6、あたしは『肉食獣』になる!
目覚まし時計がうるさい。
頭にガンガンと響く。
あ~、今日は学校を休みたい・・・
昨夜は家に帰ってからもボーっとしていた。
そして時々、思い出しては泣いていた。
そしていつの間にか、泣き疲れて眠ってしまったらしい。
頭も心も重い。
あたしはノロノロと身体を起こした。
窓を開ける。
今朝は快晴だ。
その青い空を見ている内に、あたしの心も少し軽くなって来た。
もう兵太の事を考えるのは止めよう。
いつまでもイジイジ考えているなんて、あたしらしくないし、そんな自分はイヤだ。
兵太があたしより、川上さんを選ぶというなら、それでいい。
兵太にも彼女を選ぶ権利はあるし、あたしがとやかく言う事じゃない。
心が辛いなら、「いなくなった」「存在しない奴」と考えればいい。
そう、兵太はもう、あたしとは無関係の存在なのだ。
そもそも慈円多学園には、
「秀才・金持ち・イケメン・スポーツ万能」の男子が、
それこそ豊漁時のサンマくらいいるのだ。
兵太ごとき「中の上男子」に関わっているヒマはない。
あたしの女が廃るってもんだ。
そう考えている内に、あたしの気持ちは徐々に持ち直して来た。
よぉ~し、やってやる。
素晴らしい男子をGETしてやる。
もう『野獣』なんて甘いレベルじゃない。
あたしは『肉食獣』になるんだ!
肉バンバン食うぜ!
あたしは、そう決意を新たにした。
・・・
学校に行くため、最寄り駅に向かう。
だがその改札口まで来た時、見たくないヤツがいた。
兵太だ。
あたしはヤツに見つからないように、サラリーマンの影に隠れるようにして改札を通った。
だが兵太は、目ざとくあたしを見つけやがった。
兵太は急いで改札を通ると、小走りであたしに近づいて来た。
「美園!」
あたしは振り向きも、返事もしない。
「存在しない奴」相手に、返事をする事なんて出来ない。
「美園!」
兵太はさらに大きな声で、あたしの名前を呼んだ。
るっせー、人の名前を気安く呼ぶんじゃねー!
もう、アンタに呼び捨てにされる謂れなんて、無いんだよ!
ジリリリリリ・・・
ホームで列車が出るベルが鳴った。
あたしはすかさず階段をダッシュする。
だが兵太も後を追ってダッシュしやがった。
あたしは全速力で走った。
そしてドアが閉まる直前で、電車に乗り込む。
後を走っていた兵太は、あたしのいるドアには間に合わず、隣のドアで乗り込んだようだ。
しかし満員電車のため、車両内は移動できない。
二駅先で、ホーム向かい側の急行列車に乗り換える。
兵太は、あたしがまだあの列車に乗ったままだと思っているはずだ。
うまく撒けただろう。
・・・
四時間目が終わって、昼休み。
後ろから兵太が近づいて来た。
「なあ、美園・・・」
あたしはそれを完璧に無視し、席を立つと、七海の席に行った。
「七海、お昼、食べに行こ」
七海はあたしを意外そうに見上げる。
「いいけど・・・いいの?」
七海の目がチラっと兵太の方を見た。
あたしは感情を込めない目で言った。
「なんで?何か問題ある?早くお昼、食べに行こうよ」
「う、うん」
いぶかしがる七海を急かし、アタシ達は学食に向かった。
・・・
あたしと七海は、学食のカウンターからそれぞれの注文の品を受け取ると、
窓際の3人掛けテーブルに座った。
ちなみにあたしはラーメン、七海はカレーライスだ。
女子力がないチョイスだが、肉食女子はまずパワーだ。
「ねぇ、中上君と何かあったの?」
七海がそう聞いて来た。
カレーライスを食いながら恋バナでもないと思うが、
まぁ兵太の話なんて、その程度で丁度いいのかもしれない。
「別に、何にもないよ」
あたしはそう答えた。
「存在しない奴」の話なんて、しても仕方がない。
「そう、それならいいけど」
七海の方も歯切れが悪い。
「それよりさ」
あたしは身を乗り出し、目を輝かせて言った。
「紫光院様に関する情報って、他に何かないの?」
学内の情報は、事情通の七海に聞くに限る。
しかも七海は「学園公認の新聞部」の一員なのだ。
ちなみに慈円多学園には、学園公認の新聞部が発行する「慈円多新聞」以外に、
非公認のサークルが作っている「慈円多タイムス」「慈円多ジャーナル」「聞き耳ジエンタ」の三つがある。
「慈円多タイムス」は、どちらかと言うと反体制的と言うか、学校のやり方にも批判的な記事が多い。
政治的に左寄りな記事もあって、読む人は特殊と言うか限定的だ。
ただ「セブン・シスターズ批判」がよく出るので、そこそこ支持者もいる。
「慈円多ジャーナル」は、準公式と言われるくらいで、慈円多新聞をもっと砕けた感じにした記事が多い。
先生の声なんかも掲載されるし、毎年のセブン・シスターズやファイブ・プリンスも一早く記事になる。
また紙の新聞より、今はネットで公開する事が多い。
紙の新聞は、入学式・学園祭・体育祭・卒業式の四回くらいだ。
「聞き耳ジエンタ」は、完全にお遊びに振り切っている。
ゴシップネタも多い。紙で発行されるのも、入学式直後と学園祭の時くらいだ。
掲示板は既に「学校裏サイト」と化している。
ちなみに公式の新聞部のメンバーが、非公認サークルのメンバーも掛け持ちしている。
公式な学園新聞では書けない事を、非公認サークルで書いてウサを晴らしている感じだ。
七海はちょっと考えた風だが、すぐに答えた。
「別に目新しい情報はないよ。『学園一の堅物』『氷の貴公子』って言われている所も変わらない。家は代々医者の家系で、系列病院をいくつも持つ大病院の御曹司。そして我が学園の理系No1の成績を続ける秀才。そんな所かな」
そして七海も身を乗り出した。
「一番のスクープは、そんな理系プリンスを、まだ一年の無名な美園がツバ付けたって事だよね」
無名ってなんだ?無名って?
あたしは乗り出してきた七海の手をガシッと掴んだ。
「あたしの事は、絶対に書かないでよ!」
眼力を込める。
「わかーってる。わかーってるって!あたしだって友達を売るようなマネはしないよ。でもその代わりに、紫光院様と付き合えることになったら、アタシに独占インタビューさせてね」
本当に大丈夫かなぁ、七海は何しろ噂話が好きだからなぁ。
「わかったよ。うまく行ったらね。それから、情報があったら教えてよ」
そう、あたしは肉食獣女子!
これからどんどん獲物にアタックして行かなくちゃ!
この続きは4/18(木)7時に投稿予定です。




