3、お礼の気持ちはどこへ?(中編)
次の日は水曜日。
あたしも川上さんも、兵太とはお弁当を食べない日だ。
四時間目が終わった時、あたしは二つのお弁当を持って、そっと教室を出た。
さすがに兵太や他の人の目に留まるのは、気が引けたのだ。
いや、別に悪い事をしている訳じゃない。
危ない所を助けてもらったんだ。
お礼くらいするのが、当たり前のはず。
それに何かあったら
「部外者が校内に入り込んでいた、という事実の証人」
になってもらう必要があるし。
あたしが後ろめたいのは、きっと別原因だ。
あたしの心の中の問題。
昨日から、紫光院様の事を考えると、
安心するような、ホッとするような、なんか頼りたくなるような、
そんな気がするのだ。
赤御門様の時は、考えると胸の浮つくような、舞い上がるような気がしていた。
兵太の事は考えても特別な感情は湧いて来ないが、居なくなると考えると、服をはぎ取られるような寂しさを感じる。
紫光院様に対して感じるのは、そのどちらとも違うものだった。
今まで男子に対して、こんな気持ちになった事はない。
いや、昨日の今日だ。
あたしだって十人もの凶悪そうな男に襲われれば、不安にだってなる。
そこを助けて貰えれば、やっぱり少しは気になるのは当たり前だろう。
ちなみにお弁当を作っている時は、いつもよりちょっとウキウキした。
弁当自体はシンプルだ。
ご飯の方は、ほぐしたタラコとシラスの二色。
おかずの方は、卵焼き、筑前煮(これはあたしの得意料理だ)、ピリ辛台湾風ハンバーグ(台湾まぜそばの挽肉を丸めたイメージ)、サツマイモのキンピラ、キュウリとニンジンのピクルスのキャベツ巻きだ。
この中でオリジナリティがあるのは、ピリ辛台湾風ハンバーグくらいか。
牛豚合い挽き肉を、醤油・砂糖・オイスターソースに少し豆板醤を入れて、一口サイズ大に丸めてハンバーグにする。
レシピ的には台湾風まぜそばの挽肉と同じだが、あそこまで辛くしないで、ピリ辛程度に留める。
いつもより若干、気合が入っているかもしれないな・・・
兵太、ゴメン。
次はアンタにも同じものを作るよ。
第一運動場を抜けて、剣道場の裏に回り、林の中に入って行く。
そおっと歩いて行くと、紫光院様はやはりそこに居た。
昨日と同じ素振り用の竹刀を振っている。
あたしは邪魔にならないよう、出来るだけ物音を立てずに歩いた。
だが紫光院様は、既にあたしに気づいていたようだ。
まだ距離は十メートルは離れているのに。
「何の用だ?」
こちらを見ず、紫光院様は素振りをしながら、そう聞いて来た。
「あ、あのぉ、昨日、ここで助けていただいた一年の天辺です。改めてキチンとお礼をしたいと思って来たんですが・・・」
それだけ言うのが精一杯だった。
胸がドキドキする。
だが紫光院様の返事は、やはりつれなかった。
「必要ない。俺は自分の鍛錬場に、他人が居るのが邪魔だっただけだ。それに上級生が下級生を助けるのは、当たり前のことだ」
予想はしていたが、やはりシュンとしてしまう。
だが、このまま帰る訳にもいかない。
あたしは気力を振り絞った。
「いえ、このままではあたしの気も済みません。せめてキチンとお礼を言わせて下さい!」
あたしの強い気持ちが入った言葉が、紫光院様に届いたのか。
初めて彼の目線が、あたしの方を見た。
だがすぐに視線を戻すと、そのまま素振りを続けた。
あたしもその場から動かない。
こうなったら意地でも、お礼だけはキチンと言ってやる。
「後二百回振ったら終わりになる。それまでその辺に座っていろ。立っていられると気が散る」
その言葉を聞いて、あたしはホッとした。
とりあえず紫光院様の素振りが終わるのを、待つ事にしよう。
あたしは周囲を見渡した。
ちょっと離れた所に、一段高くなって平らになっている場所があった。
適度に草が生えていて、腰かけて待つにはちょうど良さそうだ。
あたしはそこに登って、ストンと腰を下ろした。
グニュ
ん?なんかお尻の下で、変な感触がしたぞ。
あたしは、そおっとお尻を上げて見た。
なんと、そこには時代劇でしかお目にかかれないような、
タケノコの皮で包まれた物体があった。
恐々、タケノコの皮を開いてみる。
するとそこには・・・
見事に「あたしのヒップの形」に潰れた、
白米オニギリ5個があったのだ!
こんな所にオニギリがあると言う事は・・・
1、誰かがオニギリを置いて、そのまま忘れて行った
2、誰かがオニギリを、ここに捨てて行った。
3、これは誰かのお弁当で、ここに置かれていた。
可能性としては、3番が一番高いだろう。
・・・認めたくないが。
そしてここに置いてあると言うことは、誰のオニギリかと言うと・・・
あたしは全身から冷や汗が出るのを感じた。
お礼を言うために来たのに、
その相手の昼ご飯をヒップでプレスしてしまうとは・・・
しかもあまりにキレイに、あたしの尻型がついてしまっている・・・
男子にはとてもじゃないが、見せられない代物だ。
マズイ、非常にマズイ。
これは、この潰れたオニギリを抱えて、
代わりにあたしの作ったお弁当を置いて、
今すぐ、退散した方が良さそうだ。
この続きは、明日4/11(木)7時に投稿予定です。




