8、邪魔をする女
金曜日、あたしはいつものように、紫光院様がいる剣道場裏の林に向かった。
紫光院様は、月曜・木曜は部活の昼練で、後輩の指導をしている。
そして火曜・水曜・金曜は、剣道場裏の林で、自己練習をしているそうだ。
そこであたしは、最初の宣言通り
「連続にならないように」
火曜・金曜のパターンでお弁当を持っていく事にした。
(届ける前日には、紫光院様に連絡を入れて確認している。忙しい人だから)
あんまり焦って押しすぎるのは、紫光院様に対しては逆効果な気がしたのだ。
それに「紫光院涼がお昼を過ごす場所」を知っているのは、あたしだけのはずだから。
だが林に入って十メートルも行かない内に、その考えが甘い事が判明した。
紫光院様の鍛錬場に、既に渋水理穂がいたのだ!
「紫光院先輩、わたし、ずっと前から紫光院先輩に憧れていたんです!でも紫光院先輩へのお弁当お届けレースは、どこでも開かれていないから、どうにも出来ないと思って・・・。でもこの前、偶然に紫光院先輩がここにいる事を見つけたんです。あの、私、紫光院先輩のためにお弁当を作って来ました。一緒に食べて貰えませんか?」
あたしは素早く、木の影に隠れた。
・・・そうか・・・考えてみれば渋水のヤツは、
紫光院様がお昼にココにいるのは、知っていて当然だったな。
暴漢に襲われた時、紫光院様が現れてから渋水の姿は見えなかったから、すっかり忘れていた。
ちくしょう、抜かったぜ・・・
にしても、あざとい女だ。
あたしが紫光院様と仲良くなりそうだから、妨害しに来たのか?
それとも文系トップの赤御門様から、理系トップの紫光院様に乗り換えたのか?
どっちにしても、あたしにとっては再び敵となって現れた、って事だな。
渋水理穂は、あたしに見せる態度とは違って、
身体をくねらせながら
「お弁当を胸に抱いた可憐な少女」のフリをしていた。
ま、あたしだってやるけど。
だが渋水にはプラス・アルファの技がある。
「胸ブラウス3つボタン開け」と
「もう少しでパンティが見えそうなスカート」のお色気技だ。
流石にアレだけは、あたしにはマネできない。
言っておくが、身体に自信が無いからじゃない。
そこまでやるのは邪道だと思うからだ。
・・・身体には自信が無いが・・・
だが紫光院様は、渋水には目もくれず、
竹刀をケースから取り出しながら言った。
「悪いが先約がある。それに俺は『お弁当お届けレース』等と言う茶番に付き合う気はない」
カックい~~~っつ!
さっすが『孤高の剣士』『氷のプリンス』紫光院涼様だ!
堅物もここまで来れば、国宝級、尊敬の念しかないよね。
兵太も少しは、紫光院様を見習えってんだ!
と、何で、ここで兵太が出て来るんだ?
ナシ、無し、なし!
あんな黒歴史、早く忘れねば。
渋水理穂は、紫光院様のその対応に、かなりの衝撃を受けたようだ。
そりゃそうだ。
渋水ほどの美少女に言い寄られて、断る男なんて、まずいないだろう。
プラス「チラ見せ、お色気技」まで使っているもんね。
変な男なら、こんな人目の無い場所なら、
ケダモノ化して飛び掛かりかねない。
「そ、そんな、紫光院先輩・・・」
渋水は、今度は「涙目うるうる技」を使って迫って行った。
さっき、さりげなく胸元のブラウスを広げてたぞ。
だが紫光院様は渋水に背を向けて、さっそく竹刀を振り始めた。
「練習の邪魔だ。もう行ってくれ」
一瞬で渋水は夜叉の顔になる。
怖っえ~、この女、マジで女優だわ。
渋水理穂は、憤懣やる方ない、と言った様子で、
足音も荒々しく、その場を立ち去った。
途中で木の影に隠れていたあたしと目が合う。
渋水は余計に顔を赤く、そして形相が険しくなった。
夜叉を通り越して般若の顔だ。
ザマーミロ!
世の中、そんなに何でもかんでも、オマエの思い通りに行かないんだよ!
少し間を置いて、あたしは紫光院様のそばに歩み寄った。
練習の邪魔にならないように、声は掛けない。
だがさりげなく視界に入る位置に移動した。
(あたしもあざといなぁ)
「天辺か?これだけ済むまで、待っていてくれ」
紫光院様は、あたしの方を振り向かずに言った。
「はい・・・」
あたしは清楚な少女の返事を返し、いつもの高くなった場所に腰を下ろす。
ンフフ、今日は鼻歌の一つでも出そうな気分だ。
この続きは、4/20(土)8時に投稿予定です。




