6、女子陸上部と海に行く(その3)
セブン・シスターズの一人、咲藤ミランの誘いにより、
女子陸上部合宿の最終日「海水浴」だけ参加する事にした美園。
実は狙いは女子陸上部と同じ場所で合宿をしている、男子バスケ部の合宿だった。
十一時半ちょっと前。
あたしは浜辺ではしゃぐ女子陸上部のみんなから、そっと離れた。
バスケ部の練習場にお弁当を持っていくためだ。
いったん宿舎に戻り、今朝作って持ってきたお弁当を取ってくる。
バスケ部が合宿をしているのは、この旅館から三百メートルほど離れたホテルだ。
そこにホテル専用のバスケットコートがあるらしい。
あたしはお弁当を抱えて、テクテクと海岸と平行して走る国道を歩いた。
時折、海水浴に来た人や、やはり旅行か合宿にでも来た人がいるくらいで、あまり人は歩いていない。
・・・いきなり行ったら、兵太、ビックリするかな?お弁当を持って行ったら、喜んでくれるかな?・・・
あたしは期待半分、不安半分でいた。
もしかしたら、バスケ部のみんながいる手前、迷惑そうな顔をするかもしれない。
松林の影からホテルが見えてきた。
もう十二時過ぎだ。少し急がないと。
あたしはホテルに入ると、ロビーで慈円多学園バスケット部の関係者であることを告げ、練習している体育館を教えてもらった。
早くしないと、兵太達はお昼ご飯を準備してしまうかもしれない。
あたしは急ぎ足で体育館に向かった。
するとちょうどバスケ部の男子が三名、体育館から出てくる所だった。
なぜかあたしは、反射的に階段の影に隠れてしまった。
三人があたしの横を通り過ぎる。
三人とも確かあたしと同じ一年生だ。
三人が話している声が聞えた。
「しかし、兵太と川上さんって仲いいよなぁ」
「休憩の時とかって、大抵一緒にいるもんなぁ」
「あの二人、付き合っているのか?」
「いや、俺が聞いた話だと、兵太は別の子と付き合っているらしいぞ。同じ中学の」
「でも川上さんは絶対に兵太の事を狙ってるだろ。この合宿中も、兵太のそばにばっかりいたし」
「アイツ、けっこうモテるな」
そう話しながら、通り過ぎていく。
あたしはお弁当を抱えたまま、じっと聞き耳を立てていた。
・・・兵太と川上さんは合宿中、一緒にいた?・・・
不安に駆られて、そっと体育館の入り口から中を覗いてみた。
中では二年生の先輩達の集団と、少し離れて兵太と川上さんがいた。
全員がホテル側で用意された仕出し弁当を広げている所だった。
兵太の隣には川上さんが座り、ペットボトルのお茶を差し出している。
・・・兵太、なんで川上さんと一緒に!・・・
あたしの心がざわついた。
確かに、いま食べているのはホテルの仕出し弁当だから、
これは「お弁当を連続十回」には入らないだろう。
それに少し離れているとは言え、二人っきりな訳じゃないし。
兵太だって、いきなりマネージャーである川上さんを、邪険には出来ないだろう。
だけど、だけどさ、あたし言ったじゃん。
「川上さんと一緒にお弁当を食べないで」って。
これは状況が違う事くらい解っているけど、それでも川上さんとの距離は取って欲しかった。
・・・今さら、あの中に入って「あたしのお弁当を食べて」って、言えないよな・・・
持ってきたお弁当が、急に重く感じた。
あたしは無言で体育館に背を向けた。
ここはあたしが来るべきじゃ無かった。
そのままホテルの玄関に向かう。
すると廊下の途中で、左手にある階段を走り降りてきた誰かとぶつかりそうになった。
「うおっと、あぶね!」
あたしもその場に立ち止まったが、相手もそう言って急ブレーキをかけた。
顔を見ると、花火大会であった「おしゃべり先輩」だ。
確か名前は水上、とか言ってたような。
向こうもあたしに気づいた。
「あれ?兵太の彼女、だよな。天辺さんだっけ?なんでココに?」
「失礼します」
あたしはその問いには答えずに、先輩の横をすり抜けると急ぎ足で玄関に向かった。
あたしは炎天下の中、来た道を戻っていた。
・・・あ~あ、来るんじゃなかった・・・
夏の日の短い影を見つめながら、そう思う。
やはりバスケ部にいる時の兵太は、あたしの手が届かない存在だ。
あたしは兵太の彼女かもしれないが、あの場所には居てはいけないのだ。
虚しくなって、松林の中に持ってきたお弁当を捨てる。
・・・これから、どうしようか・・・
正直なところ、気持ちがダウンしていて、今は陸上部のみんなの所に戻る気になれない。
ホテルの敷地を出て、しばらく歩いた時だ。
「天辺さん!」
後ろから女の声がかかった。
振り向くと、陸上部の女子がそこにいた。
同じ一年生の三枝さんだ。
「どうしたの?こんな所で一人で」
そう彼女は聞いて来た。
「え、いや、別に。三枝さんは?」
「んふふ~、今は秘密。今はね」
彼女は含み笑いをした後、こう続けた。
「今日の夜になれば解るよ。それまでは秘密」
「え~、なにそれ。気になる。ここに来たの三枝さんだけ?」
「ううん、さっきまで副部長と一緒だったんだ。まだ副部長は用事があるから、わたしだけ先に帰ってきたの」
副部長の斉藤さんまで?
いったい何の用件だろう。
そんな話をしていたら、あたし達の横を通り過ぎた車が、20mほど先で停車した。
車は大型の4WDだ。
そこから若い男が二人降りてきた。
「ちょっと聞きたいんだけどさ、この辺で食事できる店を知らない?」
あたし達二人は顔を見合わせた。
「知りませ~ん」
三枝さんが大きな声で言う。
二人の男はさらに近づいて来た。
「俺達、東京から来て、この辺よく知らないんだ。二人はこの辺の子なの?」
「違いますよ。わたし達も東京から来たんです」
三枝さんが一人で答えた。
「じゃあさ、良かったら一緒にメシでも食いに行かない?」
「食事できる所を探していたらさ、君達二人が目に入って。二人とも可愛いなって」
あたしはうつむき加減で、二人を見た。
ナンパか、コレ?ナンパなのか?
正直、あたしはそんなのに乗る気分じゃなかった。
「え~、いいですよぉ。あたし達、部活の合宿で来てるからぁ」
三枝さんは一応そう断った。
しかしナンパするほどの神経の男に、そんな程度の断り方で通用する訳がない。
「そんなこと言わないでさー、ちょっとだけ付き合ってよ」
「お洒落な店じゃさ、男二人だと入りづらいんだよ。女の子がいれば入りやすいから」
「もちろん、おごるよ。ね、助けると思って」
二人は執拗にあたし達を誘う。
三枝さんは満更でも無かったらしい。
「どうする?」とあたしに聞いて来た。
いや、あたしに聞かないでよ。
あたしは行く気なんて無いしさ。
そもそもナンパなんてされた経験も、あんまり無いし。
(当然、ナンパについて行った経験もない)
「あたしはいいよ、宿舎に戻る」
だが男達はしつこかった。
「そんなこと言わないで。ねっ、一緒に食べに行こう!」
「宿舎なら帰りは俺達が送っていくからさ」
そう言って、二人はあたし達を挟むように回り込んで来た。
そのまま車の方に連れて行こうとする。
・・・ちょっと、あたしは行くなんて言ってない!それに車に乗るのは危険じゃないか?・・・
ちょうどその時だ。
「美園!」
背後から大きな声で呼び止められた。
振り返ると、ホテルの門のところに兵太が立っていた。
「兵太・・・」
「何やってるんだよ、こんな所で?」
兵太の表情が恐い。
目が怒っている。
だがその感じが、逆にあたしをムカつかせた。
「知り合い?」
男達が聞いて来た。
「カレシ」
あたしは短く答えた。
「なんだ、彼氏が一緒に来てるのか。早く言ってよ」
男達はバツが悪くなったのか、そう言うと自分達の車の方に戻って行った。
三枝さんも、兵太の不穏な雰囲気を感じ取ったのか、
「じゃあ、わたしも先に、みんなの所に戻っているね」
と言って立ち去る。
兵太が近寄って来て言った。
「なんだよ、あの連中。いま、あの二人の車に乗ろうとしていたのか?」
兵太のその言い草にムカっと来た。
自分は合宿中、川上さんとずっと一緒にいたクセに!
「そんなつもりは無いよ!」
兵太はまだムスっとしている。
「なんでこんな所にいるんだ?何しに来たんだよ」
「なに?来ちゃ悪いの?来られたらマズイ事でもあった?」
兵太はそこで初めてたじろいだ様子を見せた。
「別にマズイ事なんて無いよ。それより、海まで来てあんな連中のナンパに・・・」
「兵太は川上さんとずっと一緒にいたんでしょッ!」
あたしは爆発した。
「あたしにココに来るな?川上さんと一緒にいる所を見られたくないから?二人の邪魔をするなってこと?川上さんと一緒にお弁当食べないでって、言ったでしょ!兵太は好き勝手してたクセに、あたしがちょっと他の男に声掛けられたからって、怒られなきゃいけないの?自分がフラフラしてるからって、あたしまで一緒だと思うなっ!」
あたしはそう言い放つと、兵太を残して足早に歩き去った。
兵太は呆然としているようだ。
アイツはいつもそうだ。あたしを追いかけて来ない。
百メートルほど進んで、あたしは後ろの様子を伺ってみた。
もうそこには兵太の姿は無かった。
この続きは6月18日(火)12時頃投稿予定です。




