4、気まずい関係
木曜日。
今日はあたしが兵太と一緒にお弁当を食べる日だ。
お弁当のメニューは、昨日、紫光院様に作った内容と同じだ。
ご飯は、ほぐしたタラコとシラスの二色。
おかずは、卵焼き、筑前煮、ピリ辛台湾風ハンバーグ、サツマイモのキンピラ、キュウリとニンジンのピクルスのキャベツ巻き。
プラス、カルシウムを補うためにサクラエビの唐揚げを入れている。
だがさっきから二人とも、ずっと無言でお弁当を食べている。
モグ、モグ、モグ
という咀嚼音が聞こえるくらいだ。
「ごちそうさま」
兵太の方が早く食べ終わった。
弁当のフタを閉じる。
「これは洗って返すから」
あたしは無言だった。
やがて耐えきれなくなったか、兵太が聞いて来た。
「なあ、怒っているのか?」
兵太はまだ、一昨日の「極悪面十人襲撃事件」を知らない。
あたしも今のところ、言うつもりはないし、言っても仕方がない。
でも本当は察して欲しかった。
あたしが危険な目に合って、怖い思いをしたって、わかって欲しかったのだ。
それが彼氏ってもんだろう?男ってもんだろう。
確かに兵太はまだ、あたしの彼氏と決まった訳じゃない。
でも『彼氏候補』であり、あたしは『彼女候補』のはずだ。
それくらい、あたしの事を考えてくれてもイイんじゃないか?
プラス、付き合いの長い幼馴染なんだし。
少しは、気を回せっつーの!
「別に」
どっかの高飛車女優じゃないけど、それしか言う事が無かった。
兵太が不満を露わにする。
「だったら、そんな不機嫌そうに黙っているなよ。前は普通に色々話していたじゃんか」
あたしはお弁当を食べる手を止めた。
「じゃあ聞くけど、川上さんとはどんな話をしているの?」
兵太の顔がこわばる。
きっと予想外の反撃だったのだろう。
でも、それがあたしの中で、一番引っかかっている事なのだ。
「な、何だよ、それ。別に特別な事とかは、話してないよ。クラブの事とか、そんな程度だよ」
兵太の返答がしどろもどろだ。
これはきっと嘘だな。
他にも色々話しているに違いない。
「良かったじゃん、兵太も。部活って言う共通の話題がある子と、一緒にお弁当を食べられて。あたしじゃ、そんな話はできないもんね」
つい、嫌みが出ちまった。
本当は、こんな負け惜しみみたいな事は、言いたくなかったんだけど。
「やめろよ、そんな言い方。美園らしくねーよ」
兵太の声も尖った。
だがあたしは、その言い草にさらにムキになった。
「あたしらしいって、何よ!これだってあたしだよ!兵太はそこまで、あたしの事を全部わかっているって言うのっ!」
あたしがピンチに陥っていたことも、気付かないクセに!
あたしは食べかけのお弁当を片付けると、無言で立ち上がった。
これ以上、ここで兵太と言い合っていたら、本当に決定的にダメになってしまいそうに思えたのだ。
「ちょっと待てよ」
兵太が慌てて立ち上がろうとする。
だがあたしは肩越しに兵太を睨むと、言わなくてもいい一言を言ってしまった。
「兵太。あたしといて嫌なら、本当は川上さんと一緒にいたいなら、そう言ってくれればいいから。あたしだって、無理してまで兵太に一緒にいて貰いたくないから」
そうして立ち尽くす兵太を残し、あたしは屋上のドアを閉めた。
・・・
「そりゃー言っちゃダメな一言でしょー」
放課後、学食のカフェテリアで如月七海がそう言った。
「わかってるよ、そんなの」
あたしはため息交じりに応える。
あたしはテーブルに肘と着いて両手を組み、その上に顎を乗せて、ストローを咥える。
残り半分になったオレンジジュースが三分の一まで減った。
「わかってるなら、何でそんなこと言ったのよ。今は川上さんとポイントを争っている微妙な時期じゃない。そんなことを言ったら、本当に中上君の気持ちが離れていっちゃうかもよ」
「やっぱ、そうなるかなー」
あたしはまた、深いため息をついた。
それでも、あたしとしては
「兵太の気持ちは、そんなに簡単に川上さんの方に行かない」
と信じたい。
だって、あたしだって、こんなに兵太に対して割り切れないんだから。
「少女マンガと違って、男って意外と女を待っていてくれないからねー」
七海がいかにも「男を知っている風」な事を言いやがった。
あたしはイラついて、コップの中の氷をストローでガツガツと突いた。
無意味な行動だが、何かしないとやってられない!
「ところでさー、美園のヒーローさんの方は、どうだったの?」
ストローガツガツの手が、ピタっと止まる。
そう、あたしは昨日の紫光院様とのことを、誰にも話していなかった。
「お弁当を渡した」
「それで?」
「一緒にお弁当を食べた」
「それから?」
「ちょっと話した」
「ふんふん」
「美味しいって言ってくれた」
「で?」
「また、作って渡すことになった」
「えーーーっつ!」
七海は馬鹿デッカイ声を出した。
「すごい進展じゃん、たったの一日で!しかもあの『学園一の堅物』紫光院涼に対して!どの女子のお弁当も受け取らない事で有名な、あの紫光院様に対して!」
「ちょっと、大きな声を出すのは止めてよ!人が見てるじゃん」
あたしは周囲を見渡した。
幸いなことに、この時間の学食にはあまり人がいなかった。
だが、どこで誰が聞いているかわからない。
「壁に耳あり、障子に目あり」だ。
「わかったわかった。で、他には何かないの?手を握られたとかさぁ」
七海は身を乗り出してくる。
「そんなの、ある訳ないじゃん!」
あたしはそこで言葉を区切り、小さい声で続けた。
「弁当を渡すために、連絡先を交換しただけだよ」
「えーーーっつ!」
また七海は大声を上げ、今度はイスごと後ろに反り返った。
「マジで?そこまで?これはもう『恋愛フラグ』立ちまくりじゃん」
あたしは顔が熱くなるのを感じて、下を向いた。
なんだろう。
紫光院様の事になると、あたしが『乙女化』しちゃう気がする。
やっぱ、出会いが出会いだったからかな?
「いっやぁ~、やるねぇ、美園ちゃん」
七海は腕を組んでニヤニヤ笑いを浮かべた。
「もうさぁ、こうなったら中上君はスパーっと切捨てちゃって、紫光院様に乗り換えたら?スパーっと!」
「ちょっと!本当に止めてよ!紫光院様だって、そんなつもりじゃないんだからさ。あたしだって『連続にならないように、お弁当を届けます』って、ちゃんと言ったんだから」
だが七海はニヤニヤ笑いのまま、首を左右に振る。
「いやいや、それは紫光院様も脈アリだって。だってどの女子のお弁当も受け取らない紫光院様が、美園の弁当だけ受け取ったんだよ。しかも次も渡す約束をして、その上、連絡先まで交換したなんて、絶対OKフラグが立ってるでしょ」
いや、紫光院様があたしのお弁当を受け取ったのは、あたしが彼のオニギリを潰してしまったからなんだが・・・
「ま、いいじゃん!中上君も美園と川上さんで迷っているんだからさ。美園も、中上君と紫光院様の両面作戦で行ったって」
その言葉は、あたしの心にグサっと突き刺さった。
そういう事なんだろうか?
あたしと兵太は、2人とも両天秤に掛け合っているんだろうか?
あたし達は、これからどうなるんだろうか?
この続きは4/14(日)8時頃、投稿予定です。




