5、花火大会の途中で(エピソード4)(前編)
今回は、美園の宿敵である、渋水理穂を主役にしたサイドストーリーです。
前編・後編に分かれています。
いつもとは違う話ですが、お楽しみ頂ければ幸いです。
渋水理穂は退屈していた。
周囲にはあまり頭は良さそうではないが、お金は持っている大学生三人がいる。
「俺はさぁ、今まで花火大会とかは招待席か貸切の屋形船で見ていたから、こういう人ゴミの中で見るのは初めてなんだ~」
一人の男がそう言った。
「そうそう、なんたって雅人の家は金持ちだからな」
「今をときめくITベンチャーってヤツだもんな」
残りの二人が相槌を打つ。
……さっきから、何度同じ『金持ちアピール』してるんだか……
だがその退屈な様子を表情に出さずに、渋水は笑顔で返す。
「さすがですね、やっぱりベンチャーで成功した家は桁が違いますね。雅人さんも、お父さんの会社を継がれるんですか?」
すると雅人と呼ばれた大学生は、頭の後ろに手を組んだ大仰なポーズでつまらなそうに言う。
「いやぁ、どうしようかな。俺から見たら親父もまだまだなんだよな。俺はもっとデカい仕事をした方がいいと思っているんだ。若い内は大企業で人脈を作ってさ、三十歳くらいから世界を相手に仕事をしようと思っているんだよ。親父の会社を継ぐのは、その後でもいいかなって」
……親の力で入ったFラン大学のクセに、よく言うわよ……
渋水はほとほと辟易していた。
実際、渋水が通う慈円多学園では、もっと頭が良く、家柄も良く、金も持っていて、才能がある上質な男子が溢れている。
にも関わらず、渋水がこの男たちと一緒にいるのは訳があった。
この男・張川雅人が、渋水が出演する地下コンサートのチケットを、大量に購入してくれると言うからだ。
「でも理穂ちゃんのお父さんもさ、どっかの大きな金融機関のお偉いさんだって聞いたけど、本当?」
渋水の顔が曇った
「え、えぇ?さぁ、どうかな?プライベートな事は、ひ・み・つ・かな?」
雅人が顔を近づけてくる。
「それならさぁ、俺が理穂ちゃんと結婚すれば、デカい金融機関と繋がりが出来るよね。そうすれは、お互いWin-Winじゃん、俺は才能、理穂ちゃんの親が資金と信用を出すって事でさ」
・・・バカっ!死ね!何がWin-Winだ。アンタと心中なんて真っ平よ!・・・
そんな思いを必死閉じ込め
「噂なんて信じちゃダメですよぉ~」
と笑顔を作って誤魔化す。
それを合図のように、雅人が話題を変えた。
「ねぇ、花火大会なんか見ていてもつまらないよ。それよりさ、もっとイイ所いかない?」
自信ありげに、ニヘラっと笑う。
渋水は一瞬、ゾッとした。
まぁまぁ見てくれがいいかと思っていたが、その知性の全く感じられない笑い方に悪寒が走る。
「えぇ?イイ所ってどこですか?」
「ホテル。カウンターバー付きの部屋を取ってあるんだ」
まるで来るのが当然、と云わんばかりの口調だった。
「でも、せっかく花火大会に来たのに、花火も見ないなんて・・・」
渋水がそう返すと
「大丈夫だよ、むしろホテルの部屋からの方が、花火も良く見えるって。こんな人ゴミの中で見てるよりもさ、エアコンが効いた部屋で、ワインでも飲みながら、ゆっくり観賞しようよ」
そう言って雅人は渋水の肩に手を回してきた。
その回した手で、渋水の胸のふくらみをまさぐろうとする。
渋水の背筋が再びゾオッとした。
「ちょっと、何やってんですか!止めて下さいよ!」
渋水はあくまで笑顔を保ちながら、その手を振りほどいた。
こんな低脳Fラン大学生なんかに、身体を触らせるなんて、冗談じゃない。
「いいじゃん、いいじゃん。絶対ホテルの方が楽しいって!」
他の男二人も調子に乗って囃し立てる。
「高層ホテルの部屋だよ?真正面から花火を見れるじゃ~ん」
「そうだよ、そこでさ、ワインとか色々飲んで、みんなで盛り上がろうよぉ~」
三人で渋水を取り囲む。
一人が渋水の手を引き、あとの二人が後ろから押す。
「ちょっと、ちょっと、待ってくださいよ。ホラ、わたし、まだ高校生だしぃ」
渋水は内心かなり焦りながらも、苦笑いしながら必死に抵抗した。
こんな連中について行ったら、何をされるかわかったもんじゃない。
だが男三人は諦めない。
「なんだよ、なんだよ、リホピン、ノリ悪いなぁ。いいじゃん、ホテルで飲むくらい」
「そうだよ、カラオケボックス行くのと同じじゃん。なに心配してんのぉ~」
「なんにも危ないことなんて無いって。俺ら、紳士だからさぁ」
・・・絶対ウソだ。コイツラ、わたしを酔わせて最後までヤル気だ・・・
元々彼らは、そういうイベント・サークルの連中なのだ。
だが彼らは渋水のファンであると同時に、50万ものチケットを購入してくれる大口の客だ。
渋水はこういう手合いの扱いには慣れている。
しかし今日のこの連中は、既にアルコールが入っている事もあって、タチが悪かった。
「ホント、ダメですってぇ。退学になっちゃいますよ。約束は『一緒に花火大会に行く』ってことだけですから」
渋水の顔は笑顔を作っていたが、身体は全力で抵抗していた。
しかし周囲から見ると、それを『じゃれあっている男女』としか見ていないらしい。
・・・これだけたくさん人がいて、誰もわたしを助けようとしないの?・・・
だが祭りの雰囲気の中、若い男の集団に仲裁に入るのは、普通の人間には中々できる事ではない。
渋水には、まだその辺の事が理解できていなかった。
「行っくぞ!行っくぞ!」
男達は変な掛け声を上げ、渋水を囲んだまま通りを移動する。
そのまま軽く、表通りから一本は入った路地に連れ込まれる。
渋水の中に、冗談だけではない恐怖が生まれた。
・・・ちょっと、冗談じゃない!誰か助けて!・・・
そう渋水が思った時だ。
彼らの後をついて来たのか、路地の入り口に一人の人影が現れた。
「あんたら、何やってるんだ?」
そのシルエットと声の感じから、まだ少年とわかる。
「あん?テメーには関係ねーだろ?アッチ行ってろ!」
「ガキにゃ関係ねーーんだよ!」
男達は言った。自分達の盛り上がりに水を差されて、イラついている様子がわかる。
だがその少年は、さらに路地の中に突き進んで来た。
「関係あるよ。その子は、俺と同じ学校の生徒なんだ。それに俺がガキなら、その子も同じガキだ。そのガキに、あんたらは何をしようとしているんだ?」
渋水理穂は、その言葉に驚いた。少年の顔をよく見てみる。
確かにその顔には見覚えがあった。
たしかバスケ部の・・・同じ一年生の男子だ!
男の一人が少年に近づいて行く。
そしていきなり、少年の頬を殴りつけた。
「これでわかっただろ?ケガしない内に、さっさと失せろや」
だが少年は少し身じろいだだけで、その場を立ち去ろうとしない。
次の瞬間、少年は殴りつけた男を、止めてあった自転車の列に向かって、思い切り突き飛ばした。
酔っていた事もあって、バランスを崩した男は自転車に埋もれるように転がった。
「このガキっつ!いきなり何しやが・・・」
そう言ったもう一人の男の頭に、少年は持っていたコンビニの袋を叩きつける。
ゴツン!
かなり固い音が響いた。中身はペットボトルだけではなく、缶ジュースなどもあったようだ。
「うっ」
男は頭を押さえてうずくまる。
「いまだ!」
少年は、渋水理穂の腕を掴んで走り出した。
「コイツっ!待てっ!」
一番奥にいた大学生・雅人が追いかけて来ようとする。
少年はコンビニ袋の中身を、路地にぶちまけた。
走り出した雅人が、その中で缶コーヒーを踏んで、派手に転倒する。
その隙に二人は路地を出て、大通りに逃げ出して行った。
そのまま二人は、浅草寺の参道に向かって走る。
渋水は後ろを振り返って思う。
人ゴミの中に紛れてしまえば、何とかなるだろう。
この続きは、明日6月14日(金)7時頃、投稿予定です。




