1、川上純子の挑戦
四時間目が終わって、お昼の時間。
あたしは兵太と並んで、屋上への階段を昇った。
あたしの胸には二つのお弁当がある。
一つはあたしので、もう一つは兵太のためのお弁当だ。
階段を昇る途中、お互いに無言だ。
正直な話、
今まで『異性として』兵太を見たことが無かったので、
何だか今の関係が気恥ずかしい。
兵太もきっと同じ想いなんだろう。
一緒にお弁当を食べていても、何となくよそよそしい。
今までみたいに気軽にバカ話したり、大口開けて笑ったりできなくなった。
今日で兵太にお弁当を手渡すようになって、三日目になる。
その『ちょっと恥ずかしくて、ちょっと気まずい感じ』が、まだ続いていた。
あたしとしては、以前のような気軽な関係に戻りたいのだが、
どうしてもそうなれないのだ。
「あのさ・・・」
急に兵太が話しかけて来た。
「な、なに?」
突然だったので、あたしも戸惑った。
「次の日曜、部活は休みなんだ。良かったら映画でも行かないか?」
兵太は下を向いたまま言った。
「・・・うん・・・いいけど・・・」
兵太と映画なんて、今までに何回も行ったことあるのに・・・
なんだろ、この感じ・・・
そのまま二人とも、また無言状態に戻った。
屋上に上がる、最後の踊り場を回って上を見上げた時だ。
あたしの心臓がドキンと鳴った!
そこに仁王立ちになっている影。
逆光でシルエット状態になっていても、すぐにわかった。
その小さな身体が、本当に仁王像のように大きく見えた。
あたしが、いま一番出会いたくない相手だった。
すぐ後に、兵太もそのシルエットに気づいた。
「川上・・・さん?」
そう、屋上出口にいたのは、川上純子ちゃんだったのだ!
あたしが「兵太にアタックしなよ」と焚き付けた相手・・・
結果的に、あたしは彼女に嘘をつき、彼女を貶めた事になる。
足を止めたあたしと兵太の前に、
彼女は押し殺した怒りのオーラを放ちながら、降りて来た。
「天辺さん」
あたしは視線を合わせる事が出来なかった。
だが彼女の刺すような視線は、ヒシヒシと感じられる。
「あなたは、ズルいです!」
ハイ、その通りです。
あたしはズルいです。
あたしは下を向いたままだった。
「あなたは確かに言いましたよね。『中上君とはただの幼馴染で、何の関係も無い』って」
あたしは何も言い返す事ができず、そのまま沈黙していた。
「それが、あたしと中上君が付き合いそうになったら、急に惜しくなって、幼馴染の立場を利用して取り戻しに来るなんて!」
・・・そう言われても、仕方ないよな・・・
いや、実際にその通りだろう。
川上さんが兵太と付き合いそうじゃなかったら、
あたしはあのままズルズルと、
兵太を横に置きながら、
赤御門さんにアタックし続けていたかもしれない。
あたしに弁解の余地はない。
「いや、それは俺が決めたことだから・・・」
兵太があたしを庇おうとした時だ。
「中上君は黙っていて下さい!これはあたしと天辺さんの、女同士としての問題です!」
以前の彼女からは考えられないくらい、ピシャリと言い切った。
さすがに兵太に対して、そういう言い方は無いんじゃないかと思って、顔を上げた時だ。
川上さんのレーザービームのような視線が、あたしを射抜いた。
うわぁぁぁ、怖い・・・
あの『子ウサギのように可愛かった川上純子ちゃん』が
『腹を空かせた山猫』になっているぅぅぅ!
あたしの目線など、簡単にはじき返された。
そして川上さんは『血に飢えた山猫の眼』で、あたしにこう宣言した。
「あたしはそんな天辺さんが、中上君と付き合うのは、納得できません!天辺さん、あなたに勝負を申し込みます!」
勝負?
あたしは驚いて顔を上げた。
どんな勝負を、彼女は挑むと言うのだろう?
まさか「お弁当お届けレース?」を二人でやる、という意味なのか?
悪いが川上さんじゃ、あたしの相手になるとは思えない。
何せあたしは『陸上部エース』の咲藤ミランに追従できる俊足なのだ。
彼女も、その意図を悟ったのだろう。
「天辺さんの足が速い事は知っています。赤御門先輩のレースで、もう有名ですからね。勝負の方法はレースじゃありません」
なんだ、なんだ。
彼女はどんな勝負を挑んで来ると言うのだ?
あたしは心臓がドキドキと早鐘を打つのを感じた。
「あたしと天辺さん、一日交代で中上君にお弁当を手渡して、一緒に食べるんです。これを一学期のあいだ続けて、最終日に中上君にどっちとお弁当を食べている時が楽しかったか、判断してもらいましょう!」
えーーーっつ!マジで?
それって兵太の半分は、川上さんが取るようなもんじゃない。
それに川上さんは、バスケ部のマネージャーだ。
同じくバスケ部の兵太とは一緒にいる時間も長いし、部活が終わった後に一緒に帰るチャンスもある。
部活関連の話題も多いだろう。
これってどちらかと言うと、川上さんに有利な勝負じゃない?
兵太ぁ~、なんとか言ってよ!
あたしは兵太に、助けを求める視線を向けた。
だがコヤツは、目を白黒させたまま、何にも言えずにいる。
兵太自身、大人しい川上純子ちゃんが、こんな事を言い出してくるなんて、あまりに想定外だったのだろう。
あたしはガックリと肩を落とした。
仕方ない。
卑怯な悪役は、間違いなくあたしの方だ。
この状況では、彼女が正義のヒロイン・・・
多少は不利な勝負でも、受けるしかあるまい。
そもそも、彼女を野獣にしたのは、あたしだしな。
「・・・わかった・・・」
あたしがそう答えると、彼女はやっと納得して、階段を降り始めた。
すれ違いざまに、川上さんが言う。
「今日は天辺さんに譲ってあげます。今日は月曜だから、月・木が天辺さん、火・金がわたし。水はどちらも手を出さない。いいですね?」
あたしの目線より低いくらいの身長しかない、川上純子ちゃんだが、この時は本当に迫力があった。
あたしはヘビに睨まれたカエル状態だったのだ。
川上さんが立ち去ったことで、あたしも兵太もやっと金縛りが解けたように、屋上に上がった。
そのまま二人無言でお弁当を食べる。
お弁当を半分くらいまで食べた時だ。
兵太が言った。
「多分、俺の言い方が悪かったんだよ。川上さんもさっきはあんな事を言ってたけど、すぐに気持ちが変わると思う。だから美園は心配するなよ」
あたしはジロリと兵太を睨んだ。
いや、川上さんの覚悟は、そんな甘いもんじゃない。
絶対に兵太を取り戻すつもりだ。
もうここまで来たら、惚れた腫れたの話じゃない。
女としてのプライドの問題なのだ。
同じ女として、あたしにはわかる。
そもそも兵太、断る気があるなら、
あの場ですぐに断らなきゃ、ダメに決まっているだろーが!
なんで兵太が断らないんだよ!
あそこは男が断る所だろーが!
あたしは不貞腐れて、お弁当を口に詰め込んだ。
ヤッバイよなぁ~。
さっきも言った通り、この勝負、あたしに不利だ。
クラブのマネージャーと言うのは、部員に対してそれほど絶対的な魅力を持っている。
昼飯の時間以外にも、川上さんは兵太にアタックするチャンスがある。
土日の練習試合となれば、あたしには全く手が出せない。
彼女の独壇場だ。
さらに川上さんはさりげなく曜日を指定したが、あれも彼女に有利だ。
土日に遊びに行く約束は、金曜日がとり付けやすい。
川上純子、あれで中々の策士だな・・・
そして・・・
悔しいが・・・
認めたくないが・・・
『女の子』としての可愛さなら、川上さんの方が上だろう。
後は兵太がロリコンじゃない事を祈るしかない!
あ~、あたしのバカバカバカ!
なんであの時、川上さんに
「兵太とは何の関係もない!アタックしなよ!」
なんて言っちゃったんだよ!
本当にタイムリープしてやり直したい・・・
この続きは、4/5(金)7時に投稿予定です。




