14、あたしは知らなかった・・・
……ベッドの上であたしは、ゴロゴロしていた。
川上純子ちゃんが兵太にお弁当を渡すようになって、
今日で7日目。
あと3回、彼女が兵太に弁当を食べさせたら、
兵太は将来に渡って責任を持つ形で、彼女と付き合うことになる。
そうなったらもう、あたしが兵太と会ったりするのは難しいだろうな。
もちろん兵太は友達だ。
幼馴染だ。
兵太が、川上純子ちゃんと付き合うことになったからって、
あたしと会っちゃいけない訳じゃない。
恋愛と友情は別のはずだ!
しかし……
この言葉に納得できる彼女って、どのくらいいるんだろう?
仮にあたしに彼氏がいるとして、
その彼氏が、女友達としょっちゅう2人きりで、
会ったり話したりしてるとしたら、
あたしは笑って許せるだろうか?
たぶん、許せないと思う。
最初は我慢していても、いつか爆発してしまう気がする。
ハアァ、なんで川上さんに
「兵太にアタックしなよ」なんて言っちゃったんだろ。
あんな事さえ、言わなきゃ……
でもこれも、あたしの我儘な考えなんだよね。
「自分は赤御門先輩にアタックするけど、兵太は身近にいて欲しい」なんて。
ブゥゥ、ブゥゥ……!
突然、スマホが鳴りだした。
あたしはビックリして飛び起きる。
一瞬「兵太か?」って期待したが、
スマホに映った文字は「鈴ちゃん」となっている。
鈴ちゃんの本名は「浜本鈴音」で、
あたしの中学時代の一番仲が良かった子だ。
あたしはスマホを取った。
「美園?久しぶり!元気にしてた?」
鈴ちゃんの懐かしい声が響いた。
「うん、久しぶり。鈴ちゃんは?」
「あたしはマァマァかな。高校生活もまぁそれなり、って感じ」
「あたしもだよ。高校生も期待していたほどじゃないかなって……」
あたし達は、その後15分ほど、お互いに知り合いの近況について話し合った。
「そう言えば美園、中上君はどうしてる?」
鈴ちゃんが話題を、兵太の事に振って来た。
まぁ、この話の流れなら、そうなるわな。
「うん、兵太も元気だよ。部活に燃えてる」
「ふ~ん……」
鈴ちゃんは、後に疑問符がつくような調子で言った。
そしてしばらく躊躇っていたような雰囲気の後、こう切り出した。
「美園は、中上君と付き合っていないの?」
「別に付きあってなんかいないよ。なんで?」
あたしは出来るだけ平静な調子で返答した。
本当は、今はあんまりその話題に触れて欲しくないんだけど……
だが鈴ちゃんの電話は、そこが本題だったらしい。
「あのさ、気を悪くしないで聞いて欲しいんだけど。あたし、見たんだ。中上君が他の女の子と楽しそうに話しながら歩いているの」
心臓がズキッと痛んだ。
だがあたしはあくまで平気な声で答える。
「ああ、それ多分、兵太の彼女になりそうな子だよ。背のちっちゃい可愛い娘でしょ?川上さんって言うんだけど」
「美園は知ってたんだ?それならいいけど……」
鈴ちゃんはしばらく沈黙していた。
そしてこう続けた。
「美園、それで本当にいいの?後悔しないの?」
ええい!なんであたしの仲のいい娘はみんな、
あたしと兵太をくっつけたがるんだ?
あたしだって後悔してるよ!
このまま兵太と、ずーっと会ったり話したり出来なくなるのは、
イヤだって思ってるんだよ!
だけど「あたしは兵太が好きだ!」って言い切る自信も無いんだよ!
それに今更、兵太に「川上さんと付き合うのは止めてくれ!」なんて、
言える立場でも義理でもないんだ!
あたしの沈黙をどう捕えたのか、鈴ちゃんはこう言った。
「あたしは、高校に行ったら美園と中上君は付き合うと思っていたよ。お似合いの二人だしね」
「あたしと兵太が?」
以前ならそんな事を言われたら全否定したが、今はそんな気分になれない。
「そうだよ。それに中上君に告白した子って何人かいるんだけど、全員『俺は好きな子がいるから』って断られていたんだ。みんなそれは美園だって思っているよ」
兵太が中学時代に、それなりにモテていたことは知っていたが、
そんな風に答えていたとは知らなかった。
鈴ちゃんはなおも続けた。
「それだけじゃないよ。中上君が慈円多学園を受けたのだって、美園が行くからなんだよ」
「あたしが行くから?」
思わず絶句した。
いや、中二の終わりに確かに「高校はどこに行くんだ?」と兵太に聞かれて
「慈円多学園」って答えた時、
アイツは「じゃあ、俺もそこにしようかな?」とか言っていた。
その時、あたしは
「あのね、慈円多学園って物凄く難しくて、そんなに誰でも簡単に行ける学校じゃない!」
って、怒った記憶がある。
それまでも学年で10番以内をキープしていたあたしと違って、
兵太はまさしく「中の上」の成績だったからだ。
だがその後、兵太はメキメキと実力を付け、二学期の中間テストでは学年5番にまでのし上がって来たのだ。
「そうだよ。バスケ部の男子が中上君に『どうして慈円多学園に行きたいんだ?』って聞いたら、中上君は『一緒にいたい奴がいるから』って答えたんだって。それって美園しかいないじゃん」
そんな、そんな風に兵太は、あたしの事を思っていてくれたなんて・・・。
あたしはそんな事、全然知らなかった。
だってあたしが、兵太に慈円多学園を受ける理由を聞いた時は
「母親も喜んでいたから」
って答えていたのに。
「美園は、そんなにも思ってくれる男子がいるのに、それを手放しちゃっていいのか?って話だよ」
その後、鈴ちゃんと何を話したか、よく覚えていない。
割とすぐに電話を切ったと思う。
電話を切った後、あたしはしばらく一人呆然としていた。
もし、彼女の言うように、
本当に兵太がそんなにあたしの事を思ってくれていたとしたら……
あたしは兵太に、なんて残酷なことをしたんだろう。
あたしに、兵太に何かを言える資格は、あるんだろうか?
・・・
翌朝、5時40分。
あたしは無理矢理、ベッドから起き上がった。
目覚まし時計はキチンと4時45分に鳴ったのだが、
あたしが「もう5分、もう5分」とズルズル時間を引き伸ばしていたのだ。
昨夜の鈴ちゃんの電話から、ずっと考えだけが頭の中をグルグルと駆け巡って、中々眠れなかった。
だが昨日、如月七海に「あしたからは弁当を作ってレースに参戦する」と言った手前、
ともかく弁当を作ろうと思う。
重い身体を引き摺り、寝ぼけ眼でキッチンに立つ。
だが、どんな弁当を作ろうか、何も思い浮かんで来ない。
そのままボーっと、キッチンに5分くらい佇んでしまった。
とりあえずご飯は詰めるか、と思って弁当箱に白いご飯を詰める。
あれ?弁当箱に白米だけを全部、詰め込んでしまった。
これじゃあ白米弁当だ。
この真っ白な弁当を出したら、さすがに赤御門様も、
他の女子も、ビックリするだろうな。ハハハ。
自分で笑っていて、虚しさが増した。
弁当って誰かが食べてくれるからこそ、張り合いがあるんだよね・・・・・・
屋上で弁当箱を開けて、目を輝かせる兵太の姿が思い浮かぶ。
いつも「旨い!」と言って食べてくれていた兵太。
アイツは、昼飯まで空腹が持たない奴だったからなぁ。
アタシの弁当を、さぞや楽しみにしていたんだろうな。
じわっ
涙が浮かんだ。
あたしは誰のために弁当を作っていたんだろう。
本当に
「渡せるかどうかわからない、赤御門先輩のために弁当を作っていた」
のだろうか?
どれだけ一生懸命に作っても、捨てられてしまう可能性が高い弁当のために、
あそこまで労力をかけられただろうか?
「うん、旨い!」
そう言う兵太の声が思い出される。
涙が表面張力に負けた。
ポト
と床に落ちる。
もうあたしのお弁当は、兵太に食べてもらうことは無いんだろうか?
この続きは3/24(日)の朝8時頃、投稿予定です。
次回、第一章の最終話になります。
第二章は、3/31(日)より開始する予定です。




