16、都リレー大会(前編)
6月の第四土曜日、駒沢オリンピック公園の総合陸上競技場に、あたしはいた。
もちろん都リレー大会に参加するためだ。
出走するのは以下のメンバーだ。
第一走者が赤羽由美。彼女は200m走にも参加する。足はかなり速い。
第二走者は黒田みのり。彼女は800m走という中距離の選手だ。短距離もまあまあいけるが、持ち味は後半でも落ちないペースだろう。
第三走者があたし。前半200mでは赤羽に負けていないが、やはり後半、特に最後の100mの失速が激しい。咲藤ミランの配慮で、一番結果に影響しにくいと言われる第三走者にしてもらった。
アンカーは朱島由紀奈。彼女だけは個人競技でも400m走を行っている選手だ。当然、一番経験もあるのでアンカーとなる。
それ以外にもこの「都リレー大会」は「4×100mリレー」の国体の予選会も兼ねているため、参加者は多い。
そして・・・慈円多学園からは、意外な事に「女生徒の応援」が多かった。
彼女達は「咲藤ミランのファンクラブ」なのだ!
慈円多学園は男女の生徒比が3対7という、いわば「準女子高」とも言うべき状況だ。
男子生徒はみんな粒揃いの「優良株男子」なのだが、こういう状況だとどうしても
「女子を好きになる女子」が出て来てしまう。
その中でもセブン・シスターズに入るほどの美貌とスタイルを持ち、
さらに性格的にも男勝りできっぷのいい咲藤ミランなど、
恰好の「女子が憧れるお姉さま」になってしまうのだ。
実際、女子陸上部など部員の7割は、咲藤ミランの親衛隊と言ってもいいだろう。
(だからこそ、あたしが咲藤ミランにケガを負わせた事は許せないのだ)
だが咲藤の女子からの人気は、あたしの想像以上だった。
観客席にわんさか押し寄せたのだ。
中には、アイドルのコンサートのように
「咲藤ミランの写真入り団扇」「咲藤LOVEと入った垂幕」を持った女子が
ズラリと並んでいたのだ。
・・・もしかして咲藤ミランの女子人気は、ファイブ・プリンスにも入れるレベルでは・・・
と考えてしまうくらいだった。
「咲藤先輩の女子人気って、こんなにあったんですねぇ」
あたしが感心してそう言うと、斉藤カノンが得意そうに言った。
「もちろんよ。これでも今日は少ない方よ。去年の国体予選の時なんか凄かったんだから。バレンタインの時なんか、咲藤さんはファイブ・プリンスに匹敵する数のチョコレートを貰っているのよ」
そこで一旦言葉を区切り、意地悪く笑いながらあたしを見た。
「その咲藤さんにケガをさせたなんて、天辺さん、よく今まで無事にいられたわよ!って、みんなで話していたのよ」
しぇぇ!あ、あたし、知らない内にかなり際どい橋を渡っていたのか。
今後は他人の怒りを買わないように、謙虚に生きねば・・・
4×100mリレーの後、ついにマイル・リレーの競技となった。
一人が400m走る、かなり過激なレース・・・
参加しているのは20校。5校ずつ4レースが行われる。
あたし達は3レース目だ。
前の2レースを見る限り、かなり盛り上がっている。
リレーってだけでも盛り上がるが、一人が400m走るマイル・リレーは、その過酷さと戦略が合わさって、
なお見る者を熱狂させるらしい。
観客も立ち上がって応援している者がいる。
そしてついにあたし達の出番となった。
陸上競技場のトラック一周は400m。
第一走者は赤羽由美、第三コースだ。
「位置について、ヨーーイ」
パァン
5人全員が一斉に飛び出す。
その中でも赤羽は絶好のスタートを切った。
1コースの選手と4コースの選手が並んでトップ争いとなる。
だが赤羽と他2人の選手も短距離型だったのだろう。
200mを過ぎた当たりから、まず1コースの選手が脱落し始め、変わりに2コースと5コースの選手が追い上げて来た。
300mを過ぎると、順位は2コース、赤羽、4コースと5コースがほぼ同時、1コースという順になった。
最後は2コースがトップのまま、赤羽と5コースがほぼ同時だ。
第二走者がバトンを受け取る。赤羽から黒田にバトンが渡された。
黒田は中距離の選手だが、短距離でもかなりいい記録を持っている。
トップの2コースの選手との差をグングンと詰めていく。
だが同様に5コースの選手もほぼ並んでいる状態だ。
そして遅れている1コースと4コースの選手との差も広がらない。
200mを過ぎた所で、黒田がトップに立ったが、すぐに5コースの選手に追い抜かれた。
さらには1コースの選手が、だいぶ黒田に迫っている。
あたしもコースに入る。内側から5コース、あたし、1コース、2コース、4コースの選手となる。
5コースの選手がまずバトンを受け取った。
そして黒田がゴール直前で1コースの選手に抜かれる。1コースの選手がバトンを受け取る。
あたしはリードを取り始めた。
咲藤ミランの作戦だ。
「後半の失速の大きい天辺は、テイクオーバーゾーンを可能な限り使え」という事だった。
そのため、第二走者を中距離の黒田にした、というのだ。
さすがの黒田も全速力での400mはかなり苦しそうだ。
あたしは内心、彼女に悪いと思いつつも、テイクオーバーゾーンをかなり進んだ。
左手を目一杯伸ばして、バトンを受け取る。
グッ、と押し付けられるようにバトンが渡された。
あたしはすかさずそれを右手に持ち替え、全速力で目の前の1コースの選手を追いかけた。
既に5mは離されているだろうか。トップの5コースの選手とは10m近い差だ。
だが前の二人より、明らかにあたしの方が足が速かった。
見る見る内に前を走る1コースの選手に追いつく。
直線部分だった事もあって、割とあっさりを追い抜くことが出来た。
・・・この分なら、トップにも追いつける・・・
あたしはそう内心ほくそ笑んだ。
だがその考えは甘すぎた。
あたしがトップの5コースの選手に追いつく頃には、カーブ部分に入っていたのだ。
アウトコースからインコースの選手を抜くことは難しい。
あたしはカーブの出口で並ぶのが精一杯だった。
やっと直線・・・しかしその時にはあたしの持久力の方が尽きかけていた。
本来なら抜きされる相手のはずなのに、足が重くて身体が前に出ない。
さらには・・・追い抜いたはずの1コースの選手も背後に迫っている気がする。
・・・こいつは後半で巻き返すタイプだったのか・・・
この続きは、5/7(火)7時頃、投稿予定です。




