2、仕方ない、バイトでもすっか(前編)
一学期の最終日のお昼。
約束の屋上に川上純子ちゃんは来なかった。
あたしと兵太だけだ。
あたしはホッとした。
これで彼女の言っていた勝負は、あたしの勝利で決まった訳だ。
だが一学期が終わった今、あたしも兵太と十回連続でお弁当を食べる事は出来なかった。
つまり兵太を確実にあたしの物にするのは、二学期まで待たねばならない、という事だ。
「来なかったな、川上さん」
兵太もホッと安心したように言った。
なんだ、コイツ?
まだ川上さんに未練を残してたのか?
彼女に面と向かって
「俺は美園を選ぶ!」
って言わなくて済んで、良かったって事か?
「部活の間、川上さんのお弁当、食べないでよ!」
あたしはハッキリと釘を刺した。
あたしの眼が届かない所で「お弁当お届け十回連続達成!」とか言われたんじゃ、たまったもんじゃない。
「お弁当が必要な時は、必ずあたしに言う事!あたしが作って持っていくから。いい?」
あたしは眼力を込めて、兵太にそう言った。
場外乱闘や避けたいが、彼女が仕掛けて来るならやむを得まい。
「わかった、わかったよ。それに夏休み中は自分で弁当を持っていくから」
あたしは目線を兵太から外して、屋上の入口を見つめた。
川上さんには、確かに悪い事をしたと思う。
彼女の、富士急ハイランドで一人で泣いていた姿を思い出すと、今でも胸が痛む。
だが、あたしももう、彼女に兵太を譲る気はない。
彼女が挑んで来ると言うのなら、徹底的に戦うまでだ!
「じゃ俺、部活に行くから」
兵太はそう言うと、そそくさと校舎内に入って行った。
まったく、アンタがそんなハッキリしない態度だから、彼女に付け込まれるんだよ!
教室に戻ると、如月七海があたしを待っていた。
今日はもう授業はない。下校するだけだ。
「川上さんとの決着、着いたの?」
「まあね、決着ついたって言うより、最後は彼女の試合放棄、って感じかな」
「良かったじゃん。これで安心して、美園は中上君と毎日イチャイチャできるって事だね」
「ちょっと、『イチャイチャ』なんてしないよ。それに毎日なんて会えないって」
「どうして?」
「兵太は夏休み中、ほとんど毎日部活があるんだよ。おそらくあたしよりも川上さんの方が、毎日兵太に会えるだろうね」
「お~、それは心配だねぇ、美園ちゃん」
七海はおどけて両手を広げた。
「それはさておき、美園も夏休みがヒマなら、バイトしない、バイト?」
「バイトかぁ、かったるいなぁ、どこで?」
あたしは口ではそう言いながら、七海の話に興味があった。
何しろあたしは金が無い。
しかも両親から相当に小遣いを前借りしている。
その前借りの口実にも「夏休みにバイトして返すから」と言っている。
今以上に小遣いのアップが望めない以上、ここはアルバイトをして資金を稼ぐしかない。
幸か不幸か、あたしの夏休みスケジュールは、花火大会くらいしかないし。
「渋谷のパン屋さん!ケーキも売っていて、テレビでも紹介されている有名店なの!」
七海はそう言って、スマホのバイト紹介サイトを表示した。
なるほど「女子ウェイトレス、販売員募集」となっている。
サイトに映ってポーズを決めている女の子の制服も、とても可愛い。
女子ならグラっときちゃう制服だ。
あたしがそれに注目した事に七海も気付いたのだろう。
「ね、制服、可愛いでしょ。でもそれだけじゃないんだよ。時給だっていいんだから」
あたしの耳は、素早くそこに反応した。
「どのくらい?」
「時給980円!昼間の時間帯でだよ」
昼間の時給で980円!
高校生のバイトとして、それは魅力的だ。
しかも渋谷なら通学経路の途中になる。
定期が使えるから、交通費は丸儲けだ。
さっそく電話してみると「今から面接できないか?」と言われた。
あたしと七海は、渋谷にあるそのお店に向かう。
そこは渋谷から道玄坂を超えて奥に入ったところだ。
どちらかと言うと神泉に近い。
ただのパン屋ではなく、イートインが出来るカフェのようなお店だった。
お店の名前は「Jolie boulangerie dans la foret」と言うらしい。
(めんどくさいので「ラ・フォレット」と呼んでいる)
パンだけでなく、ケーキなども売っている。
ネット上でも有名で、テレビで紹介されていて、芸能人も時々来るようなお店だ。
七海は家が松濤なので、たまにこのお店にも買いに来ていたらしい。
店長は三十歳くらいの男性だ。
J 〇oul〇rothersにいそうな、チョイ悪を連想させるイケメンだった。
「二人とも可愛いね、モテるでしょ。慈円多学園?凄い名門校に通っているね。じゃあ学校も近いね。普段もバイト出来るね」
と軽い感じでハラスメントに引っかかりそうなコードを交えながら、そう言った。
(まあイケメンだし、嫌な感じじゃなかったので、許す)
「明日の早番から入れる?販売員兼ウェイトレスって感じで。朝は9時までに入ってくれればいいから。制服は貸し出すけど、辞める時には返してね。時々いるんだ『制服が可愛いから返さない』って子が。クリーニングは、店のランドリー用の袋に入れておいてくれれば、中一日で出来るから」
そう言ってサイズ合わせのため、制服の試着をした。
白いブラウスに、胸の部分が協調されるようなジャンバースカート、
スカ-ト丈は膝上二十センチ近い超ミニだ。
頭にはメイドがよく付けている白い髪飾り「ホワイトブリム」を付ける。
ヤバイ、可愛いじゃん、あたし。
姿見の鏡を見て、思わず舞い上がってしまった!
軽くポーズを付けてみる。
こりゃ制服を返したくない気持ちもわかるわ。
サイズはあたしも七海もMでちょうど良かった。
ジャンバースカートは胸の部分は大きくU字型に空いていて、
ブラウスの胸部分が強調される所が唯一の不満点だ。
その日は制服だけ受け取って帰る。
よし、明日からひたすら金儲けだ。頑張るぞ!
この続きは、本日6月2日(日)12時過ぎに投稿します。




