17、ミッション・インポッシブル ―何故に絶叫系テーマパーク?―
久しぶりに帰宅部に戻れた!
クラブ活動も悪くはないが、やっぱりあたしは
「自分の時間を自由に使える帰宅部」の方が、性に合っている。
もっとも土曜日に都リレー大会があったばかりなので、
身体はヘロヘロだ。
よって今週は紫光院様へのお弁当作りも免除させて貰った。
今週くらいは、ゆっくり骨休みしたい。
「ねぇねぇ、美園。もう臨時陸上部員は終わったんでしょ?」
例のごとく如月七海が、そう話しかけて来た。
「うん、やっと、ね。お役御免だよ。これで肩の荷が下りたぁ~」
あたしも開放感から、思わずそう答えた。
あたしが仕掛けた「ワックス転倒事件」は、学園内でもかなりの大事件となっていたし、
それで迷惑をかけた咲藤ミランと陸上部には、謝罪と罪滅ぼしが必要だった。
そのためにあたしは、二週間という期間限定で「臨時陸上部員」となり、
咲藤ミランの代わりに、都リレー大会に参加したのだ。
あたしは何とか、彼女達の期待通りの結果を残し、
”惜しまれながら”陸上部を去ることが出来た。
そして咲藤ミランは約束どおり、
「セブン・シスターズの中心人物・雲取麗華が、これ以上あたしに手を出さないよう、取り成してくれた」のだ。
もっとも渋水理穂のヤツは、まだ何を仕掛けてくるか解らないが、
とりあえずは
「学園の女王軍団であるセブン・シスターズから睨まれなくなった」
というのは精神的にもありがたい。
これで安心して学園生活をエンジョイできるってもんだ。
「じゃあさ、さっそくだけど、今度の土曜日に遊びに行かない?」
う~ん、久しぶりにゆっくり休める土日なんだけどなぁ。
出来れば、家でゴロゴロしたい。
でも、いつも七海の誘いも断ってばかりだからなぁ。
彼女には色々と協力して貰っているし、あんまりつれなくするのも悪い。
「う~ん、いいけど、どこに遊びに行く?」
そう聞いたあたしに、七海はパッとパンフレットを差し出した。
「コレコレ!ここ行こうよ!富士急ハイランド!」
「えっ?富士急ハイランド?」
あたしは思わず疑問符付きで聞き返した。
そりゃそうだ。
だって富士急ハイランドと言ったら
「絶叫系アトラクション」で有名なテーマパークだ。
こういう所は、カッコイイ男の子と一緒に行って、
女子は「キャァ~、怖いぃ~」
とか言いながら、しがみつくからサマになるのだ。
女子校生二人で行って、楽しめる所とは思えない。
逆に
『周囲はラブラブなカップルに囲まれて、居たたまれない可哀そうな女子二人』
になる事は、目に見えている。
「もっと違う所にしない?例えば渋谷とかさぁ。夏服もちょっと見たいし・・・」
だが七海は強行だった。
「いや、この時期が狙い目なんだって!夏休みに入ると、家族連れで混んじゃうじゃん。それにあんまり暑いとツライしさ。今くらいなら東京は暑くても、富士山の近くなら涼しいだろうし。ね、だから富士急行こうよ、富士急!」
あたしはピンと来た。
七海がここまで押し通そうとする、と言うことは、何か裏があるに違いない。
「なんでそこまで富士急ハイランドに行きたいの?何か理由があるの?」
あたしは七海の目を覗き込むようにして、そう聞いた。
七海はちょっと焦った様子を見せる。
「な、なんでよぉ。別に理由なんて無いわよ。ただ絶叫系マシンとか話題になっているからさぁ。体験してみたいなって・・・」
「七海、あたしの目を見て」
あたしはさらに顔をグッと近づけた。
「もう一度聞くわよ。な・ん・で、そこまで富士急に行きたいの?」
七海は、あたしから目線を逸らした。
しばらくモジモジしていたかと思うと、次は目を潤ませてこう言ったのだ。
「わかった・・・言うよ。酷い話なんだ・・・」
七海は一呼吸置くと、口を割り始めた。
「あたしがバスケ部の男子と付き合いだしたって言うのは、話したよね。それで今度の初デートとして、富士急ハイランドに行こうって話しになったの。でさ、バスの予約は彼が取るって言うから、富士急ハイランドの前売り券はあたしが取ったんだよ・・・」
そこで七海は軽く鼻を「スン」と鳴らした。
「でもさ、彼ったら、実は二股を掛けていたの。彼にはあたし以外にも、中学時代から付き合っている彼女がいてさ」
「え~~~っつ!」
あたしも思わず驚きの声を上げた。
高校入学して最初の彼氏に、二股を掛けられていた?
それはショックだ。
そんなゲス野郎は「慈円多学園・特別法」により、処刑されるべきだ!
簀巻きにして、東京湾にでも沈めてやれば良い。
横浜の先の『東京海底谷』あたりにでも沈めてやれば、まず見つからないのではないか?
そこで珍しい深海ザメや、ダイオウグソクムシあたりに齧られればよい。
あたしは他人事ながらも、怒りを感じて言った。
「どうして、それはわかったの?」
七海はさらに「スン」と鼻を鳴らして、目のうるうるをアップさせて答えた。
「彼が急に『今度の土曜日は都合が悪い』とか言い出して。何か様子がおかしいから、理由を問い詰めたら『中学時代の友達と出かけることになった』とか言い出すの。そして隙を見て彼のスマホを見てみたら『郁美とデート』ってスケジュールにあって・・・。問い詰めたら『中学時代の彼女だ』って。酷いと思わない?」
もう七海は本当に泣きそうだった。
酷い。本当に酷い!
デートの約束をドタキャンして、他の女とデートだなんて!
あたしは数週間前の「兵太と川上純子」の事を思い出した。
あの時の心の痛みが思い出される。
ちょっとくらいモテたからって、イイ気になってんじゃねーぞ!
ドタキャンで放置された女の身にもなってみろ!
「だからお願い。その日は誰かと一緒にいたいの。美園、一緒にいてくれない?前売り券はキャンセルできないんだよ」
目の前で泣き出しそうな友達にこう言われて、
それでも断れるほど、あたしは薄情に出来ていない。
「わかったよ。一緒に行くよ。富士急」
「ありがとう!美園!」
七海はあたしの手を取って握り締めた。
そして次にズッコケるような事を言い出した。
「それで悪いんだけどさ。その日は美園は、ジーンズかズボンで来てくれない?女の子っぽい服装で来て欲しくないんだけど」
あたしは目を丸くした。
絶叫系アトラクションだから、スカートは憚られるのは理解できるが、なぜに女子っぽい服装がダメなのか?
七海はちょっと言いにくそうに言った。
「いや、前売り券って当人しか使えないらしいんだ。だから彼氏の分は彼氏の名前で買っているから。それで美園は彼氏って事で・・・」
「ちょっと待って。なんであたしが彼氏役・・・」
そこまで言いかけて、ピンと来た。
そうか、そういう事か?
『あたしの方が胸がないから、男役をやれ』と。
途端にあたしはふくれっ面になった。
当然だ。
さっきまでの同情心も50%は消滅した。
七海がそのつもりなら、あたしの方も言いたい事は言わせて貰おう。
あたしは万年金欠状態だ。
「でもさぁ、あたしもお金が無いんだよね。そういう事情なら、タダとは言わないけど、チケット代は半額くらいにしてよ!」
七海の方も、ぐっと詰まったような顔をした。
しばらく口をモゴモゴさせていたが、
「わかった。それでいいよ。でも、もし美園が『行って良かった』って思ったら、正規のチケット代を頂戴。それくらいいいでしょ?」
と逆提案をして来た。
七海も中々したたかな女だ。
「わかった。あたしが『行って良かった』って思ったらね」
仕方ない、その程度の条件なら飲んでやろう。
もっとも、あたしは絶対に『行って良かった』とは言わないつもりだが。
この続きは5/10(金)7時頃投稿予定です。




