7、試合の応援に行きます!
あたしはお弁当を二つ、胸に抱いて、第一運動場を走った。
目指すは剣道場裏の林の中、紫光院様の鍛錬場だ。
木立を抜けて開けた場所に行くと、そこには紫光院様がいた。
一生懸命に「剣道の型を伴った素振り」をしている。
あたしは邪魔にならないように、そおっと近寄った。
しかし紫光院様は後ろに目が付いているかのように、
あたしに声を掛けた。
「もうちょっと待っていてくれ、後120回で終わるから」
「あ、ハイ。わかりました」
あたしは可愛く返事をすると、この前と同じ場所に腰を下ろした。
もちろん、今日は座る前に何か置かれていないか、確認をする。
もっとも今日はオニギリは無いはずだ。
昨日の内に紫光院様に
「明日、お弁当を渡したいんですけど、いいですか?」
とメールを送り、OKの返事を貰っているのだ。
紫光院様は、熱心に素振りの練習を続けている。
それもただ単に、竹刀を振っているだけじゃない。
どうやら『目の前に相手がいる想定』で、型に伴った素振りをしているようなのだ。
「カッコいい・・・」
あたしは思わず呟いてしまった。
武道には全く興味が無いが、紫光院様の剣道の型には、ある種の美しさがある。
それはあたしを暴漢十人から救ってくれた時にも、感じたことだ。
竹刀の一振り一振りに、気合が込められている。
刀なら本当に切れそうな気がした。
そう言えばあの時
「竹刀にはワイヤーを入れて、真剣と同じ重さにしている」
と言っていた。
こんな強くてイケメンで、さらに頭もいい人が、
あたしの彼氏になってくれたら・・・
そこまで考えて、あたしは赤くなって頭を振った。
イケナイ、イケナイ。
妄想はまだ早いぞ、美園。
まだだ、まだまだじっくりと、攻略して行かねば・・・
「終わったよ」
いつの間にか、紫光院様はあたしの目の前に立っていた。
あたしはハッとする。
「お、お、お、お疲れ様です!」
なんか相撲部屋みたいな、間抜けな返事をしてしまった。
お弁当を差し出す。
「ありがとう」
イケメン剣士は、玉のような汗をタオルで拭きながら、あたしのお弁当を受け取った。
弁当のフタを開く。
「いや、今日も本当に美味しそうだな・・・」
紫光院様は感嘆の声を上げた。
今日のお弁当は、ご飯の方にはサバ缶のそぼろ。それと味付け煮卵。
おかずの方は、牛肉のしぐれ煮、ホウレンソウのお浸し、コーンとエビのクリームコロッケ、
最後に紫光院様が「母親と同じ味」と言ってくれた卵焼き、野菜はスティック野菜とバーニャカウダだ。
別に保温ポットに、ダイコンと油揚げの味噌汁を持ってきた。
何となくだが、紫光院様は脂っこい料理より、和食テイストな料理の方が好みだと思ったのだ。
食事中、紫光院様とは色々な話をした。
紫光院様の家は、江戸時代から続く医者の家系であること、
曾祖父やその兄弟には軍医として名を馳せた人もいたこと、
その軍医に助けられた人は日本だけでなく外国人もいて、
今でも感謝の手紙が届くことがある、などと話してくれた。
「だから俺は、東大理三か、防衛医大を受けようと思っている。研究医か曾祖父のように多くの人を助ける医者になりたい」
うう、カッコイイ!
高校生でこんな事を考えている人もいるんだなぁ。
だけど実家が大病院だって言うのに、もったいない。
「それと今の家は早く出たいんだ。祖父と親父が『自分の後を継げ』ってうるさいしね。東大理三くらいの授業料なら、アルバイトしながらでも何とか払えるだろうし、防衛医大なら衣食住は提供される上に給料まで貰える」
すっごい!
生まれて初めて『日本男子』って感じの人を見た!
あたしは圧倒されていた。
弁当を食べ終わった紫光院様は、あたしに空の弁当箱を返した。
「本当に美味しかったよ。それに天辺と一緒にいると心が軽くなって、なぜか色んな事を話してしまうんだよな」
あたしは照れた。
本当に何故だろう。
紫光院様と一緒にいると、あたしがすごく『女の子』でいられる。
紫光院様がちょっと真面目な顔をした。
「天辺は、かなり料理は得意なんだな?」
「得意ってほどでも・・・割と家とかでも作っている方だとは思いますけど」
小学生の頃から料理が好きで研究したし、
お母さんにもお祖母ちゃんにも習ったから、
和食から洋食まで何でも来いだ。
本心はかなり自信があるが、あえて謙遜する。
「天辺に作って欲しい料理があるんだ・・・ずっと以前に、母親が弁当に入れてくれたんだが、それがすごい美味くって。それを入れてくれると、試合に必ず勝てたんだ。だけど母親は今は海外だし、わざわざそれを聞くのもアレだしな」
紫光院様が少し恥ずかしそうに言う。
ああ、この感じ、
また胸がキュンときちゃう。
「どんな料理なんですか?」
そう、どんな料理で、何味なのか?材料は何か?
それが解らないと作れない。
だが紫光院様は軽く首を横に振る。
「それがわからないんだ。食感は魚っぽいんだが、味とかの感じは肉っぽいんだ。それが塩コショウか、甘辛い感じの二種類の味付けがあったんだが、塩コショウだとなおさら肉のような感じになる」
なんじゃ、そりゃ?
魚っぽいような肉?
あたしは一瞬、クジラを思い出した。
だけどそれは違うだろう。
「何か、特別な料理ですか?高級食材か、地方の珍しい食材とか?」
「いや、多分違うと思う。そんな特別なものを取り寄せていた感じじゃなかった。普通に店で買っていたはずだと思うんだ」
う~ん、わからん。
あたしは料理は得意だが、特別な食べ物や食材に詳しい訳じゃない。
やっぱり紫光院家だから食べられるような、特別な食材じゃないだろうか?
「再来週の日曜に、剣道大会の予選があるんだ。出来れば、その時に食べられたらと思って、それで聞いてみたんだが・・・いや、悪かったな。知らなかったならいいんだ。変な事を聞いてすまない」
紫光院様は右手を上げて、さっきまでの話を打ち消すような仕草をした。
だがあたしは、その話を聞いて、逆に燃えて来たのだ。
「紫光院先輩、あたし、その食材を探してみます。それでお母さんの味を再現できるよう、やってみます」
紫光院様は一瞬、驚いたような顔をした。
だがすぐに優しい目でこう言った。
「ありがとう。じゃあ頼むよ。だけど元々無理な話だし、俺の記憶違いって事もあるから、あまり無理はしなくていいから」」
あたしは強くうなずいた。
やってみよう。
その紫光院様の記憶の中にある料理を再現してみよう。
面白そうだ。
そして・・・
これでうまく行ったら、
紫光院様のハートはかなりの確率で、あたしになびくだろう。
イケメン剣士、ゲットだぜ!
この続きは4/19(金)7時頃、投稿予定です。




