7、図書館でカップル試験勉強
八月も最後の週。
あたしは兵太と地元の図書館の自習室にいた。
期末試験の勉強のためだ。
慈円多学園は二期制のため、前期中間考査が6月中旬、期末考査が9月頭の夏休み明けにある。
よって夏休みの最後は、必死に試験勉強をしなければならない、という訳だ。
だがあたしはウキウキしていた。
だって「図書館でカップルで勉強」だよ。
あたしは昔から、このシチュエーションに憧れていたのだ。
二人で席を並べて、静かに勉強している。
息抜きに、ふと隣を見ると、彼氏が自分を見つめている。
だが目が合うと、彼氏は慌てて視線を逸らす。
「あ、あの、この問題だけどさ・・・」
彼氏が取り繕うように、勉強の話をする。
あたしは、それを微笑ましく、見ている。
な~んて、少女マンガみたいで、とってもイイ!
まぁよく考えてみると、兵太と一緒に勉強なんて、去年の中三の時もやっていたが、今とは状況が違う。
なんと言っても、今のあたし達は付き合っているのだ!
そんじょそこらの中坊の男女が一緒にいるのとは、訳が違う。
しかし、そんな甘い期待も虚しく、あたしも兵太もしかめっ面で問題集とにらめっこしていた。
そう、まさしく「にらめっこ」だ。
つまり「手は動いていない」イコール「問題が解けていない」。
「兵太~、『x^2-xy-6y^2+2x+9y-3』の因数分解って、どうやるの?」
「俺もわかんねー」
「兵太~、『π/4≦θ≦2/3πの時、y=cosθ^2-cosθ+9/4』でのyの取り得る値って、どうやって求めるの?」
「俺に聞くなよ」
「兵太~、質量54gのメタンを燃焼させた時、標準状態での体積っていくつ?」
「だから、なんで俺に聞くんだよ・・・」
ついにあたしの不満は爆発した!
「もうっ!兵太、何にもわかんないじゃん!数学も化学も物理も!それでも男なの!」
兵太は軽く動揺しながら反論した。
「何だよ、俺だって理数系は苦手なんだよ!だいたいウチの学校は『女子だから理数が苦手とかはあり得ない!』って、普段から言ってるだろ?女子はそのために一時間、理数系の授業が多いじゃないか」
兵太の言う通りだ。
慈円多学園の母体でもあるAWSSCの
「女子が理数系が弱いなんて、思い込みと社会的環境のせいに過ぎない」
という意向により、女子は男子よりも理数系の科目が週一時間多いのだ。
そのお陰かはわからないが、慈円多学園は女子の理数系大学への進学率はけっこういい。
それはそれとして、あたしも兵太も現在の勉強には手こずっていた。
断っておくが、あたしも兵太も中学の時の成績は悪くない。
あたしは一年から通して学年で十番以内をキープしていたし、兵太は中二までは真ん中より少し上程度だったが、中三からメキメキと実力を付け、夏休み終わりには塾の模試で偏差値69、学校の定期テストでも5番以内に入っていた。
だが今はこの体たらくだ。
兵太はクラブ活動、あたしはお弁当作りにかまけていた結果だ。
だが赤点だけは避けたい。慈円多学園は私立だから無情に留年させる。
二クラスに一人は留年者がいるくらいだ。
『年下の同級生』なんて、ゾッとする。
と言う訳で今、あたし達は必死に勉強している訳だ。
さすがの部活も、試験二週間前から休止になる。
だが『一緒にお勉強』と言うのは、どちらかが勉強が出来るから成り立つのかもしれない。
あたしと兵太は現在、同程度に勉強ができない。
大体、数学とか物理とか化学とか、難しすぎるよぉ~。
中学と比べて段違いだ。
「もう~、数学とかヤメヤメ!英語に変更!」
あたしはついに投げ出した。
すると兵太はカバンの中を探ると、マヌケな事を言い出した。
「あ、俺、英語の問題集を忘れてきた。家に戻って取ってくるよ」
「あたしの見せてあげるよ」
「いや、俺はまだ美園のページまで進んでないし、電子辞書も忘れてきたから、一度家に帰るよ」
そう言いながら、兵太は立ち上がった。
持ってきたテキストやノートはそのままで、カバンを持って出て行く。
・・・なんだよ、あたし一人を放っておいて・・・
あたしは少しムクれる。
・・・ハァ~、一人だと勉強する気になれないなぁ。ちょっと本でも見てみるか・・・
あたしは自習室を出ると、図書館の書棚に向かう。
何となく小説コーナーに足が向いた。
試験前に小説なんて読み出したら、ドツボにはまってしまうけど。
外国の推理小説を手に取ってみる。アガサ・クリスティか。
パラパラとページをめくってみた。
「あのぉ」
周囲で声がした。でも多分あたしにじゃないだろう。
「あのぉ」
もう一度、声がした。
そこで初めて声の方を振り向いた。
もしかして、あたしに話しかけていた?
「やっぱり、天辺さん」
そこには男子にしては背が低い、色白の大人しそうな少年が立っていた。
顔は・・・見覚えはあるけど、名前が出てこない。
「僕だけど、忘れちゃった?」
うん、忘れた。少なくとも名前は。
「二年の時に同じクラスだった新川だけど」
はぁ、新川君、ですか?
そう言われても、特段思い出す事は無い。
何かあたしと接点あったっけ?
「あー、こんにちは、久しぶり」
とりあえずそれだけ言った。
それしか言うことが無かった。
「今は推理小説を読んでるの?ラノベじゃなくって」
「これはヒマだから手に取ってみただけ。ラノベの方が好きだよ。読みやすいし」
そう言いながら、手に持っていた本を書棚に戻す。
「良かった。天辺さんの本の趣味が変わったのかと思った」
そこまで言われて、あたしは思い出した。
そうだ、彼は二年生の時に同じクラスだった新川博巳君だ。
趣味で小説を書いていた。イラストもまあまあ上手だったように思う。
「今日は本を借りるために図書館へ?」
彼がそう聞いて来たので、あたしは首を左右に振る。
「ううん、試験勉強のため。夏休み明けが試験だから」
「天辺さんって、あの慈円多学園だよね。女子の名門校の」
「う~ん、女子も確かに難しいけどね。でも男子の方が入学するのは大変だよ」
「え、慈円多学園って男子もいるの?」
「いるよ。あたし達の学校からも中上兵太が慈円多学園だよ」
「中上君って、あのバスケ部だった?」
「そう。今日も一緒だよ。今は家にいったん帰っているけど」
「ふ~ん」
新川君の表情は少し曇ったように見えた。
「新川君はどこの学校なの?」
あたしがそう聞くと、彼は都立の名門高の名前を挙げた。
「そうなんだ。じゃあ学校の場所は意外に近いんだね」
あたしはそう言いながら、そろそろ話しを打ち切ろうとしていた。
自習室に教材だけ置いて席を占領しておくのは、あまり良くない。
「じゃあまたね、新川君」
あたしがそう言うと
「あ、ちょっと待って」
と、彼はあたしを引きとめた。
怪訝な顔をしてあたしが振り返ると
「僕、今も小説を書いているんだ。今は主にWebに投稿しているんだけど」
と言った。
あたしもWeb投稿小説は時々目を通している。
「天辺さん、中学の時に僕の小説を読んで『面白い』って言ってくれたよね。良かったら、また読んで感想を聞かせて欲しいんだけど」
あ~、そんな事もあったかもな。
お世辞で言ったか、本当にそう思ったのか、覚えてないけど。
彼はポケットから一枚の名刺のようなカードを取り出した。
そこには彼のSNSのID、ハンドル名が書かれていた。
「○○○と××××って投稿サイトに書いているんだ。良かったら読んでみて」
彼は恥ずかしそうにそう言うと、そのカードを押し付けるようにして立ち去って行った。
あたしはしばらく、そのカードを眺めていた。
確かに、自分の書いた小説を友人や家族に読んで貰うって、勇気がいるんだよね。
クソが付くほど恥ずかしくてさ。
あたしも中二の頃にちょっと書いた事があるから、恥ずかしい気持ちはよくわかる。
あとあたしは中一から中二にかけて書いていた、自作イラスト付きの詩集もあるんだよねぇ。
自己満足&自己陶酔感満載のポエムが・・・
あれだけは他人様には見せられない。
見られたら、自分が死ぬか、見た相手を殺すか、ってシロモノだ。
かと言って、なぜかいつも捨てる事も出来ないんだよなぁ。
青春の汚点なのに。
自習室に戻ると、既に兵太も家から戻っていた。
「どこ行ってたんだ?」
「ヒマ潰しに、ちょっと本を見てた。そしたら中学で一緒だった新川君に会ったよ」
「新川?新川って二年の時に同じクラスだった奴?二学期の学級委員だった」
あ、そうだったっけ?
あたしは一学期の学級委員だったから、知らなかった。
だがその時の兵太の表情が、ちょっと嫌そうな様子だった。
「なにか言ってた?」
「ううん、別に、なにも」
あたしは、兵太のその雰囲気で、何となく彼から渡されたカードの事を言いそびれてしまった。
この続きは、明日6月22日(土)10時頃、投稿予定です。




