16、都リレー大会(後編)
・・・こいつは後半で巻き返すタイプだったのか・・・
マズイ、このままだとジリ貧で負ける・・
でも、呼吸が、呼吸が・・・
あたしは無呼吸全力疾走を続け過ぎていたのだ。
既に体中の酸素は使い尽くされているのだろう。
再びカーブが迫って来ていた。
このままカーブに入ったら、イン側にいる5コースの選手が前に出てしまう。
そうなったら、もう挽回は不可能だろう。
・・・くっそ、ここまで来てダメなのか・・・
そう思った時だ。
カーブにいた観客の中で、ある人物の姿がクローズアップするように、目に飛び込んで来た。
兵太だった。
・・・兵太が来てる?あたしを応援に?・・・
一瞬で走り過ぎたが、あれは兵太だった。
その時、突然にあたしには「最後の秘策」がある事を思い出した。
『お弁当お届けレース』で鍛えた、最後の技。
階段を昇り切って、水道場前から最後の100mダッシュのタイミングを思い出せ!
「フンッ!」
鼻水が飛び出すかと思う勢いで、鼻から息を吹き出す。
それと同時に最後の力を足からつま先に込めて、身体を前に押し出す。
そのまま強引にイン側の5コースの選手の前に入り込んだ。
陸上競技ではちょっと強引な割り込み方かもしれないが、
あたしたち慈円多学園の「お弁当お届けレース」なら、アリの入り方だ。
そのままカーブに突入する。
あたし、5コース、1コースの選手は一列となって、カーブを走った。
後はもう何も考えない。考えられない。
ともかくここを走り切って、アンカーの朱島にバトンを渡すだけだ。
あたしは前にいる朱島由紀奈の姿だけを見つめた。
カーブを抜ける。
朱島が左手を伸ばして走り始める。
あたしは既に頭が朦朧としていた。
朱島の手に右手のバトンを押し付けて・・・
あたしの意識は、そこで暗転した。
・・・
「おい、大丈夫か?しっかりしろ!」
咲藤ミランの声がした。
あたしは薄目を開ける。
そこには咲藤ミランの顔と、相変わらずの巨乳があった。
・・・くっそ、こんな時まで、見せつけんな!・・・
彼女の所為ではないが、八つ当たり的な怒りが、一瞬頭をかすめる。
「天辺、大丈夫か?答えられるか?」
再度、咲藤ミランがそう呼びかける。
「だ、大丈夫です・・・レースは?」
あたしはやっと、それだけ言った。
あたしはちゃんとアンカーにバトンを渡しただろうか?
「ああ、大丈夫だ。いま朱島が走っている。天辺のおかげでトップだよ」
良かった・・・あたしはどうやら役目を果たせたらしい。
あたしは四つん這いの姿勢である事に気づいた。
体勢を変えて、べったりと腰を下ろし、足を投げ出す。
足がヒクヒクと痙攣しているのがわかった。
「ありがとう。よくやってくれたよ、天辺」
咲藤ミランがそう言ってくれた言葉にも、あたしはもはや何も返す事ができなかった。
呼吸を落ち着けて、周囲を見渡す。
特に最終カーブの観客席を・・・
だが、そこに兵太の姿を見つけることは出来なかった。
あれは、もしかして、あたしの幻だったのか?
・・・
リレーの結果は、残念ながら2位だった。
1コースのアンカーが追い上げ、朱島と競った時に、2人とも転倒してしまったのだ。
その隙に5コースの選手が追い抜き、一位となった。
すぐに朱島も起き上がり後を追ったが、残念ながらトップは取り戻せなかった。
だが女子陸上部として、大いに盛り上がっていた。
あれだけあたしを敵視していた部員たちも
「このまま陸上部に入りなよ」「これなら秋の大会で優勝できるよ」
と大歓迎ムードだった。
だがあたしは、困った笑顔しか返せなかった。
あたしに運動系の部活はムリだ。
いや、たぶん運動系・文化系、どっちの部活も向いていない。
あたしは人に合わせて行動するのが、今イチ苦手だし、何より疲れることが嫌いだし・・・。
今回は「咲藤ミランにケガをさせてしまった」という負い目があったから、仕方なく参加したのだ。
それに、こんな苦しい思いをする競技は、もうたくさんだ。
・・・みんな、イケメンGETとかの特典もなく、よくこんな辛い事をやっていられるよ・・・
あたしは逆に、陸上部のみんなを尊敬した。
最後は咲藤ミランがこう言った。
「まあみんな、あんまり天辺を困らせるな。天辺は仕方なく、今回は協力してくれたんだから」
そして全員を見渡す。
「よし!みんな、打上げ行くぞ!天辺、おまえも当然、打上げには来るよな!」
あたしも、それにはありがたく参加させてもらった。
タダ飯となれば、それを逃す手はない。
打上げはもっとお洒落な店かと思ったら、案に反してお好み焼き屋だった。
この続きは5/9(木)7時頃、投稿予定です。




