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あなたにこの弁当を食べさせるまで!  作者: 震電みひろ
第二章 新たなる戦い?少女野獣編
67/116

17、ミッション・インポッシブル ―走れ、美園!―

バスの出発まで、まだかなり時間があったおかげで、

あたし達は兵太より先に、高速バスの停留所に着く事が出来た。

バスに乗り込むと、帰りも後ろから二番目の席に座る事が出来た。


だが兵太もすぐにやって来る。

兵太は割と前の方に座る。前から三列目くらいだ。


バスが動き出す。

するとあたしのスマホが振動した。

手に取ると、兵太からSNSの着信だ。


あたしは急いで、着信音もバイブも「無し」にセットする。

この何列か前に兵太がいるのだ。

振動音で気付かれるかもしれない。


>(兵太)美園、熱があるんだって?如月さんからDMが来た。


あたしは隣に座る七海を見た。

ちくしょう。面白そうに笑っていやがる。


<(自分)うん、でも寝てたから、もう大丈夫。


>(兵太)本当か?熱がかなり高くて苦しんでるって、言ってたけど?


あたしは小声で七海に聞いた。


「一体、何度って言ったのよ?」


「あたしは『すごい高熱』としか、書いてないよ」


<(自分)夕方は38度くらいあったかな。今は下がったけど。


>(兵太)大丈夫か?誰もいないんだろ?


あたしは返事を迷った。

今日はどうなんだろ。

お母さんはパートかもしれないが、お父さんは家にいたのだろうか?

お姉ちゃんの事なんて、全然わからないし。


あたしが迷っている内に、兵太から次のメッセージが来た。


>(兵太)あと二時間くらいかかるけど、俺、美園の家に行くよ。


横からスマホを覗き込んでいた七海が、小声で言った。


「あたしが『昼間に見舞いに行ったら、美園が高熱で中上君に会いたがっている』って書いたから」


なに考えてるんだ、この女は?

兵太も兵太だ。

常識で考えて、風邪で高熱くらいで「男に会いたい」なんて言う訳ないだろうが。

不治の病じゃあるまいし。


・・・まぁ、そのおかげで、兵太と川上さんがどうになりそうな所を、防ぐ事が出来たんだが・・・


<(自分)ありがと。でももう大丈夫だよ。熱も下がったから


すぐに返事が返って来た。


>(兵太)俺に会いたいって、言ってくれたんじゃなかったの?


そうだよな。

兵太は、このために、あたしのために、

川上さんとのデートを中断して、帰って来てくれているんだよな。


>(兵太)俺も、美園に会いたいから・・・


それを見た瞬間、あたしは思わず涙がこぼれそうになった。

・・・あたしも、兵太に会いたいよ・・・


実際には、数メートル先にいるんだが、でも今は話す事はできない。


<(自分)じゃあ来る時に、ゼリーか何か買ってきて。待ってるから


このまま兵太に家に直行されたら、あたしより先に着いてしまうかもしれない。

それでなくても、家でアリバイ工作する時間が欲しい。


こういう所は、自分でも抜け目がないなぁ、と思う。


・・・


地元の駅を降りると、あたしは家まで猛ダッシュをした。


新宿では、バレないように兵太がバスを降りて、だいぶ間を開けるしかなかった。

兵太の姿が見えなくなってから、あたしは七海との別れもそこそこに、

駅に向かって走り出した。

そのまま、一番最初に来た電車に飛び乗る。


おそらくあたしが兵太に遅れるとしても、電車一本分くらいだ。

兵太には「ゼリーを買ってきて」と頼んでいるから、

途中のコンビニに寄ってくれれば、五分は時間を稼げるだろう。


あたしは汗だくになって、家まで走り続けた。

直前まで陸上部でマイル・リレーの特訓を受けていて良かった、と改めて思う。


やっと家にたどり着く。

鍵を取り出すのももどかしく、急いで家に入る。

居間には、お母さんとお姉ちゃんがいた。

二人でバラエティ番組を見ている。


「あら、お帰り。晩御飯はテーブルの上にあるから」


そういう母親に、あたしはぜぇぜぇと荒い呼吸をしながら、やっとの思いで言った。


「お、お母さん、お姉ちゃん。今から兵太が来るけど、今日は二人とも家に居なかった事にしといて!家にはあたし以外、誰も居なかったって。それから、あたしは熱を出して、一日中家で寝ていたって言って!」


「なんで、そんなウソ言うの?」


母親は怪訝な顔をする。


お姉ちゃんが嫌な笑いを浮かべた。


「もしかして美園、あんた兵太君以外に、浮気でもしてんの?」


「そんなんじゃないったら!ともかく、何でもいいから、そう言ってよ!あたしは自分の部屋に行くから!」


それだけ言うと荒々しく居間のドアを閉め、あたしは二階にある自分の部屋に駆け上がった。


急いで帽子を脱ぎ去り(七海に返さないで、そのまま来たため)、ヘアピンを全部外す。

イタた!慌てたせいで、ヘアピンに絡まって毛が何本か抜けたよ、ちくしょう。

着ていた半袖シャツを脱ぎ去り、ジーンズのベルトを外して蹴り脱ぎながら、Tシャツを脱ぎ捨てた所で・・・


 ピンポーン


インターフォンが鳴った。


ヤバイ、来るの早すぎだよ、兵太。


あたしはまだ、ブラとパンティという下着姿だ。

パジャマ、パジャマ!

あ~ん、そう言えば今朝着ていたのは、洗濯して貰おうと思って、洗濯機に入れたんだった。


慌ててタンスから、新しい夏物パジャマを探し出す。


「こんばんわ」


ゲッ!、玄関から兵太の声が聞こえた。


「いらっしゃい、兵太君。美園なら自分の部屋にいるわよ」


母親の応対する声が聞こえる。

ちょっと、年頃の娘の部屋に、男を入れるんだぞ。

母親なら、もうちょっと警戒するかなんかして、引き留めろよ!


あたしは見つけたパジャマの上を引っ張り出すと、袖を通した。


「お邪魔します」


トン、トン、トン、と階段を昇って来る音がする。


待って待って待って!


もう間に合わない。

あたしはパジャマの下を履くことは諦めた。

布団の中にいれば、下はズボンを履いていなくても、わからないだろう。


今まで着ていたシャツとジーンズは、見えないようにベッドの下に蹴り込む。


あたしは急いでベッドの中に潜り込む。


それと同時に、部屋のドアがコンコンとノックされる。


うわ~、まだパジャマの前のボタンを止めてないのにぃ。


「美園、入ってもいいか?」


兵太がそう聞いて来た。

本当はまだダメなんだが、ここでそう答える理由がない。


仕方が無い。

こうなったら、布団の中でパジャマのボタンは留めよう。

あたしは布団を顎の上まで引き上げた。


「うん、いいよ」


ガチャ、という音がして、兵太が入ってきた。

手にはコンビニの袋を持っている。


「熱、もう大丈夫なのか?」


あたしは布団の中で、せっせと手を動かしてボタンを留めながら答えた。


「うん、もう平気。今は大丈夫だよ」


「そうか?それにしては顔も赤いし、だいぶ汗をかいているみたいだけど」


そりゃそうだ。

いまさっきまで、駅から全力疾走して来たんだから。

布団の中だって、暑くて仕方が無い。


だけど今のあたしは

「ブラとパンティの上に、パジャマの上だけ」という、

ある意味でかなりセクシーな状態だ。

絶対に布団からは出られない。


「まだ熱があるんじゃないか?」


兵太がそっと手を伸ばし、あたしの額に触れた。

その手が、とっても優しい感じがした。


・・・うう、うれしいよぉ・・・


自然とあたしの目頭が熱くなる。


「かなり熱いな。汗もだいぶかいているし」


兵太がそう言って手を引いた。

もうちょっと、触れていて欲しい気がした。


「言われた通り、冷たいゼリーを買ってきたんだ。食べる?」


「うん」


兵太はコンビニの袋から、フルーツゼリーを取り出した。

あたしは上半身を起そうとして、ハッとした。


上はボタンを留めたから、まだいい。

だが上半身を起したら、下半身はパンティ一枚なのが見えてしまう・・・


「どうした?」


兵太がそう聞いた。


「まだ頭がクラクラするの・・・起き上がるのちょっと・・・」


これは完全なウソだ。だがこの場合は、許されるだろう。

あたしは兵太をじっと見つめた。


「食べさせて」


言ってから、かなり恥ずかしかったが、他にどうしようもない。


兵太も少し恥ずかしそうにしながら、

ゼリーのフタを取り、スプーンで一口分をすくって、

あたしの口まで持ってきてくれた。


あたしは口を開けて、それを食べさせてもらう。

ちょっと甘えた感じで。


兵太はゼリーをすくいながら、口を開いた。


「俺、美園に謝らなきゃって思っていたんだ、ずっと」


そのゼリーを、あたしの口に運んでくれる。


「一緒に映画に行く約束だった日、確かに川上さんと一緒にいたよ。でもあれは本当にバスケ部の用事だったんだ。土曜日に、次の週の試合のためにスポーツドリンクをまとめ買いしなくちゃならないって、言われたんだ。でも川上さんが『一人で買い物は重くて大変だ』って言い出して。それで先輩が、俺に一緒に買い物に行くように言ったんだ」


兵太があたしの目を見た。


「でも、それを言い出せなくって。美園に聞かれた時、とっさに『一人で行った』ってウソついちまった。本当は、俺にもやましい気持ちがあったんだ。だから、あんなウソを言ってしまった。でもそれで美園は傷ついたんだよな。本当に済まない」


あたしは布団から手を伸ばした。

兵太の左手をつかむ。


「もういいよ。あたしだって、兵太の事を責められないよ。今度はあたしの話をするね」


深く深呼吸をする。


「あたし、『ワックス転倒事件』の事で、真・生徒会から懲罰を受けたんだ。それで校外の男達にリンチされそうになった。その時に偶然助けてくれたのが紫光院先輩なの。その御礼として、お弁当を連続にならないように渡すことになったんだけど・・・あたしにもやっぱり、やましい気持ちがあったよ」


あたしは視線を外して、天井を向いた。


「あたし、兵太の言った通り、チョロイ女だね。あたしに怒る資格なんて無いよ」


そう言った時、何故か涙が溢れてきた。

こんな場面で、泣いて誤魔化すなんて嫌だ。

でも勝手に涙の方が、流れ出してきたんだ。


「美園・・・」


そのこぼれた涙を、兵太の手がぬぐった。


「美園はチョロくなんかないよ。正直なんだ。そういう裏表が無いところも、俺は好きなんだ」


兵太がそう言って、あたしを見つめる。

あたしも兵太を見つめ返した。


兵太が、そっと顔を近づけてきた。

兵太の右手が、あたしの顔に触れる。

兵太の左手は、あたしの右手と握り合っている


あたしは目を閉じた。

今なら、今なら素直になれる。


だけどその時、富士急ハイランドのベンチで、一人で震えていた川上さんの姿が思い出された。

あたしは今、兵太にキスして欲しいと思っている。

でも、いまそれをするのは、あまりに彼女に悪いような気がする。


目を開いた。兵太の顔が間近にある。


「風邪、移っちゃうよ・・・」


あたしが静かにそう言うと、兵太はハッとしたような顔をした。

そして静かにあたしから離れる。


「ごめん・・・」


そう言った兵太の手を、あたしは強く握った。


「ううん、謝らないで。うれしかったから。でも今日じゃない方がいいでしょ、兵太も」


兵太は少し考えるような表情をした。そして立ち上がる。


「わかった。それじゃあ、今日はもう帰るよ。また月曜日、学校で」


「うん、学校で」


あたしが笑顔でそう返すと、兵太も笑顔を浮かべ、そして部屋を出て行った。

階段を下りる音がし、玄関の所で「お邪魔しました」という声がして、ドアが閉じられる音がする。


あたしはその短い時間の間に、今日一日の事が連続写真のように思い出された。

そしてベッドから跳ね起きると、窓に駆け寄る。

急いで窓を開けると、兵太がちょうど家から道路に出た所だった。


「兵太っ!」


あたしは力いっぱい呼びかけた。手を振る。

兵太が驚いて、あたしの方を見る。


「月曜から、またお弁当を作るから、一緒に食べようね!」


兵太も思いっきり、手を降り返す。


「ありがとう!楽しみにしてるよ!」


そう大声で言うと、兵太は夜の道を自分の家に向かって歩いていった。


あたしは夜風にあたりながら、その兵太の姿が見えなくなるまで追い続けていた。


・・・


翌月曜日。


昼食の時間が終わり、あたしと兵太は屋上から校舎内に入った。


今日のお弁当は、ご飯の方は、煎り卵&ほぐし鮭のバター炒めの二色ご飯。

肉系は、豚ロースの一口生姜焼き、揚げシュウマイ。

野菜系が、ワカメとダイコンとタコの酢の物と、粉吹きイモだ。


二人きりでお弁当を食べるのは久しぶりなので、ちょっと照れ臭かった。

でも二人とも、楽しい、そして満足な時間を過ごせた、と思う。


弁当箱は兵太が洗って返すことになっている。

まぁ、あたしがお弁当を作る労力に比べれば、それぐらいは当然だが。


教室に戻ってくると、七海が待っていた。


「中上君とのお弁当、再開したんだ?」


「うん」


「実際、危ない所だったよね。もうちょっとで川上さんに取られたかもしれないし」


「うん、色々ありがとう・・・」


あたしは横を向きながら、小さい声で礼を言った。

こっ恥ずかしいが、彼女がいなかったら、今の状況はあり得ない。


「中上君とうまく行きそうで、満足してる?」


「うん」


「こうなって良かった?」


「うん」


あたしはちょっと疑問に思った。

なんでこんなに何回も確認してくるんだろう?


「やったぁ~!じゃ、美園。約束通り富士急ハイランドのチケット5300円、全額払ってね!」


「ええっつ?」


あたしは改めて七海の顔を見つめた。

彼女はニヤニヤと笑ってる。


そうか、そう言えばそんな約束してたな。

コイツにしてやられた、って事か?

あたしは苦笑いした。


「わかった。払うよ。5300円ね」


まぁ、七海のしてくれた事を考えれば、これくらいは当然かもしれない。

兵太とヨリを戻す事が出来たんだし。


あたしはサイフを取り出す。

サイフの中には三千円しかなかった。


「いま三千円しかないから、残りは今週中にして」


「オッケー、オッケー」


あたしは三千円を取り出すと、七海に手渡した。

そして昨日から感じていた疑問を、七海にぶつける。


「もしかしてさ、七海、知っていたんじゃない?兵太と川上さんが富士急ハイランドに行くこと」


「ちゃはぁー。やっぱバレたか?」


彼女はアタシの手から素早く三千円を奪うと、サイフに仕舞いこんだ。


「あたしの元カレ、二股ヤロウね、が言ってたんだよ。中上君と川上さんが、あの日に富士急ハイランドに行くらしいって。アイツもバスケ部だしね。それであたしは、同じ日にぶつけてやろうと思ったんだ。あたし達もいれば、川上さんも変な行動には出られないだろうと思ってね。残念ながらあたしのデートはポシャちゃったけど」


あたしは無言で七海を見つめた。


そうか、そういう事か。

あたしは最初から、七海の手のひらで転がされていた、って訳ね。


あたしは兵太の方を見た。

兵太もあたしの方を見ている。

あたしと七海が、何を話しているのか、気になるのかな?


まぁいいか。

あたしは、幼馴染を彼氏として取り戻した訳だし。

友達はこんなにも、あたしのことを心配してくれている。


今のあたしは、幸せなんだ。きっと。

これで第二章完結となります。

ここまでお読み頂いて、本当にありがとうございました。

飽きっぽい私が、ここまで書き続けて来られたのも、読んで頂ける皆さんがいたからです。

感謝しています。


(訂正)

すみません。

「後書きに規約に反する記述がある」と指摘がありました。

よって後書きを修正致します。

不愉快に感じられた方、申し訳ございません。


現在、続きの第三章を作成中です。

6月第一週には第一話を公開できると思います。

今後ともよろしくお願い致します。

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