4、仁義無き花火大会(前編)
今日は待ちに待った待望の花火大会の日!
兵太も部活の練習は午前中だけだから、午後からはずっと一緒に居られる。
出不精のあたしも、さすがに今日はウキウキする。
母親に頼んで、浴衣も新調して貰った。
ごく薄いピンクに、赤・青・紫の朝顔の模様があしらってある。
帯は明るい黄色だ。
朝から何度か、浴衣に手を通してみた。軽く帯を撒いて、姿見の鏡で確認する。
ムフフ、さすがの鈍感無神経男・兵太も、この浴衣を着た可愛いあたしを見たら、
少しはドキッとするに違いない。
兵太の慌てる&照れる様子を想像すると、秘かな笑いが込み上げて来る。
せっかくの高校最初の夏休みだ。
アヤツの態度と心がけ次第では、キスくらいまでなら許してやらないでもない。
あたしは心の中でスキップをした。
現実でやるほど、我を忘れてないが。
午後三時半過ぎ。あたしは少し早いけど家を出る事にした。
待ち合わせは、地元駅の改札に午後四時だ。
あまり直前だと道も混むので、早めに行く事にしたのだ。
こういう時、時間よりどれだけ早く来ているかで、男の度量がわかるというものだ。
もし来てなかったら、コンビニででも時間を潰すしかないが、その場合はかき氷くらいは奢らせる事にしよう。
「行ってきま~す!今日は晩御飯はいらないからね!」
母親にそう告げて家を出る。
別にお泊りとか大それた事を考えている訳じゃないが、今日くらい帰りは遅くなってもいいだろう。
駅までを歩く。が、非常に歩きにくい。
浴衣のせいで歩幅は小さく、小股でしか歩けないし、下駄も極めて歩きにくい
普段なら十分で行ける所を、倍近くかかりそうだ。
おまけにこの直射日光!
日焼け止めは塗っているが、汗で流れ落ちそうだ。
・・・この暑さで午後四時出発は失敗だったかも・・・
そう思いながら、先に兵太が来ている事を願って、駅に向かう。
あたしが先だったら、マジで日射病で死にそうだ。
かき氷一杯じゃ収まらない。
あたしが駅前の交差点まで行くと、既に先に来ていた兵太の姿が見えた。
ちょっとホッとする。
兵太とイベントの時は、何かと邪魔が入るからなぁ。
時計を見ると四時五分前だった。
交差点を渡る。
兵太もすぐにあたしに気が付いた。
「待った?」
そう聞くと兵太は首を左右に振った。
「いや、俺も今さっき来た所だから」
普通の場合は男がこう答えるのは、女子に気を使わせないための気遣いなのだが、
兵太の場合は本当に
「今さっき来たばかり」の可能性が高いから油断できない。
ちなみに兵太の恰好は、ノースリーブ・シャツにクロップド・パンツだ。
まったく普段と変わらない。
まぁコイツが浴衣なんて気の利いた物を、持ってない事は予想できたが。
「ねぇ、見て見て!浴衣で来たんだよ!」
あたしは浴衣の袖を掴んで、可愛く広げて見せた。
「うん、涼しそうでいいんじゃね」
は?『涼しそう』?
おい、言う事はそれだけかよ?
「じゃ行こうか」
「え、う、うん」
そう答えると、兵太はスタスタと先を歩き始めた。
あたしは後ろから軽く睨む。
『あたしの可愛い浴衣姿を見て、ちょっと照れる兵太』はどこに行った?
それを期待してた、あたしの方が恥ずかしいじゃねぇか。
それにな、コッチは浴衣なんだぞ。
いつもみたいにスタスタ歩ける訳じゃない。
もっとあたしをエスコートする気遣いを見せろよ!
本当は兵太が手を引いてくれる事を、少しだけ期待していた。
あたしから手を出すのは恥ずかしいし、何か癪だ。
ムカついたから、階段ではわざとゆっくり昇ってやった。
さすがのアホ兵太も、これには気付いた。
「大丈夫か?歩きにくいのか?」
「うん、浴衣に下駄だから、あんまり早くは歩けないよ」
「わかった。じゃあゆっくりでいいよ。先にホームに上がっているから」
・・・こいつ・・・今日はキスは無しだな・・・
都営浅草線の浅草駅で降りる。時刻は午後五時前だ。
既にかなりの人出だ。外国人も多い。
街の雰囲気は既に花火大会モードだ。
屋台だけでなく、通常の店舗も店の前にテーブルと飲み物や食品を出している。
「混んでるけど、大丈夫か?」
そう言って兵太はあたしの手を握ってくれた。
ウン、ちょっとだけ気分が上向いたぞ。
にしても暑い。
人出が多いせいか、余計に熱気を感じる。
「一応、花火が見やすいっていう穴場を調べておいたんだ」
兵太がそう言った。
当然ながら隅田川沿いは人で一杯だろう。
既に場所取りもされているに違いない。
ちょっとか気が利くじゃないか、兵太!
「わかった。兵太に任せるよ」
あたしは可愛くそう答えた。
(最近はあたしもこの手の演技が板について来た・・・つもりだ)
兵太が調べたという穴場とは、浅草寺の事だった。
とは言え、ここも観光名所の上、既に有名な穴場?のため、けっこうな人がいる。
花火大会は午後七時からだ。
それまで浅草寺前の参道のお店や、境内の中をブラブラと見て過ごす。
兵太と一緒に、チョコバナナやクレープを買って、二人でおしゃべりしながら過ごす。
ふふ、こんなに楽しく二人で過ごせるのは久しぶりだ。
なんぜ直前まで『渋水理穂とパン屋で場外乱闘』をやらかしていたからな。
時刻は午後6時になった。まだ日は明るい。
「おっ、兵太じゃないか!」
突然の声がかかる。
あたしの心臓は縮み上がった。
「なんだよ、やっぱり彼女と来てたのか。道理で様子がおかしいと思ったよ」
別の男の声がする。
あたしは恐る恐る振り返った。
そこにはズラリ、十人以上の男子が立っていた。
周囲に蠢く男どもより、明らかに精錬された容姿と知性と気品がある男子たち。
そう、我が慈円多学園バスケットボール部の連中だった。
「兵太がいやに早く帰りたがるから、何か怪しいとは思っていたんだよな」
「って、この子が噂の幼なじみの彼女か?可愛いじゃん」
いくら『周囲より精錬された男子』であっても、
いくらあたしを可愛いと言ってくれても、
『慈円多学園バスケ部男子』なんて、今あたしが最も出会いたくない連中だ。
兵太もバツの悪そうな顔をしている。
「いや、でも、夏休み中はずっと部活があるんで、あんまり時間が取れないもんで・・・」
歯切れの悪い返答だ。
「だから俺たちとの付き合いより、彼女とのデートを取った、って訳かぁ」
笑いながら最初の男がそう言った。
「そんな訳じゃないっす。それよりみんなはどうしてここへ?」
兵太が若干赤くなりながら、そう聞いた。
そういやぁ、コイツは昔から女の子が絡むと照れる方だった。
「オマエが帰った後、川上さんが『花火大会にどうしても行きたい』って言いだしてさ」
この続きは、明日6月9日(日)10時頃、投稿予定です。




