17、ミッション・インポッシブル ―君に必要なのはまず変装だ!―
そう言う訳で土曜日。
あたしは新宿駅のバスタ新宿に6時半に着いた。
6:45新宿発のバスに乗るためだ。
このバスなら8時半には富士急ハイランドに着けるらしい。
ほぼ同じ時間に如月七海も到着した。
「おっはよう、美園。ハイ、これ!」
会うなり七海は、持ってきた紙袋の中から、帽子とサングラスとマスクを取り出した。
「おはよう、って何コレ?」
驚いてそう聞いたあたしに、七海は当然のように答えた。
「変装用セット。今日は一日、彼氏役に徹して貰わないと!」
いや、それは解るが・・・
「ここまでする必要、あるの?サングラスなんて、逆に不自然じゃない?」
「大丈夫、メガネも持ってきたから。あと、あたしも変装用のサングラスとマスクを持ってるよ」
そういう事を聞いているんじゃ無いんだが・・・
それに二人揃ってサングラスとマスクなんて、怪しすぎないか?
テロリストとして、逆にマークされそうだが。
「さぁ、ともかくバスの乗ろう!ハイハイ、帽子とマスクを着けて!」
七海がそう言って、あたしの髪の毛を素早くヘアピンで止め、強引に帽子を被せると、背中を押した。
仕方なくマスクを付け、あたしと七海は「河口湖行」のバスの乗り込む。
幸運な事に、まだ最初の方だったため、後ろから二番目のシートに座れた。
「楽しみだね~、マサヤ君!」
七海はそう言って、あたしの左手に抱き着いて来た。
彼氏の名前は「マサヤ」って言うのか。
にしても、ここまで演技する必要ってあるの?
あたしは満足げに左手にしがみ付く七海を見た。
と、その時だ。
窓の向こうで、これからバスに乗り込もうとしている男女が目に入った。
あたしの目が剥き出される。
な、なんと、信じられない事に、とんでもない事に・・・
・・・兵太と川上さん!・・・
そこに居たのは、兵太と川上純子ちゃんだったのだ!
「ちょっ、ちょっと、やっぱアタシ、行くの止める。降りるから」
あたしは七海の腕を振りほどいて、すぐさまバスを降りようとした。
「え?どうしてぇ?」
七海がそう言って、腕を放そうとしない。
「アソコに兵太と川上さんが居るんだよ!このバスに乗ろうとしている。その前に降りなくっちゃ!」
あたしは七海の手を振りほどこうとした。
「えっ?本当に・・・あ、ホントだ。でも今からバスを降りると、まともにあの二人とかち合っちゃうよ」
七海にそう言われるまでもなく、今まさに兵太と川上さんはバスに乗り込もうとしていた。
そしてタイミングが悪い事に、二人は乗降口の真ん前の席に座りやがった。
あたしは唖然とした。
完全にバスを降りる機会を逃したらしい。
七海が呑気な表情で言った。
「大丈夫だよ。二人はあたし達に気が付いていないみたいだし。それにあたし達、変装しているじゃん。あの二人の行き先が同じかどうかも、わからないしさ。もしかしたら富士山か河口湖に行くのかもしれないじゃん」
あたしはキッとなって七海を睨んだ。
何てことだ。
こんな所で、あたしを袖にした男と、それを奪い取った女のデートを見せつけられるなんて。
七海の傷心を癒すために、あたしの傷心が深まりそうだ。
・・・
バスの中、あたしはずっと憮然としていた。
当たり前だ。
何が悲しくて、兵太と川上純子ちゃんの『楽しいデート』を見せつけられなくちゃならないんだ?
「ねぇ、そんなに不機嫌そうにしないでよ。せっかくのお出かけじゃん!」
七海が猫撫で声でそう言った。
「ちょっと、あんまり話しかけないでよ。あの二人に聞こえるでしょ!」
あたしは、小さい、小さい声で、七海を叱りつけるように言った。
もしこんな所であの二人にあたしの存在がバレたら、
あたしは一生、アンタの事を恨むからな!
「大丈夫、だいじょーぶ!あんな前まで聞こえないよ」
七海はいかにもお気楽な事を言いやがった。
あたしはふて腐ってサングラスをかけ直した。
とりあえず、今はサングラスとマスクは役に立っている。
非常に不本意だが・・・
「ね~、マ・サ・ヤ・くん!」
そう呼びかける七海に、あたしはため息で答えた。
仕方がない。
こうなっては、何としてもアタシは
「七海の彼氏・マサヤ」で通すしかない。
もし兵太と川上さんが、あたしに気づいたら、
あの二人はきっと、あたしの事を
「デートを監視しに来たストーカー女」
と思う事だろう。
そんな汚名を着るくらいなら、死んだほうがマシだ!
やがてバスは富士急ハイランドに到着した。
一番前の席に座っている兵太と川上さんがバスを降りる。
ああ、これで「二人のデート先は河口湖か富士山」という、ささやかな希望も潰えた訳だ。
兵太と川上さんがバスから遠く離れるのを確認して、あたし達はバスを降りた。
あたしはそのまま「新宿行の高速バス乗り場」に向かう。
「ちょっ、ちょっと、どこ行くのよ?」
七海があわてて追いかけて来た。
「決まってるじゃん。東京に戻るんだよ」
あたしは振り向きもせず、そう言い放つ。
「そ、そんなぁ、ここまで来て、それは無いんじゃない」
七海はそう言って、あたしの腕を引っ張って引き留める。
「冗談じゃない!もしここでアタシがあの二人に見つかったら、どうしてくれるのよ!向こうは楽しくカップルでデート中だって言うのに、コッチは寂しく女二人で遊園地だなんて!」
「だからコッチは変装してるじゃない。これだけ人がいるんだから、そんなに簡単に鉢合わせしたりしないよ。ちょっとすれ違ったくらいじゃ、あたし達だって判らないって!ホラ、あたしもこうやって変装しているし!」
それでもあたしは納得できなかった。
例えあの二人にアタシの存在がバレなかったとしても、
『仲良く楽しそうな兵太と川上純子ちゃん』を見せつけられるのは不愉快だ。
すると七海は、急に声色を変えて、こう言いやがった。
「あ、わかった。美園、本当はまだ中上君に未練があるんでしょ。だから中上君が川上さんとデートしているのを見るのが辛いんだ。美園はまだ中上君が好きなんじゃないの?」
「バッ、馬鹿っ!何を・・・」
「ほ~ら焦った。図星なんだ!もう関係ないなら、気にする必要はないでしょ」
こいつぅ、戦略を変えて来やがったな。
こう言えば、あたしが断りにくい事を知っていやがる。
再び七海は甘えた声を出した。
「せっかくここまで来たんじゃない。ねぇ~、お願いだよ。せめて四大絶叫マシンだけでも乗ろうよ。ねっ、お願い!その代わり、チケット代はタダでいいからさぁ」
最後は拝むようなポーズを取った。
あたしは、またもや深いため息をついた。
仕方がない。
確かにここまで来て、バスで往復するだけって言うのも何だ。
バス代がもったいない。
それにあたしも、いつかは富士急ハイランドの絶叫マシンに乗ってみたいと思っていたのも事実だ。
タダでそれに乗れる、と言うのだから、これを逃す事は無いかもしれない。
「わかった。じゃあ四大絶叫マシンだけね。それからチケット代はアタシは払わないからね!」
「オッケー、オッケー!それでいいよ。あ、でも最初に約束した通り、もし美園が『来て良かった』と思った時は、ちゃんと全額払ってね。それくらいはいいでしょ?」
あたしは憮然としたまま、黙ってうなずいた。
でもこの状況で「来て良かった」なんて、間違っても言う訳ないだろ?
この賭けは、百パーセント七海の負けだよ。
この続きは5/11(土)・・・に投稿したいです・・・頑張ります




