3、パン売り競争、勃発(その2)
翌日は七海が都合で休みとなっており、早番の新人はあたしだけだった。
その日は何も無かった。
渋水も毎日は因縁を付けて来ないようだ。
と、思っていたら、これがまた甘かった。
次の日、バイトに出勤した時だ。
あたし達に初日に指導してくれた女子大生の飯倉さんが心配そうに近寄って来た。
「昨日の夜さ、大変だったんだよ」
「何があったんですか?」
あたしがそう聞くと
「閉店のレジ締めの時、渋水さんが『レジのお金が合わない』って大騒ぎしてさ。その責任は『天辺さんの所為だ』って」
と眉を顰めて言う。
「あたしの?」
ビックリして聞き返す。
この店のレジはバーコードには対応しているが、自動釣銭機まではない。
レジ担当の人が手渡しでお金のやり取りをしている。
よって釣り銭などを間違える事はあるのだ。
だがあたしには、絶対に自分が間違えていない自信があった。
それにこんな事まで言われて、黙っている訳にはいかない!
おそらく渋水は、七海が休みであたしだけに責任を押し付けられる日を選んで、釣り銭が合わないように仕組んだのだろう。
怒りのあまり全身が震える。
その日、夕方になって渋水がやって来るのを待った。
彼女がロッカー室に入ったのを見て、あたしもすかさずロッカー室に入る。
彼女は着替えの途中だった。
「渋水さん、ちょっと話があるんだけど?」
渋水は睨むように、あたしを振り返った。
「何よ?」
「言いがかりもいい加減にしてよ。何よ、釣り銭を間違えたのはあたしだって?証拠でもあるの!」
渋水は制服に着替えると、あたしの方を向き直った。
「あなた以外に、誰が間違えるって言うのよ」
「じゃあソッチには、あたしが間違えたって証拠があるって言うの!」
「間違えたって証拠はないかもね。わざと取った可能性だってあるから」
「フザけんなよ!」
ついにあたしの怒りは爆発した。
「あたしがこの店に入ってから、次々と嫌がらせばかりしやがって。陰湿なんだよ、アンタのやり方は!」
「アンタこそ、わたしの目の前をウロチョロしやがって!目障りなんだよ!」
あたし達の怒鳴り声が聞こえたのか、女性社員や先輩バイトの人たちが、ロッカー室に入って来る。
だがヒート・アップしたあたし達は、既に止まらない。
「誰が好き好んで、アンタの近くなんかに現れるかよ!ソッチこそあたしの視界に入って来るな!」
「上等じゃん!わたしもアンタとは絶対に一緒にやって行けないと思ってたんだよ。そこまで言うなら、勝負でドッチが辞めるか決めようじゃない!」
「勝負だぁ?」
「そうだよ、ここはお店だからね。アンタとわたし、使えない方が辞める。わたし達らしい決着の付け方でしょ!」
ここまで言われて、引き下がる訳には行かない。
「いいよ、受けて立ってやる!勝負の方法は?」
「七月一杯で、どっちが多く売り上げを作る事が出来るか?売上額の少ない方が敗者で、この店を辞める。どう?」
渋水理穂は、自信たっぷりの表情でそう言ったのだ。
このクソ女は、どうしてこう自信満々なんだ。
「わかったよ。それでいい」
あたしは彼女を睨みつけたまま、そう言った。
「わかったら出てって。わたしはまだ準備があるんだから!」
渋水は「してやったり」という嫌な笑みを浮かべた。
あたしは足音も荒く、ロッカー室を出て行った。
ロッカー室の様子を覗いていた女性社員とバイトが、サッと引いていった。
あたしは怒りを貯め込みながら、仕事に戻った。
七海と飯倉さんが、心配そうに近寄って来る。
「大丈夫なの?あんな約束しちゃってさ」
七海がそう言った。
「仕方ないじゃん。渋水のヤツにああまで言われて、黙って引っ込んでいるなんて出来ないよ」
「でも渋水がああ言うって事は、自分に勝算があるから言うんだよ。美園には不利じゃない?」
あたしもそれは思っていた。
おそらく渋水理穂は、あたしに勝つ自信があるんだろう。
それに対して、あたしには渋水に勝つ自信も、策もない。
先輩である飯倉さんが、あたし達の不安を肯定するように言う。
「渋水さんはね、自分勝手で我儘だけど、男性社員や一部のお客様にはウケがいいんだよ。特にイートインで店内で食べて行くお客にはね。男性客には彼女が目当てで通ってくる人もいるから。だから店長も渋水さんの我儘は大目に見てるんだよ」
あたしは黙り込んでしまった。
短絡的だったかもしれない。
冷静に考えれば、渋水理穂が勝負を持ち出した段階で、アイツには勝つ算段がついていたのだ。
アイツは、こうやって最初からあたしを排除する事が目的だったのかもしれない。
どうやらまんまと、渋水理穂の手に乗せられてしまったようだ。
だがこうなっては、後には引けない。
ここは慈円多学園じゃないが、奇しくも『お弁当お届けレース』の場外乱闘・番外編となってしまった。
『パン売り競争』の始まりだ!
この続きは、6月6日朝7時頃に投稿予定です、




