4、仁義無き花火大会(後編2)
と、そこで気づく。
兵太がいない。
飲み物を買いに行ったにしては、あまりに遅すぎないか?
あたしは不安になって言った。
「あの、兵太、まだ戻ってませんよね?飲み物を買いに出かけたはずですけど?」
もう三十分近く経っているはずだ。
赤御門様もそれに気づいた。
「本当だ、遅すぎるな。どうしたんだ?おい、水上!兵太のヤツ、まだ戻ってこないのか?」
水上と呼ばれたおしゃべり男は、あまり気のない返事をした。
「まだ戻ってきてないです。そういや、アイツ、どこ行ったんだ?一緒に行った倉田は戻ってきたのに」
・・・まさか、川上さんと一緒にいるんじゃ・・・
あたしの中で、急速に不安が広がりだした。
「あたし、ちょっと兵太を探して来ます!」
だがそれを赤御門さんが止めた。
「いや、女の子が一人で、この中をウロウロするのは危ないよ。それに行き違いになる可能性もあるから、天辺さんはここにいてくれ。僕達が交代で探しに行くよ」
そう言うと、赤御門様はおしゃべり男を呼んで、二人で一緒に兵太を探しに行った。
あたしは焦った。
周囲を見回したところ、川上さんもいない。
バスケ部の一人を捕まえる。
「あの、川上さんはどこへ?」
「さっきまでここに居たけど。あれ、どこ行ったんだろ?」
まさか、そんな・・・兵太!
あたしは我慢できず、兵太が飲み物を買いに行ったという店の方向に走り出した。
だが人ごみと浴衣と下駄のせいで、思うようには走れない。
店の周辺を探す。だが二人はいない。
さらに境内の外れの方にも行ってみた。
すると参道の方を、川上純子ちゃんが歩いているのが見えた。
「川上さん!」
あたしは大声で呼びかける。
彼女は振り向いた。だがあたしの顔を見ると、あからさまに嫌そうな顔をする。
「なんですか?」
追いついたあたしに、彼女は嫌悪感を隠さずに、そう答える。
「兵太を知らない?」
「知りませんよ。なんでわたしが知っているんですか?天辺さんが一緒に来たんでしょ」
「でも、飲み物を買いに行ったまま戻ってこないの。一緒に行った人は戻ってきたのに」
「天辺さんはその間、何をしていたんですか?中上君を放っておいて、赤御門先輩と楽しくおしゃべりですか?」
そう言われて、あたしは凍りついた。
彼女は恨みの篭った、粘りつくような視線をあたしに向けている。
「赤御門先輩と、コソコソと何を話していたんです?随分と親密そうでしたけど」
「違う!あたしはそんな変な事は話してない!普通に今までの事を話していただけだよ!」
「そうですか。同じ部活でもなく接点もないはずなのに、『普通に今までの事』って、どんな事なんでしょうね」
彼女はあたしに背を向けた。
「わたしは、天辺さんのそういう所が大っ嫌いです。中上君も可哀そう。きっと天辺さんと赤御門先輩の楽しそうな様子を見て、中上君も嫌になって帰っちゃったんじゃないんですか?」
もうあたしと会話をする気は無いらしい。
川上さんはそのまま歩き出した。最後に捨てセリフを残して。
「わたし、まだ諦めてませんから。あなたにだけは渡したくない!」
あたしがみんなの所に戻った時、既に兵太は赤御門先輩と一緒に戻って来ていた。
「兵太!どこに行っていたんだよ!」
「ごめん。ちょっとトラブルに巻き込まれちゃって」
よく見ると兵太の顔と腕には、軽いアザとかすり傷があった。
シャツも不自然に伸びてしまっている。
「どうしたの?」
あたしがそう聞くと、赤御門様が代わりに答えた。
「どうやら買い物の帰りに、大学生グループとトラブルになったらしい。ケンカなんて兵太らしくないけど」
「大丈夫?ケガしてない?」
心配になってそう聞いたあたしに
「大丈夫だよ。そんなケンカってほど、派手にやり合った訳じゃないから。ちょっと揉み合い程度だよ」
兵太がケンカなんて珍しい。そんな他人とトラブルを起すような奴じゃないのに。
「お祭りの時だからね。変なヤツもいるさ。念のため、これからはみんなで一緒にいよう」
赤御門様が、最後にそう締めくくった。
それからはバスケ部のみんなと一緒にいた。
だがあたしは、さっき川上さんに言われた事が、心に引っかかっていた。
・・・中上君を放っておいて、赤御門先輩と楽しくおしゃべり・・・
・・・中上君も可哀そう・・・
・・・天辺さんと赤御門先輩の楽しそうな様子を見て、中上君も嫌になって・・・
あたしは不安になった。
その不安を軽くしたい。兵太に触れていたかった。
あたしは右手を、そっと兵太の左手にからませた。
兵太も自分の右手を、あたしの右手に重ねてくれた。
あたし達は、そのままの姿勢で花火を見続けていた。
花火大会が終わった。
「オシっ!じゃあこれからみんなで、カラオケでも行かないか?」
おしゃべり先輩がそう言いやがった。
勘弁してくれ。
どこまであたし達の邪魔をする気だ?
もしかして、アイツは川上さんの回し者か?
「兵太、おまえも行くよな?」
おしゃべり先輩が、兵太に声をかける。
あたしは不安になって兵太を見た。
流石にバスケ部の集まりに、あたしが乱入はできない。あたしはそこまで社交的じゃない。
バスケ部のみんなでカラオケに行き、あたし一人が満員電車に乗って帰る図が想像された。
・・・花火大会の後に、浴衣の女子が一人で帰るなんて、寂しすぎるよ・・・
「俺は帰ります。こいつを送っていかないとならないんで」
兵太はキッパリと、そう言い切ってくれた。
良かった・・・あたしはホッとする。
「コイツ呼ばわり」は気に食わないが、今日、唯一男らしい所を見せてくれた。
「大丈夫だよ、彼女も一緒でいいからさ」
いや、その彼女はアンタラと一緒じゃ嫌なんだよ。
赤御門様が止めに入る。
「もういい加減、二人にしてやれよ。天辺さんだって迷惑だろ。兵太、天辺さん、さよなら。帰りも気をつけるんだよ」
ありがとう、赤御門先輩。
やっとバスケ部から解放されたあたし達は、駅に向かった。
地元の駅を降りてからの帰り道。
あたしと兵太はずっと無言だった。
あたしは「このまま、もう帰るの?」と言いたかった。
このままじゃ、デートと言うには、あまりに二人きりの時間が少ない。
兵太もきっと同じ気持ちだったろう。
だがお互い、何も言い出せなかった。
あたしの家が見えてきた。
「今日は、ごめんな。あんな事になっちゃって」
兵太がそう言った。
あたしは小さく首を左右に振った。
「いいよ。仕方ないよ。クラブの皆と会っちゃたんじゃ、断りきれないよね」
兵太にとってクラブ活動は、学校生活の中心だ。
あたしもそれは解っていた。
あたしの家の前まで来た。
兵太が黙って右手を差し出した。
・・・握手?・・・
そう思わなくもなかったが、あたしもその右手を握った。
「じゃ」
兵太がそう言った。
「じゃあ」
あたしもそう返した。
でも兵太は、まだ何か言いたそうだった。
あたしは、その言葉を待った。
でも結局、兵太は何も言わなかったし、何もしなかった。
「おやすみ」
そういうと兵太は、身体の向きを変えて、自分の家に方向に向かって行く。
あたしはしばらく、その姿を見送っていた。
・・・最後に、キスくらいしても、いいのに・・・
この続きは6月13日(木)に投稿予定です。




