3、お礼の気持ちはどこへ?(後編)
「終わった。話を聞こう」
イケメン剣士は軽く汗を拭きながら、あたしの方に歩いて来た。
あたしは石になる。
どうやら証拠物件を抱えて逃げるチャンスを失ったようだ。
「どうした?早く言え」
クールなイケメン剣士は、あたしの2mほど前まで来て、そう言った。
あたしは何も言う事ができないし、動けない。
とりあえず固まったまま、笑顔でごまかすしかなかった。
「?」
イケメン剣士は不思議そうな顔をした。
だが次の瞬間、表情が変わる。
「おまえ、その場所は・・・まさか!」
あたしはバネ仕掛けのように立ち上がり、
そのまま連続3回ほど深く、かつ素早く頭を下げた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、本当にごめんなさい。気付かなかったんです、草の影に隠れていて。包んでいるのもタケノコの皮だったから、枯れ草か何かかと思っていて・・・本当に申し訳ありません」
あたしは怒られる前に、素早く自分が作って来た弁当を差し出した。
「すみませんでした。代わりと言っては何ですが、あの、コレ、あたしが作って来たお弁当です。代わりに食べて下さい。いや、これは紫光院先輩の彼女になりたいとか、そんなんじゃ無いんです。昨日のお礼と言うか・・・今となっては、オニギリのお詫びにしかならないんですけど・・・」
一生懸命に弁解と言い訳を探すあたしを、
紫光院様はしばらく呆気に取られた様子で見ていた。
だが「ぷふっ」と吹き出すと、そのまま笑い出した。
あ、このクールな人でも笑うんだな。
しかも紫光院様の笑った顔って、案外かわいい・・・。
「おまえ、面白いな・・・」
軽く笑った後、紫光院様はそう言った。
そしてあたしの弁当を手に取る。
「頂くよ。昼飯抜きじゃ、この後の授業と部活に響きそうだしな」
紫光院様は腰を下ろすと、弁当のカバーを外した。
この平らになっている部分はそれほど広くないので、
あたしは少しだけ隙間を空けて、隣に座った。
さりげなく「ヒップ・プレスしたオニギリ」を反対側に押しやる。
あとでこの物体は消去せねば・・・
「手が込んでいるな、旨そうだ」
弁当のフタを開いた紫光院様は、そう言ってくれた。
と言うか、紫光院様のオニギリが質素すぎるのでは?
潰してしまったオニギリを見る限りは、海苔は巻いていないし、
具は梅干しとオカカくらいしか無かった。
何となく「紫光院様が自分で作ったオニギリ」のような気がしていた。
作り方が男子っぽかったからだ。
その気になれば紫光院様は、毎日日替わりで女子の手作り弁当が食べられる立場なのに、
なんでこんな質素なオニギリにしているんだろうか?
あたしは疑問に思った。
紫光院様は、まず卵焼きを口に入れた。
だが、なぜかそのまま固まる。
あたしは、その様子に緊張した。
な、何だ、なんだ?
卵焼きで固まるなんて。
まさかと思うが、卵が腐っていたのか?
それとも砂糖と塩を間違えたのか?
紫光院様の右目から、すーっと一筋、涙がこぼれた。
まるでドラマかマンガのような、キレイな涙だった。
「・・・うまい・・・」
あたしは呆気に取られて、その様子を見ていた。
「・・・母さんと、同じ味だ・・・」
あたしは、うれしいと言うより、逆に驚いていた。
卵焼き一つで涙を流すなんて、難民キャンプじゃあるまいし。
七海の事前情報だと、紫光院様の家は大病院という話だ。
驚いた表情で見つめるあたしに、紫光院様は気づいた。
そして慌てて涙をぬぐう。
「すまない。驚かせてしまって・・・」
そして照れたように、自嘲気味に話した。
「おまえの作ってくれた卵焼き、むかし俺の母親が作ってくれたのと同じ味なんだ」
あたしは何て答えていいのか、戸惑った。
そもそも卵焼きに、そんなに味のバリエーションなんてあるだろうか?
あたしと同じ味なら、〇〇の麺つゆと砂糖、って事になるが?
「お母さん、どうされたんですか?」
何て言っていいのか、わからなかったので、
とりあえずそう言ってみた。
言ってから「これはマズい質問だったかも」と気づく。
「いや、元気にはしているんだ。別に母親がいない、って訳じゃない。今は家にいない時が多いが・・・」
紫光院様はそこで言葉を切ると、しばらくしてまた話しだした。
「俺の家は代々続く医者の家系なんだ。俺も将来は医者になる事を期待されているし、俺自身もそうなるつもりだ。だが俺の家は古風でな。母親が外で働くことは、親父も祖父母も喜ばなかった」
お弁当を食べる手が止まっている・・・
「ある時、母親が趣味で作っていた『着物をアレンジした洋服』がネットで注目された。家以外で評価された事に、母親もうれしかったんだろう。それから母親は自分で和風テイストな洋服や装飾品を作成する会社を立ち上げたんだ。それがかなり軌道に乗っていて、海外企業とも協業するようになり、母親が家にいる事も少なくなったんだ。当然、俺や家族の食事も、母親の手料理じゃなく、家政婦が作るものか、デリバリかケータリングの食事になった」
紫光院様が、今度は筑前煮をつまんでしげしげと眺めた。
「俺は元々、剣道は嫌いだったんだ。だが母親が作ってくれる弁当が嬉しくて、剣道に通っていた。小学校は給食だったからな」
父親が中流サラリーマンで、母親が専業主婦のあたしから見れば、
「家が大病院で、母親がアパレルのベンチャー企業で大成功」
って聞くと、
「なんて羨ましい環境なんだ!」と思えるんだが・・・
金持ちは金持ちなりの気苦労があるんだなぁ。
紫光院様は筑前煮を口に運んだ。
「この筑前煮もすごくうまい・・・ケータリングなんか問題じゃない・・・母さんの味に似ている」
そういう紫光院様の横顔を見て、あたしは胸がキューンとなった。
紫光院様って、きっと寂しい人なんだろうな。
だから普段は必要以上に、クールに振舞ってしまうのかもしれない。
過度なマザコンは絶対にゴメンだが、
適度な軽いマザコン程度なら、けっこう母性本能をくすぐられちゃうんだよな。
そんなあたしの視線に気づいたのか。
紫光院様はちょっと恥ずかしそうに苦笑いした。
「なんで俺、おまえにこんな事を話しているのかな。初対面でこんな話を聞いても、つまらないよな。すまん、忘れてくれ」
まぁ普通の男が、こんなマザコン身の上話を語り出したら、
あたしは欠伸でもしていただろう。
だが相手は学園でもトップレベルのイケメン御曹司、
しかもあたしをピンチから救ってくれたヒーローなのだ。
そのちょっと恥ずかしそうな表情にも、あたしは心が惹かれた。
「いえ、そんなことないです。紫光院先輩の事を話してくれて、うれしかったです」
言った後で、あたしはハッとなった。
これじゃあ、紫光院様に興味アリアリ女子みたいな発言じゃないか。
だがあたしがそう言うと、紫光院様はやはり恥ずかしそうに目線を逸らした。
そしてあたしの弁当を、気持ちいいくらい食べっぷりよく、平らげて行く。
そんな紫光院様を見ながら、あたしも自分の弁当を食べた。
何となく、安心感があると言うか、平和な感じがした。
考えてみれば、この学校に入ってから兵太以外の男子と、
こんなに長く話すのって初めてかもしれない。
やがて空になった弁当箱を、紫光院様はあたしに差し出した。
「ありがとう、とっても上手い弁当だったよ。久しぶりに本当の『食事』ができた気がした」
あたしは返却されたお弁当を見つめた。
「あの、良かったら、またお弁当を作ってきましょうか?」
紫光院様がいぶかし気な目で、あたしを見た。
あたしは慌てて付け加えた。
「いえ『紫光院先輩の彼女になりたい』とか、本当にそんな大それた気持ちじゃありません。ただ今日の分は紫光院先輩のオニギリをダメにしちゃった代わりですし。だから改めてちゃんと昨日のお礼としてお弁当を作る、って意味です。だから、連続して十回にならないように、飛び飛びとか、そんな風にお弁当を作ってきます。だから安心して食べて下さい」
最後の方は、自分でも何を言っているか分らなかったが、
ともかくアタシは必死に下心がないことをアピールした。
紫光院様はそれ聞いて、また「ふふっ」と軽く笑った。
「ありがとう。こんな上手い弁当を時々でも食えるなんて、最高のお礼だよ。じゃあお言葉に甘えさせてもらうか。負担にならない程度に、時々、気が向いた時にここに持ってきてくれればいい。俺は昼休みは、大抵はここにいるから」
「あの、紫光院先輩のメールアドレスかSNSのIDを教えて貰えますか?作って来る時は、前日に連絡を入れるようにしますから」
「ああ、ありがとう」
そうして、あたしは『学園一の堅物』と言われる紫光院先輩と、連絡先を交換した。
すると5時間目が始まる予鈴が鳴った。
「もう5時間目が始まるな。急いで教室に戻らないと。じゃあ、またな」
イケメン剣士はそう言うと、竹刀をケースに入れて歩き出した。
「はい、また今度・・・」
あたしもそう答えると、
急いで「人目に触れてはマズイ物体となったオニギリ」を抱えて、
自分に教室に走り出した。
この続きは4/13(土)8時頃、投稿予定です。