6、女子陸上部と海に行く(その2)
「一緒に行くかなぁ~、と思ってはいたけど、あんなに乗り気で返事が来るとは思ってなかったよ」
翌日、千葉県白子海岸に向かう車の中、咲藤ミランはそう言って笑った。
あたしは赤面した。
確かに、あたしはあの時、必死になりすぎていた。
彼女に指摘されるまでもなく、返信が来る頃には
「しまったぁ~」と自己嫌悪に陥っていたのだ。
「で、何を持ってきたんだ?水着とタオルくらいで、特別に持ち物は要らないってメールに書いたけど」
「え、ええ、アハハ~」
あたしは笑ってごまかそうとした。
「お弁当だろ?」
咲藤ミランはそう言った。
図星だ。
あたしが手に持っているのは、二人分のお弁当だ。
あたしと兵太の分。
昨日はあれから材料を買いに行き、今朝は三時に起きて弁当を作った。
ごはんの方は、海苔を二段に敷いたものと、鶏そぼろの二色。
おかずはアスパラのペーコン巻き、ピリ辛ジャンボ焼売、自家製鶏ハム、コンビーフとジャガイモのチーズ焼き、ダイコンとニンジンとキュウリとドライフルーツの甘酢漬けだ。
ご飯だけ二人分に分け、おかずの方は一緒に食べられるように一つの容器に入れてある。
これをお昼に突然届けて、兵太をビックリさせよう、という計画だ。
(無論、ヤツが変な事になっていないか、視察するためでもある)
「咲藤先輩はどうなんですかぁ?」
あたしの方も意地悪く聞き返した。
後ろの荷台を親指で指し示す。
車に乗る時、荷台にクーラーボックスが二つ置いてあるのが、目についた。
一つは大きかったから、部員への飲み物の差し入れだろう。
もう一つは小さめだ。二人分のお弁当を入れるのに、丁度いいサイズ。
「い、いや、あれは別に・・・ホラ、あたしはけっこう大食いだから・・・」
咲藤ミランは顔を赤くして、慌ててそう答えた。
彼女がこんな風に狼狽するのは、本当に珍しい。
さすがの彼女も『お弁当お届けレースで、足の速い有望な女生徒を探す』という名目がない以上、
『好きな男子にお弁当を渡す』のは恥ずかしいようだ。
「あたしにまで隠さなくてもいいじゃないですか。あたしはこのお弁当を、昼食時にバスケ部に持っていくつもりです」
あたしがそう言うと、咲藤ミランは少し後悔したような顔をした。
「うん、そうだな。天辺の言う通りかもな。あたしももっと素直になれれば・・・」
「そうですよ!一緒に頑張りましょう!あたしも、幼馴染のそばに変な虫が付いていないか、確認しに行きますから!」
その後、あたしと咲藤ミランはバカ話をして盛り上がった。
小学校の時は、咲藤ミランが男の子で赤御門先輩が女の子だと何度も間違われた事。
中学の時に夜道で彼女がヤンキーに絡まれた時、赤御門先輩が立ち向かって骨折までしてしまった事。
その入院中に彼女がお見舞いに行った時、いい雰囲気になりかけたのに、赤御門先輩のファンの女の子達が押しかけて来た事。
その話をしている彼女は、本当に楽しそうだった。表情がキラキラしている。
それに比べると、あたしと兵太の思い出は平凡だなぁ。
どこにもドラマチックな要素はない。
乗っている車(トヨタの大型ミニバン・アルファード)の快適さもあって、あたし達は時間を忘れておしゃべりしていた。
気が付くと、高速道路を降りていて、海岸沿いを走っている。
時間は朝八時過ぎだ。
「そろそろだな。陸上部のみんなが朝食が食べ終わるのは八時半だから、時間的にもちょうどいいだろう」
彼女の言う通り、八時二〇分に宿に到着した。
慈円多学園の合宿って言うから、専用の豪華な宿泊施設を想像していたが、案に反して普通の安い旅館だった。
到着前に電話で連絡を入れてあったため、玄関前には女子陸上部の部員が勢ぞろいしている。
咲藤ミランが車から降りると「咲藤先輩!」と黄色い歓声と一緒に、大勢の部員が駆け寄って来た。
相変わらず、すごい『女子人気』だなぁ。
イケメン・アイドル顔負けじゃないか?
その中で副部長の斉藤カノンが、あたしの方に近づいて来た。
「こんにちは、天辺さん。よく来てくれたわね。久しぶりにみんなもあなたに会いたがっていたのよ」
短い付き合いだったとは言え、こう言って歓迎して貰えるのはウレシイものだ。
練習はキツかったけど、やって良かった、と思える。
他にもマイル・リレーに一緒に参加した女子達が
「次のレースも参加する?」
「いつ正式に陸上部に入るの?」
「もうメンバーに入れてるから」
とありがたい声をかけてくれた。
「じゃあ準備したら、みんなで海に行きましょうか?」
斉藤カノンが、そう全員に声をかけた。
十時過ぎ。
あたしは女子陸上部のみんなと一緒に、着替えて白子海岸に出た。
しかしあたしは、普段着とあまり変わらない。
水着のワンピの上に、デニムのホットパンツと、黒のフード付きラッシュガードを着ている。
平たく言えば、水着姿じゃない。
陸上部のみんなは、ほとんどがちゃんと水着になっている。
彼女達は陸上競技のウェアで慣れているのだろうか?
あたしと同じくらいのスタイルの子でも、ビキニを着ている子も多い。
あ~、この集団にいると「胸に不自由な子は、あたしだけじゃない」って、心が和む。
そう思っていたら、視界に怪物が現れた。
ボボンッ!と言う擬音が着きそうな、見事なまでの膨らみ。
胸にロケットでも付けているのか、と言いたい。
咲藤ミランだ。
彼女もワンピの水着の上にスカイブルーのラッシュガードを着ている。
そのロケット・オッパイだけではなく、キュッと引き締まったウエスト。
そしてスラリとした長い脚!
ヒップの位置は、あたしのウエストの高さくらいじゃないか?
海岸にいた男達の視線は、それまで陸上部女子の集団に注がれていたが、
咲藤ミランが現れた途端に彼女に集中する。
はぁ~、あたしも一度でいいから、あんなスタイルになってみたい。
「さすが咲藤先輩、完璧なスタイルですよね~」
「腰の位置、高っ!ヒールなしでも、あの位置だもんね」
「スタイルも入れたら、絶対に咲藤先輩がセブン・シスターズのNo1だよね」
女子陸上部のみんなが、キャッキャッと黄色い声で、そう話しているのが聞える。
あたしも同感だ。
雰囲気では雲取麗華が女王然としていて、淑やかさなら菖蒲浦あやめが一番だろう。
だが美貌とスタイルという点では、咲藤ミランがトップなのは間違いない。
「どうした、天辺は泳がないつもりか?」
周囲の噂を気にする風でもなく、咲藤ミランはあたしにそう声を掛けて来た。
「下に一応水着は着てるんですけど、泳ぐのはあんまり。日焼けで赤くなるタイプなんで」
これは本当だ。
あたしは日焼けすると、黒くなるより赤くなるタイプだ。ひどいと水脹れみたいになる。
「あたしも日焼けには弱いんだ。じゃあスイカ割りでもするか?」
さっそく大玉スイカを5つほど買ってくる。
拾ってきた棒とタオルで、みんなでスイカ割りをする。
みんなでキャーキャー言いながら、かなり盛り上がった。
あたしも今まで家に閉じこもっていた鬱憤を晴らすべき、かなりはしゃいだ。
この続きは、明日6月17日(月)12時頃に投稿予定です。




