12、紫光院涼へのお弁当お届け対決、対決(前編)
翌日曜日。
この日は高等学校剣道大会の東京都における団体戦の予選である。
会場は武道館。
参加校は全部で48校だ。
そしてこの日は、あたし達・慈円多学園女子にとっては、
紫光院様への「思い出の料理再現弁当・対決」の日でもある。
あたし達の勝負は、以下のように行われる。
まず前日土曜日の段階で剣道部男子部員20名が、それぞれ参加女子の弁当を少しずつ食べ、
1番から5番までを書いて投票する。
ちなみに剣道部女子も参加しているため(当然、紫光院様は剣道部女子の憧れの的だ)
剣道部女子には投票権はない。
同じ理由で、どの弁当を誰が作ったかは、わからないようになっている。
剣道部男子が、同じ剣道部女子を贔屓することを避けるためだ。
ここでトップの点数を取った五つの弁当が当日の決勝戦として、紫光院様に食べて貰う。
そして「最も紫光院様の記憶に近い弁当」を選ぶ訳だ。
選ばれた5つの中に、紫光院様が満足する弁当が無かった場合は、
それ以外の弁当も試す事になる。
よってそれぞれの女子は「土曜予選用」と「日曜本戦用」の2つの弁当を用意しなければならない。
面倒臭いことだ。
前日の土曜日、正午のお昼時に剣道場にお弁当が並べられた。
その数は45個。
中々の競争率だ。
あたしもチラっと見てみたが、やはり多くのお弁当が「キャラ弁」だった。
海苔で剣道のポーズを取っているもの、剣道で対戦しているもの、
紫光院様をキャラクター化しているもの、
「ガンバレ!」「必勝!」「一本」と文字にしているものもあった。
・・・君たち、「思い出の料理を再現する対決」だって、わかってる?
中には、紫光院様の家が医者である事を狙っていたのか、
「人体標本弁当」と言うのがあった。
本当に人体の形で、内蔵などを具で表現しているのだ。
脳は梅干し、心臓と胃は切って形を作ってウインナー、肺はエリンギの傘部分、
肝臓は鶏レバー、腸はナポリタン・スパゲティ、腕や足の筋肉はハムだ。
・・・誰が食うんだ、こんなの?・・・
良く出来ているとは思うが、作った人間のセンスを疑う。
その結果、本戦に選ばれた弁当は、以下の五つだ。
華道部部長でセブンシスターズの一人・菖蒲浦あやめ。
料理部部長の伊吹真奈。
またもやあたしの邪魔をしに来た渋水理穂。
剣道部女子の近藤由紀奈。
最後に・・・あたしだ。
そして団体予選の当日。
あたし達5人は、それぞれの弁当を持って武道館に向かった。
剣道部の応援以外にも、あたし達の対決の結果を見ようと、
多くの生徒達も集まっている。
そして「公平さを監視する」という名目で、セブン・シスターズの連中と、
ファイブ・プリンスの面々も揃っていた。
剣道の試合は激しかった。
あたしはそれまで剣道に興味が無かったので、試合など見たことが無かったが、
こんなにも激しいものだとは思わなかった。
そして早い!
あたしの目では、いつ・どこで・どのように一本が決まったのか、全くわからない。
また「竹刀が当たった」と思われても、一本の判定がされない事が多い。
あたしにはその基準もわからなかった。
あたしは剣道には何となく「時代劇のチャンバラ」のようなイメージを持っていたが、
実際にはまったく違っていた。
意外にも「鍔迫り合い」と呼ばれる、接近した状態が多い。
そして離れる瞬間に胴を打ったりするのだ。
だがその中でも、紫光院様の剣道は異彩を放っていた。
ほとんど鍔迫り合いなどには持ち込まず、離れた状態で鮮やかに一本を決めるのだ。
周囲の人の話では、紫光院様は間合いの取り方と、打ち込みの速さが際立っているらしい。
なるほど、そこらのチンピラごとき、相手ではないはずだ。
我が慈円多学園は順調に勝ち進んで行った。
午前中での試合が終わり、昼休み。
これからは、あたし達の対決だ。
判定するのは、試合に出る5人となる。
トップバッターは渋水理穂だ。
ちなみに渋水が最初なのは、彼女のゴリ押しによるものだ。
コイツは「腹が減っている状態では最初が有利」である事を計算に入れているのだ。
渋水が出して来たのは「牛肉赤身弁当」だ。
ご飯はガーリックライスで、その横に牛肉赤身部分を火を通したものだった。
味付けは塩コショウと甘辛いタレの二種類。
付け合わせはフライドポテトとブロッコリーにポテトサラダだ。
肉の種類まではわからないが、適度なほぐれ具合から見て、和牛の赤身と思われる。
肉の中心部分だけがうっすらとしたピンク色で、うまく火を通している。
他の四人には「うまい」と好評だったが、紫光院様は赤身の部分を食べても、
無言で厳しい表情のままだった。
この勝負、「マグロか牛肉赤身」を使うのが確かに妥当な選択ではある。
渋水の作戦は間違ってはいないが、単なる牛肉の赤身でない事は確かだ。
次は剣道部女子のお弁当だ。
ご飯は普通の白ご飯だが、おかずの方は赤魚の照り焼きだった。
他にはベーシックに鶏の唐揚げ、マーボー茄子、カニカマサラダなどだ。
確かにブリの照り焼きなどでも、肉っぽい味は出せるかもしれない。
食感があまりに違うので、あたしは検討に入れなかったが。
だが彼女は「一夜干しした赤魚」を照り焼きにしたらしく、
食感を固めにして、かなり「肉っぽい感じ」を再現したらしい。
他の四人は「けっこう肉っぽい」と高評価だったが、
紫光院様はやはり無言のままだった。
この続きは4/29(月)8時頃投稿予定です。




