6、女子陸上部と海に行く(その4)
セブン・シスターズの一人、咲藤ミランの誘いにより、
女子陸上部合宿の最終日「海水浴」だけ参加する事にした美園。
実は狙いは女子陸上部と同じ場所で合宿をしている、男子バスケ部の合宿だった。
しかしそこで幼馴染であり、最近交際を始めた中上兵太と、
マネージャーの川上純子が仲良くしていた事を知ってしまう。
兵太のために作って来たお弁当を捨て、兵太に会わずに帰ろうとする美園。
その彼女にナンパ二人組が声をかけて来た。
ちょうどそのタイミングを兵太に見られてしまい、思わず口論になってしまう。
・・・また、やっちゃった・・・
後悔と一緒に、やりきれなさが襲ってくる。
やっぱり、兵太の合宿に来ない方が良かったのか?
ここではあたしは部外者で闖入者なのか?
東京で大人しく、兵太の帰りを待っている方が、平和だったかもしれない。
しばらく一人になりたかった。
横を見ると、松林の切れ目に海が見えた。
人気は無さそうだ。
あたしは松林の小道に入った。
二十メートルも進むと海岸に出た。
きれいな砂浜だが、人は誰もいない。
九十九里浜は砂浜は広いが、遊泳禁止の所が多く、海水浴場を離れれば人はほとんどいない。
一人になったら涙が溢れてきた。
こんな、喧嘩するために、ここに来たんじゃないのに・・・
少し小高く盛り上がっている所があり、そこだけがクローバーが生い茂っていた。
しばらくそこで海でも見て、気分を落ち着けよう。
丘に登り切ったところで、その向こうに人がいる事に気づいた。
相手もあたしに気づく。
咲藤ミランだった。
「咲藤先輩」
あたしは慌てて、目の周りの涙を拭った。
「天辺か・・・」
そう言って、彼女も軽く目の下を指で拭った。
あたしほどじゃないが、彼女の目も少しピンクっぽい気がする。
「どうしたんだ。こんな所へ?」
「先輩こそ?」
「あたしは、別に・・・って事はないか。もしかして、あたし達、一緒か?」
「わからないですけど・・・もしかしたら、一緒の気分かもしれません」
「ここに座れよ」
咲藤ミランは自分の横を指さした。
あたしは彼女の隣に座る。
「昼飯は食ったか?宿にはあたし達の分は無いはずだけど?」
「いえ、まだです」
「あたしもまだだ。良かったら一緒に食わないか?」
そう言って、反対側に置いてあったクーラーボックスを開く。
咲藤ミランのお弁当は、主食は俵型おにぎりと太巻き寿司。
おかずはウインナー、卵焼き、ナポリタン、ミートボール、コーンスローサラダ、ブロッコリーだ。
「天辺が作るお弁当に比べれば、見劣りするだろ?あたしは料理はそれほど得意じゃないんだ」
彼女は苦笑しながら、そう言った。
「いつも届けているお弁当は?」
あたしがそう聞くと
「普段はウチのお手伝いさんが作ってる。あたしが自分で作るのは、今日みたいに特別な時だけだよ」
と自嘲気味に答えた。
・・・特別な日、か・・・
あたしは太巻き寿司を一つ取り、口に入れた。
確かに太巻きにしてはご飯を圧縮し過ぎだ。
口の中で適度にほぐれない。
しかし、これも彼女が一生懸命に手作りしたんだな、という努力が感じられた。
ブロッコリーに箸を伸ばす。
軽く塩茹でしているようだ。
茹で具合も塩加減もちょうど良かった。
ブロッコリーは茹で過ぎると、ボロボロと崩れる上、歯ざわりがグチャっとする。
シンプルなものほど、丁寧さが必要だ。
次に俵型おにぎりに手を伸ばした。
中には鮭とタラコをまぶしてあるようだ。美味しい。
「美味しいですよ、このお弁当」
「ありがとう。料理上手で有名な天辺にそう言って貰えるとウレシイな。そう言えば、天辺が持ってきたお弁当はどうしたんだ?」
「捨ててきました」
「ケンカでもしたのか?」
「ええ、まあ」
「でもケンカできるだけ、まだいいよ。あたしは今年も結局、何もできなかった。不甲斐ないな」
咲藤ミランほどの完璧な美女でも、こんな風に思うのか。
女子が野獣になるって、けっこう難しいんだな。
「まだチャンスはありますよ。卒業まで半年以上あるじゃないですか」
「そうか、そうだよな。まだ頑張ってみるべきか」
そう言った後、しばらく咲藤ミランは黙っていた。
そして
「天辺、悪いけど今度あたしに、お弁当の作り方を教えてくれないか?」
と頼んできた。
「あたしが、ですか?」
「そうだ。天辺の弁当はスゴイって、みんな言っている。相手の食べたいものが解っているようだって。凛音だけじゃない、あの紫光院だって褒めているくらいなんだ。あたし達セブン・シスターズの中でも、お弁当作りでは天辺に勝てないって」
いや、それは褒めすぎだ。
運が良かった点もあるし、いい情報がたまたま集まったに過ぎない。
「そんなに買いかぶられても・・・」
「頼む。高校生活が終わるまでに、凛音の記憶に残るような弁当を、自分の手で作りたいんだ」
咲藤ミランの目は真剣だった。
・・・そんな顔をされちゃ、断れないよな・・・
「わかりました。期待に沿えるかどうかは解らないですけど、二学期になって『お弁当お届けレース』が再開したら、お手伝いします」
「ありがとう、天辺」
咲藤ミランはそう言って頭を下げた後、すっくと立ち上がった。
「気分転換だ。陸上部のみんなが来るまで、傷心の女二人、海に入らないか?」
「いいですね。あたしも今、海に飛び込みたい気分だったんです!」
咲藤ミランは着ていたラッシュガードを、あたしはラッシュガードをホットパンツを、その場に脱ぎ捨てた。
周囲に人がいない夏の海に、あたしと彼女は飛び込んで行った。
途中からあたし達を探しに来た女子陸上部の部員に見つかり、全員が合流して遊びまくる。
管理されている海水浴場ではないので、泳ぎはしない。
ただ人がいない砂浜は、無人島にでも来たような気分にさせてくれ、
あたし達は女子だけで思いっきりはしゃぎまくる事が出来た。
夕方4時過ぎ、あたし達は旅館に戻った。
入浴して塩気を洗い流し、夕食を取る。
特別に旅館の好意で、咲藤ミランとあたしの夕食も用意してくれた。
夕食のメニューは、ごはん、納豆、卵、アジのひらき、刺身、ほうれん草の和え物、ネギと油揚げの味噌汁、というどこの旅館でもありそうなメニューだ。
夕食が終わると「みんなで海で花火をやる」と副部長の斉藤カノンが言う。
「今回はちょっと変わった趣向にしてみました。みんな、気を抜かないでね」
その時、彼女はチラッと咲藤ミランの方を見た。
だが咲藤の方は、特にそれに反応していない。
あたしは若干の疑問を感じながら、みんなと一緒に暗くなった海に向かう。
夜の海って、恐いくらい真っ暗だ。
街灯なども無いため、周囲はほとんど見えない。
誰もいない、と思っていたら浜には先客がいた。
話し声から男の集団である事がわかる。
地元のヤンキーか何かだろうか?
・・・嫌だな、別の場所に移動した方がいいのでは?・・・
あたしがそう考えていると、みんなを先導している副部長の斉藤カノンは、ズンズンと男の集団の方に進んで行く。
「おお、来た来た。コッチ、コッチだ!」
男の集団の一人が、あたし達に向かって呼びかける。
聞き覚えのある声だ。
この声は・・・あまりいい思い出ではないが。
「お待たせ!もう準備は出来た?」
斉藤カノンがそう答える。
「いつでも始められるよ。コッチは全員揃っている」
声の主は、あの『おしゃべり先輩』こと、バスケ部の水上さんだ。
そこにいたのは慈円多学園バスケ部の男子だった。
この続きは6月19日(水)7時頃、投稿予定です。




