12、紫光院涼へのお弁当お届け対決、対決(後編)
もはや勝負はついたも同然だったが、最後に菖蒲浦あやめの弁当が出される。
もしかしたら、彼女も同じ結論に至ったかもしれないし。
菖蒲浦あやめは、五段重ねの重箱を用意して来ていた。
あたしは
「どうせカネにモノを言わせて、色々な珍しい豪華な食材を取り揃えて来たんだろう」
とタカを括っていた。
だが彼女は、重箱一つ一つを剣道部五人の前に置いた。
そして涼やかな声で言う。
「今までのお弁当で既にお腹も一杯でしょうから、食べられる分だけでいいですよ。」
そう言って、重箱を開く。
中身は・・・驚いた事に・・・
まったくありきたりの内容だったのだ!
いなり寿司、俵型のふりかけオニギリ、梅・たくあん・かんぴょうなどの海苔巻き、
そして太巻き。
明らかに彼女の手作りだ。
肝心の「思い出料理」は、鴨肉のチャーシューだ。
確かに皮の脂肪部分を除いた鴨肉も、チャーシューにすれば魚っぽいと言えなくもない。
それ以外のおかずは、味付けした挽肉を撒いた和風オムレツ、手羽先の唐揚げ、
レンコンと里芋の煮物、ホウレンソウのおひたし、カニとレタスのサラダだ。
そして最後に小さな草餅が二個、入れてあった。
重箱の中で、それらの色とりどりの料理が、バランス良く置かれていた。
そして中には彩として、クローバーが添えられていた。
料理はシンプルだが、見た目が美しい。
さらに言えば、あたしを含めた他四人は一つのお弁当しか作っておらず、
その弁当を紫光院様を含めた5人で分け合って食べていた。
だが菖蒲浦あやめは、それぞれ銘々に重箱に入れて用意をしてある。
見た目の美しさも重視したのだ。
そしてその行為は、あたし達のお弁当が「紫光院様一人」に焦点を当てていたのに対し、
彼女は「試合に出ている五人全員」に気を配っていたと言える。
午前中の試合での疲労を癒すために、糖分補給で草餅を入れている所にも、
彼女の気配りが感じられる。
その心遣いは剣道部の五人にも届いたのだろう。
今までの四つの弁当よりも、一番多く食べていた。
それまでの四つの弁当は、どこか「味見」的か感じで口に入れていた。
だが菖蒲浦あやめの弁当だけは、彼ら自身が「食べたくて食べている」ように見えた。
五つの弁当が全て出揃った。
セブン・シスターズを代表して、雲取麗華が紫光院様の前に歩み寄る。
「紫光院君、どうかしら。あなたの『思い出の料理』に一番近かったのは、誰?」
紫光院様は、ちょっとだけ他四人の顔を見た。
だがすぐに、ハッキリと言い切った。
「天辺の弁当だ。俺の記憶の中にある味と、全く一緒だった」
雲取麗華はそれを聞くと、華麗に全員の方に振り返る。
「みんな、聞いたわね!今回の紫光院涼の『思い出の料理再現対決』の勝者は、一年E組の天辺美園に決定しました!」
わぁっ!という歓声が湧く。
クラスの仲のいい女子達が駆け寄って来た。
口々に「おめでとう!」「やったね」「さすがは美園だね!」と賞賛してくれる。
七海もその様子を何枚も写真に撮っていた。
そしてあたしと目が合うと、Vサインを送って来る。
だがあたしは複雑な気持ちだった。
今回の対決のお題である「紫光院様の思い出の料理の再現」については、確かにあたしが勝ったかもしれない。
だがもう一つの要素である「お弁当対決」という意味では、あたしは勝っていない。
明らかに剣道部の五人が喜んで食べていたのは、菖蒲浦あやめのお弁当だったからだ。
彼女の重箱弁当は、明らかにこの大会に参加している五人を意識して作られていた。
剣道部部長を務める紫光院涼の婚約者として、
「紫光院様の事しか考えていない女」と「周囲の人間への配慮も忘れない女」の
どちらが適しているかは、言うまでもない。
おそらく・・・
あたしは『試合に勝って、勝負に負けた』のだ。
菖蒲浦あやめが、あたしに近寄って来た。
「おめでとう、天辺さん。よくあの短い期間に、涼の思い出の料理を再現できたわね。あなたの勝ちよ」
そう言って右手を差し出して来た。
あたしは最初、その右手の意味がわからなかった。
やがてその差し出された右手をおずおずと握る。
「いえ、あたしが勝ったとは・・・」
間近にいる彼女にさえ、聞こえるかどうかわからないくらいの、小さな声だった。
彼女は優しくあたしに笑いかけた。
「今年の一年には面白い子がいるって聞いていたけど。あなたと勝負出来て良かったわ」
そう言って空となった重箱を抱えると、菖蒲浦あやめは立ち去って行った。
あたしはしばらく、その美しいとさえ言える後ろ姿を見送っていた。
そんなあたしの隣に七海が来ていた。
「気付いた?」
「何が?」
あたしは不思議に思って、七海の顔を見た。
「菖蒲浦あやめの弁当には、クローバーが入っていたでしょ。あの意味」
「何かあるの?」
すると七海は意味ありげに笑う。
「クローバーの花言葉は『私を思い出して』『約束』。そして・・・」
七海はあたしの耳元でそっと言った。
「『復讐』」
それだけ言うと七海はまたニヤリと笑って、あたしのそばを離れた。
あたしはあらためて、菖蒲浦あやめの去った方に目を向ける。
既に彼女の姿はない。
・・・菖蒲浦あやめ。物静かな雰囲気の中に、情熱を秘めた女?
「天辺」
振り返ると、そこに紫光院様がいた。
「本当にありがとう。おまえのお陰で、何年ぶりかの母親の味に再会できたよ。心から感謝する」
「いえ、そんな。たまたま運が良かっただけで・・・」
そう言うあたしを、紫光院様は少し難しい顔で見つめた。
「だが俺は真・生徒会が仕切る『お弁当対決』なんかの言い成りになる気はない。自分の伴侶くらい自分で決める」
あたしも黙って紫光院様を見つめた。
彼の言いたい事はわかる。
「誤解しないで欲しいんだが、天辺に魅力が無い訳じゃない。むしろ俺は・・・」
「いいんです、紫光院先輩」
あたしは遮るように言った。
「あたしもこの一回で、紫光院先輩の彼女になろうなんて、そんな事は考えていません。今回の事は、紫光院先輩に危ない所を助けて貰った恩返しだと思っています。これじゃ足りないかもしれませんけど・・・」
「いや、あんなことは別に・・・」
紫光院様は少しだけ慌てたように言った。
彼が慌てたところなんて、初めて見た。
「それと今回の勝負では、あたしは勝ったとは思っていません。紫光院先輩から菖蒲浦さんに伝えて貰えますか?この対決はドローだと思います。だから決着は付いていないって」
「天辺・・・」
紫光院様の目に、今まで見なかったような色が浮かんでいた。
「午後の試合、頑張ってください!応援してます!」
あたしは最後に元気良く、ガッツポーズ付きでそう言った。
紫光院様は優しい笑顔になった。
「ありがとう、頑張るよ。だけど剣道の試合ではガッツポーズは禁止だよ」
・・・
午後の試合、慈円多学園は順調に勝ち進んだ。
準決勝、決勝戦までは、副将まで二対二となり、いずれも大将戦まで争われた。
だが紫光院様は、いずれも危なげなく、鮮やかに二本先取し、予選を勝ち抜いて東京代表となった。
きっとあたしのお弁当のおかげだ。
だって紫光院様も、決勝戦で勝った時、あたしにだけわかるようにガッツポーズを送ってくれたもん。
この続きは、5/2(木)8時頃投稿予定です。




