6、女子陸上部と海に行く(その5)
セブン・シスターズの一人、咲藤ミランの誘いにより、
女子陸上部合宿の最終日「海水浴」だけ参加する事にした美園。
実は狙いは女子陸上部と同じ場所で合宿をしている、男子バスケ部の合宿だった。
しかしそこで幼馴染であり、最近交際を始めた中上兵太と、
マネージャーの川上純子が仲良くしていた事を知ってしまう。
兵太のために作って来たお弁当を捨て、兵太に会わずに帰ろうとする美園。
その彼女にナンパ二人組が声をかけて来た。
ちょうどそのタイミングを兵太に見られてしまい、思わず口論になってしまう。
反省しつつ、海岸に出てみると、誰もいないと思っていたら、
そこには咲藤ミランがいた。
彼女も自分の気持ちに素直になれず、作ってきたお弁当を赤御門凛音に渡せなかった。
その夜、女子陸上部はサプライズでバスケ部と合同で花火をやる事になった。
あたしは咲藤ミランに近寄って聞いてみる。
「女子陸上部って、男子バスケ部と一緒に、いつも花火をやるんですか?」
だが彼女もキツネにつままれたようだ。
「いや、今までこんな事はなかった。あたしも知らなかったし」
そこに斉藤カノンが近寄ってくる。
「わたしが企画したの。バスケ部の水上君とは同じクラスだから。合宿の最後の夜は、一緒に花火でもやらないかって」
そしてあたしにだけ、そっと耳打ちする。
「こうでもしないと、咲藤さんは自分から行かないでしょ」
あたしは耳打ちし返す。
「他の女子陸上部員は大丈夫ですか?この中にも赤御門先輩のファンは多いと思いますけど」
「大丈夫、今日だけは咲藤さんの邪魔をしないように、言い含めてあるから」
「おい、なにコソコソやってんだ?」
咲藤ミランがそう言った時
「おーい、花火やるぞぉ~、バスケ部も女子陸上部もこっち集まれ!」
とおしゃべり先輩が大声で呼びかけた。
バーベキュー用ライターで、次々と手持ち花火に火を付け、みんなに手渡していく。
あたしはその中で兵太を目で追った。
兵太もいる。
バスケ部男子の中でみんなと何かを話していた。
花火を受け取るため、みんなと一緒におしゃべり先輩の前に並んだ。
「ホイ、次」
そう言いながら、おしゃべり先輩も次々に手持ち花火をみんなに渡していく。
だがあたしの番の時に
「兵太の彼女じゃん。女子陸上部だったんだ?兵太ならアッチにいるぞ」
と言いやがった。
周囲の女子が「え~、天辺さん、彼氏いたの?」「だれだれ?どの人」と囃し立てる。
このおしゃべり男が!
そんな事を言われたら「ハイ、そうですか」って行ける訳ないだろ!
まったく、余計な事しか言わないんだから。
みんなと一緒に手持ち花火を楽しむ。
その後も、ロケット花火や噴出花火、打上げ花火、連発花火、ナイアガラの滝花火など、
様々な花火をキャーキャー言いながら楽しむ。
そうして色んな花火をやっている内に、バスケ部男子と女子陸上部のみんなも、段々と打ち解けて行き、アチコチで男女が一塊りになって笑いあう声が聞える。
「美園、ちょっといいか?」
連発花火を見ている時、背後から声がかかった。
兵太だ。
一緒に居た女子陸上部のみんなは気を利かせて、そっとその場を離れてくれる。
「なに?」
あたしは、まだちょっと拗ねた返事を返した。
だが兵太の声は静かだった。
「水上先輩に聞いたんだ。美園は今日、お弁当を持ってきてくれたんだってな・・・」
あたしは黙っていた。
「ごめん。それから・・・ありがとう」
それを聞いて、あたしの中で安心感があふれ出てきた。
「うん」
それだけ言うのが精一杯だった。
「線香花火を持ってきた。一緒にやらないか?」
「うん」
周囲を見ると、大物の花火は全てやり終わったらしく、みんながいくつかの塊になってこじんまりと線香花火をやっていた。
「はい」
兵太が線香花火に火を付けて、あたしに渡してくれる。
「先にちゃんと言っておくな。部活や合宿の間、確かに川上さんはよく話しかけて来ていたよ。でも俺の方からは用が無い限り、話しかけた事はないよ。それからお昼も普段はみんなで食べているんだ。今日はたまたま一年の三人が、昼飯の時に花火を追加で買いに行ったから、二人だけに見えたんだよ」
あたしは黙って線香花火を見ていた。
細かい火花と共に、ジジジーという線香花火独特の音がする。
「水上先輩に『美園が居た』って聞いて、すぐに追いかけたんだけど」
「わかった。兵太のこと、信じるよ」
あたしは正直、もう怒っていた訳じゃなかった。
それより、こうして兵太がそばに来てくれた事の方がうれしかった。
「美園はどうして、ここに来たんだ?」
「昨日、咲藤先輩から『女子陸上部の合宿に日帰りで一緒に行かないか?』って誘われたんだ。海だから迷ってたんだけど、場所を聞いたらバスケ部の合宿場と同じだったから。それでお弁当を作って持って来た」
「そうか、咲藤先輩と一緒に来たのか」
兵太も安心したような言い方だった。
あたしは顔を上げて、咲藤ミランの姿を探した。
みんなから少し離れた場所、流木のある所で、
赤御門先輩と二人でやはり線香花火をやってきた。
・・・あの二人、一緒にいるんだ・・・
あたしはホッとした。
彼女も少しは心のわだかまりが溶けただろうか?
「咲藤先輩は赤御門先輩と幼馴染なんだって。二人とも、お互いの事を好きみたいだけど、素直に気持ちに表せないみたい。でも今は少しいい感じになったみたいで良かった」
兵太は意外な顔をした。
「咲藤先輩が?それは意外だな。あの人はもっとガツガツ行くタイプに見えたけど」
あたしはちょっとだけ、兵太を睨んだ。
男って、どうしてこう表面的なモノの見方しか出来ないんだろう。
「咲藤先輩は表面的には行動的に見えるけど、本当は優しくて女らしいよ。でも性格はサッパリしていて、すごくイイ人なんだよ。だから女子陸上部の皆にも、すごく信頼されている」
もっとも当初はあたしも誤解していたが・・・
「人は見かけによらないもんだな」
「あの二人、うまく行ってくれるといいんだけど」
兵太がクスっと笑った。
「なによ?」
「いや、つい二ヶ月前まで、美園が必死に赤御門先輩の事を追い掛け回していたのに、そんな事を言うなんて、と思ってね。セブン・シスターズにも、すごく敵意を燃やしていただろ」
あたしは赤面した。
「うっさい!過去の事を持ち出すな!」
あたしは軽く肩を兵太にぶつけた。
兵太は相変わらず笑っている。
あたしは拗ねたフリをしていたが、やがてつられて笑ってしまった。
浜辺を渡る夜風が気持ちいい。
あたし達は、二人並んで、線香花火を見つめていた。
夜十一時。あたしは咲藤ミランと一緒に、帰りの車の中にいた。
九時半に合同花火の会は終わり、あたし達は十時過ぎには旅館を出発した。
他のみんなは今夜泊まって、明日午前中に帰ってくる予定だ。
アクアラインから見える東京湾の夜景がキレイだ。
「ありがとな、天辺」
それまで黙っていた咲藤ミランが、そう言った。
「え、そんなあたしこそ部外者なのに呼んで貰って、ありがとうございました」
咲藤ミランは首を左右に振った。
「いや、本心は天辺を呼んだのは、あたし自身が白子海岸に行く口実が欲しかったからなんだ。高校最後の夏に、少しでも凛音に気持ちを伝えたくて。結局、伝える事は出来なかったけどな。でも花火で二人で話せただけでも良かったよ」
「あたしは何の役にも立ってないですよ。合同花火会を設定したのは、副部長の斉藤さんだし。それと赤御門先輩は、きっと咲藤先輩の事が気になっていると思います」
これはあの花火大会の時、赤御門様と話した時に、あたしが感じた事だ。
本当は「咲藤先輩の事を想っています」と言いたかったが、そこまで言い切る自信は無かった。
だが咲藤ミランは寂しそうに笑った。
「そうかな?だけど今日も久しぶりに二人きりで話したのに、何も言ってくれなかったよ。お弁当お届けレースでも、他の子とは楽しそうに話しているのに、あたしとは何か気まずそうだ」
それはお互い意識しているからではないか?
だがあたしが、そこまで踏み込んで言うのは違うと思った。
「咲藤先輩、弱気にならず、二学期から頑張りましょう!こんな時こそ『女子たるもの、野獣であれ』です!」
あたしは彼女に向かってガッツポーズを作った。
「そうだな、このまま後悔し続けるのだけは、嫌だしな。最後に一踏ん張りするか?」
「そうですよ、昼間の約束通り、あたしもお弁当作りを手伝いますから」
「ありがとう、天辺が来てくれて本当に良かった」
彼女は右手を差し出した。
あたしはその手を、強く握った。
この続きは6月21日(金)7時頃、投稿予定です。




