9、紫光院涼へのお弁当お届け対決、勃発(前編)
朝の登校時、あたしはいつものように学校の最寄り駅で降りる、
と、同じホームにいた慈円多学園の制服を着た女子三人が、あたしの方を見ていた。
何か、あたしを見て、ひそひそと話をしているようだ。
だがその女子達に見覚えはない。
少なくとも、あたしの友達でも、同じクラスでも無いはずだ。
あたしは軽い不快感を伴った疑問を感じながら、駅を出る。
だが違和感は、駅だけではなかった。
学校前の通学路でも何人もの生徒が、あたしに対して好奇と敵意の眼を向けて来る。
・・・なんだ?何があったんだ?・・・
校門をくぐろうとした時、その原因が判明した。
校門には如月七海が、あたしを待っていたのだ。
七海はあたしの姿を見つけると、すぐに駆け寄って来た。
「ちょっと、先、越されちゃったじゃない!」
「何が?」
「何がって、美園と紫光院様のことよ!」
「いっ?」
あたしの驚いた顔を見た七海は、半分呆れた顔で言った。
「まだ知らないなんて、呑気すぎるよ。ほら、コレ」
七海はスマホをあたしの前に突き付けた。
それは慈円多学園のゴシップ誌とも言うべき
『聞き耳ジエンタ』のサイトだった。
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【一年女子、氷のプリンスを陥落】
親愛なら慈円多学園の淑女・紳士諸君。
信じられない事件が発生した。
あのファイブ・プリンスNo3であり『孤高の剣士』『氷のプリンス』と呼ばれた
紫光院涼を陥落させた女生徒が現れたのだ。
その女生徒の名前は、なんと今年入学したばかりの1年生、E組の天辺美園だ!
天辺はどういう方法でか、紫光院涼の『秘密の練習場』を突き止め、
そこでスタンド・プレー的に手作り弁当を持参し、
紫光院涼と『一緒にお弁当を食べる』という事に成功した。
それにしてもこの天辺美園は、どのようにして『氷のプリンス』に取り入る事が出来たのか?
この学園の生徒なら誰でも知っている事だが、紫光院涼はどの女生徒のお弁当も受け取らなかった。
よってファイブ・プリンスで唯一『お弁当お届けレース』が開催されない男子なのだ。
写真でもわかるように、天辺美園は大して美人ではない。
スタイルだって貧相なものだ。
とてもではないが、我が学園の誇る美女軍団セブン・シスターズや、その後に続くインデペンデンツに
匹敵できるような女ではない。
果たして天辺は、いかなるマジックを用いたのか。
怪しい薬でも使って紫光院を篭絡したのか?
なおこの天辺美園は、中々に侮れないズルさとしたたかさを持っている。
つい最近までは『学園No1プリンス』である赤御門凛音にアタックを繰り返していた。
また噂では、同じ中学から慈円多学園に入学してきた一年男子もキープしているらしい。
ご存知のように当学園には
『男子生徒は、女生徒から十回連続でお弁当を受け取って食べた場合、その女子の生涯に渡って責任を持つ』
という鉄の掟が存在する。
すでに天辺が何回ほど紫光院にお弁当を渡したか不明だが、
これは由々しき事態だ。
ファイブ・プリンスに対するアプローチは公平性を担保するため、
全て『お弁当お届けレース』が開催される事になっている。
にも拘わらず、一人の卑劣なBランク女狐の抜け駆けが許されていいのか?
『聞き耳ジエンタ』編集部としては、慈円多学園の理念と誇りに掛けて、全生徒の問題とし、
『真・生徒会』に対応を訴えたい。
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その記事には「あたしと紫光院様が一緒にお弁当を食べているシーン」の写真と、
ご丁寧に「あたしが赤御門様のレースに参加しているシーン」の写真まで
掲載されてあった。
読んだ瞬間、あたしの頭は一気に沸点に達した。
この紫光院様との写真、間違いなく渋水理穂が撮ったものだ。
アイツしか紫光院様の練習場所を知らないし、この写真は
「渋水が紫光院様に弁当を渡そうとして失敗した日」のものだ。
写真を撮られていた事なんて気づかなかった。
おそらく望遠レンズで撮影したのだろう。
そういや、あの女。普段からインスタグラムに上げるため、カメラを持ち歩いていたな。
それに何だ、この記事は?
まるっきり、アタシに対して悪意アリアリの記事じゃないか。
>大して美人ではない
・・・悪かったな!
>スタイルだって貧相なものだ
・・・ほっとけ!
>Bランク女狐
・・・これを書いた奴、デ○ノートに名前を書いてやりたい
そもそもセブン・シスターズに比肩できる女子なんて、日本中に何人いるんだよ!
セブン・シスターズ・レベルじゃないと、イケメン男子にアタックしちゃいけないってか?
(なおここに書かれた「インデペンデンツ」とは、セブン・シスターズ予備軍とも言うべき女子達だ。
それぞれ「独立した人気」を持っているため「インデペンデンツ」と呼ばれている。
基本的にセブン・シスターズは三年生なので、次期セブン・シスターズはインデペンデンツの中から
選ばれる事が多い。)
挙句の果てに、赤御門先輩へのアタックや、兵太の事まで書きやがって!
この記事の情報ネタは、おそらく渋水理穂だろう。
もしかして記事自体を書いたのが、あの女かもしれない。
あたしは怒りのあまり、スマホを地面に叩きつける所だった。
「もう、どうしてくれんのよ!アタシが美園の事は一番最初に記事にしようと思っていたのに!」
七海は別の意味で怒っていた。
七海は新聞部の部員であると共に、非公認の「慈円多ジャーナル」のサークルメンバーでもある。
あたしは頭から湯気が出ている状態で、七海にスマホを返すと、足音も荒々しく校舎に入って行った。




