11、紫光院涼へのお弁当お届け対決、推理(その1)
翌々週の日曜日は、紫光院様への「思い出の料理再現弁当・対決」の日だ。
この日は剣道大会の予選日でもある。
この日の正午に、各自が持ち寄ったお弁当を紫光院様に食べて貰い、
誰が「思い出の料理」を再現できたか判定してもらうのだ。
ちなみにいくら紫光院様がスポーツ系男子で、よく食べるとは言っても限界がある。
そこでこの勝負への参加者は、昼間までに剣道部の部員にお弁当を食べて貰うのだ。
そこで勝ち抜いた5つのお弁当のみ、紫光院様が食べて判定するのだ。
よってこの勝負に参加する女子は、同じ内容で2つ作らねばならない。
そして勝ち抜いた5つの中に「思い出の料理」が無い場合は、
予選で脱落した弁当の中にあった「再現料理」を試食する事になっている。
だが、あたしはこの勝負が発表された当初は、なぜか気が乗らなかった。
紫光院様が「あたしだけに頼んでくれた」から、あの時はヤル気が出たんだよなぁ。
あの林の中で、二人っきりで安心した雰囲気で言ってくれた、紫光院様の表情が懐かしい。
普段クールな紫光院様が、あたしだけに見せた気恥ずかしい感じの表情。
胸がキュンと来る感じ。
何とかしてあげたくなる、あの気持ち。
それが「女子全員での勝負」となると、何か違う気がしたのだ。
だが昼食時にその事を七海に話したら、珍しく彼女が怒った。
「なに言ってんのよ!そんな敵前逃亡みたいなこと、考えないでよ!」
七海は身を乗り出すと、あたしに指を突き付けながら言った。
「大体、元々は紫光院様は美園に『思い出の料理の再現』を頼んだんでしょ。美園の弁当を食べて、美園なら母親の味を再現できるかもしれないって、思ったんじゃない。そんな紫光院様の期待を裏切るわけ?」
あたしはグゥの音も出なかった。
周囲に人がいる中で「グゥ」なんて言う訳ないけど。
「いや、別にやらないなんて言ってないよ。やるつもりだよ、一応。でも『お料理対決』なんて言われると、なんか違う気がしちゃうんだよね。昔の料理対決番組や料理マンガじゃあるまいしさ」
「『一応やるつもり』なんて、そんな気合で勝てるの?相手はセブン・シスターズの菖蒲浦あやめに、料理部の伊吹真奈とかなんだよ。強敵揃いじゃない。それに美園の宿敵である渋水理穂だっているじゃない。そんなヤツに負けていいの?」
さらに身を乗り出してきた七海に、あたしは気圧されて上体を引いた。
ちょっと「グゥ」と言いそうだった。
「わかった、わかったよ。もちろんあたしだって本気でやるよ、落ち着いてよ、七海」
「わかればいいのよ。美園にはぜひとも勝ってもらって、その苦労話と必勝レシピを独占取材するつもりなんだから!」
・・・あんたの狙いはソッチか?
あたしは頬杖ついて言った。
「でもさぁ『肉みたいない魚みたいな食材』って言われてもねぇ。しかもこんな短時間じゃ探せないよ」
あたしは何度もお弁当を作って、試してもらうつもりだったのだ。
その方が、お弁当を届ける口実にもなるし。
「そうだよねぇ、肉みたいな魚みたいなって言うと・・・クジラとか?」
コイツもやっぱり見た目から考えたな。
発想はあたしと同じ程度か。
間違いなくIWCに怒られそうだ。
「クジラは食感も味も魚っぽくないでしょ。たぶん違うよ」
「するとやはり、紫光院様の家だからこそ食べられる、特別な食材かもね。紫光院様の家は大病院でしょ。全国から特産品とかが届きそうじゃない」
「あたしも、そうじゃないかと思うんだよねー。でもそれだと試しようがない・・・」
紫光院様は「特別な食材じゃないと思う」と言っていたが、あの人には特別じゃなくても、あたしのような一般庶民には十分特別な食材という可能性も高い。
わざわざ買いに行かなくても、お取り寄せしていたとか・・・。
七海が提案して来た。
「今日さ、一緒にデパ地下に行ってみない?何か珍しい食材が見つかるかもよ」
・・・
放課後、あたしと七海は渋谷のデパートの地下街にある食品売り場に行った。
「色んな食べ物があるよねぇ」
そう言う七海と一緒にデパ地下を見て回る。
まずは鮮魚店だ。
マグロ、タイなどの高級魚からサンマ、イワシまで。後はムツとかモロコとかアンコウなどの普段はあまり食べない魚もある。
大きさから言うと、肉っぽいのはマグロとかカジキだ。でも食感などは肉とは違う。
魚の身は、基本的にはホロホロとほぐれる感じだ。脂肪はあまりなく、基本的にサッパリしている。
肉の方はあまりほぐれたりはしない。脂肪分は部位によるが、魚よりは多い感じだ。
鮮魚店にフグがあった。
そう言えばフグ料理に唐揚げってあったよな。案外肉っぽいのかな?
だけどお弁当にフグなんて入れるかなぁ。
フグに似ていると言うとカワハギかな?これなら値段もそこまで高くないし、普通のスーパーにも売ってる。
他にもサメやエイも見てみる。
少し変わったので、三重県の特産品で「サメのタレ」という食品を売っていたので試食してみる。
塩味の方は食感は確かに肉っぽい。ミリン味の方はさらに肉っぽいが、薄く切られている。
・・・そうか、魚でも干物になっていると、食感は肉っぽいかもな・・・
次に精肉店に行ってみる。
牛肉、それも和牛から熟成肉まで、豚肉、鶏肉、鴨肉、ラム、マトン、珍しい所でシカ肉というのもあった。
和牛の赤身部分はマグロと似ていると言う。
また熟成肉もマグロっぽいと良く言われる。
このあたりが本命だろうか?
それ以外に鶏肉も蒸し鶏にすると繊維のほぐれ方が魚っぽい。
あたしは和牛の赤身部分、熟成肉、鶏肉の各部位、マグロ、カジキ、サメ、カワハギなどを、少しずつ購入した。
とりあえず試食レベルだから、少量で構わないでしょ。
おサイフ的にも痛いし。
各売場で悩んでいるあたしを、七海が時々写真に撮っている。
あとで新聞部で使うつもりなんだろう。
「どう?いいのはあった?」
そう聞く七海に、あたしは難しい顔でしか答えられなかった。
この続きは明日4/27(土)8時に投稿予定です。




