている。

止みそうな感じはなかった。


「お礼って訳じゃないけど、この傘、使ってくれよ」


中上兵太はそう言って、自分のビニール傘を差し出した。


「あなたは大丈夫なの?この雨は止まないでしょ」


「俺は平気だよ。ただのYシャツだし。それよりあんたは濡れるのは困るだろ。ウチの学校の女子制服は凝ってるから」


そう言って彼は、さらに前に傘を差し出す。


「ありがとう」


渋水はそれを受け取った。

中上兵太の「純粋に自分を心配してくれる気持ち」が嬉しかった。


「安物だから返さなくていいから」


そう言って中上兵太は片手を上げると、改札を通って消えて行った。

渋水理穂はしばらく、その傘を持ったまま、その姿を見送っていた。

この続きは、7月25日(火)7時頃、投稿予定です。

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