12、あたしは自力で幸せをつかむ!(後編)
今回の美園の弁当は、「松阪牛のゴボウ巻き、飛騨牛のステーキ、マグロの大トロの炙り焼き、鮭児のホイル焼き」と全財産をつぎ込んだ超ゴージャス弁当。
さらいは4時間目をサボってまで、必勝の工作を行ったらしく・・・。
――キーン、コーン・・・――
スタート・ゲートが開き始める。
そしてあたしはゲートが完全に開く前に、既にスタートしていた。
前にもスタートしようと待っている人がいる。
当然、その人にブチ当たる!
「キャッ!」「なによ!」
あたしに後ろからぶつかられた妨害役は、悲鳴をあげた。
だがあたしは構わず、そのまま左斜め前に突進する。
狙いは、一列目四番の渋水理穂だ。
あたしは渋水に体当たりを食らわせた。
今まさに走りだそうとしていた渋水は、後ろから突然の体当たりを受け、大きく体制を崩した。
その隙にあたしは渋水の前に出る。
ちっ、渋水の野郎、転倒しなかったか。
渋水は一瞬、呆気に取られた表情をしたが、すぐに状況を把握すると、
顔を真っ赤にして鬼の形相で追いかけてきた。
ハハ、もっと怒れ、もっと怒れ、あたしの復讐はこんなものじゃない。
あたしがこんな強引な作戦を取れるのには、ちゃんと理由がある。
普段ならお弁当が心配で、タックルなんて出来ない。
だが今日はご飯の上にステーキを乗せたステーキ丼、鮭のホイル焼き、大トロの炙り焼きだ。
そもそも崩れにくい上、それぞれの料理にはクッションとしてパスタを間に入れてある。
パスタは余計な汁気や脂も吸ってくれるし、緩衝材にもなっているのだ。
あたしの前には、雲取と咲藤が並んで走っている。
その次が天女だ。
あたしは四番手という事になる。
そしてすぐ後ろには、赤鬼と化した渋水と、
想定外の方法であたしに前に出られた妨害役軍団が追いかけてきて来ている。
妨害役軍団も、このままあたしを先頭集団に入れたのでは、
女王様方のどんなお仕置きが待っているかしれない。
だがあたしも、ここでトップに立つつもりは無かった。
咲藤、雲取、天女にプレッシャーをかけられれば十分だ。
それに後続の渋水と妨害役軍団も、引き離す気はない。
階段を駆け上る。
4階に着いた時は、
咲藤、雲取、天女、あたし、渋水、妨害役5人の順だった。
そしてこれが先頭集団として、ほぼ一団となっている。
4階水道場前、右コーナー。
あたしか渋水の策に陥った、屈辱の場所だ。
あたしはスピードを緩めた。
真っ先に入った咲藤が、大きく体勢を崩す。
そのまま派手に転倒した。
すぐ後に続いた雲取、天女も同様だ。
ほぼ咲藤と同じ場所で、足を滑らせて飛ぶように転ぶ。
そして渋水が、スピードを落としたあたしを追い抜こうとして、水道場前に突進していた。
先行3人が転倒したのを見て、あわててブレーキをかけるが、それが余計にマズかった。
派手に尻から仰向けにスッ転び、そのまま水道場に激突していく。
その短いスカートのおかげで、パンティ丸見えの大股開きで大転倒だ!
ザッマー見ろ!
妨害役も次々と転倒して行った。
あたしはと言うと、十分にスピードを落とし、
唯一滑らない右側の廊下角だけをジャンプしながら、通り抜ける。
これがあたしの作戦だ。
あたしは4時間目の授業中に、清掃用ワックスを4階水道場前に塗っておいたのだ。
スタートであたしが先頭3人の直後にいれば、三人は必死で走るだろうし、
渋水だって死ぬ気で追いかけてくると予想していた。
その状態で、この右コーナーのワックス・エリアに飛び込めば、どうなるのかも。
渋水以外の女子には、ちょっとやり過ぎな気もしたが、
今日だけは勝利のためには、手段は選んでいられない。
そう、今日のあたしは悪役だ、怪人だ、テロリストだ!
暗黒面に落ちたジェ○イ騎士なのだ。
「勝てば官軍、負ければ賊軍」
あたしは転倒している彼女達を尻目に、最後の100メートルを順調に疾走していた。
後ろに続く者は、誰もいない。
今日のお弁当お届けレースは、あたしの一人勝ちだ!
教室からゴールである赤御門凛音様が出てきた。
あたしはその前に、単独トップで駆け寄る!
「赤御門先輩、私の作ったお弁当、一緒に食べて下さい!」
お弁当を開いて、そう叫んだ。
今日はあたしの弁当しかない。
他の連中はほぼ全員転倒して、弁当もオシャカになってるしな。
あたしの独占・完全勝利だ!
だが赤御門様は、何故か曇った表情であたしの弁当を見つめた。
明らかに迷惑そうな顔だ。
そして教室から出てきたフツメン3人の方を親指で指した。
「悪いけど、今日はみんなでラーメンを食べに行くんだ。せっかく作って来てくれて本当に悪いけど、今日は弁当はいらない」
あたしは目の前が真っ暗になった。
ショックのあまり、何も言うことが出来ない。
赤御門様はそのままフツメン男子3人と一緒に、廊下の反対側に歩いて行った。
フツメン男子の声が聞こえる。
「いいのかよ。せっかく女の子が弁当を作って持って来てくれたって言うのに」
「いいんだよ。俺だってたまには好きにさせて欲しい。それにこのラーメン屋は評判の店じゃん。男同士は気がねしないしな」
ラーメンを食べに
・・・ラーメンを食べに
・・・・・・ラーメンを食べに
硬直したままのあたしの耳に、先程、赤御門様から言われた言葉がリフレインしていた。
飛弾牛のステーキ、
松阪牛のゴボウ巻き、
本マグロの大トロの炙り焼き、
一万匹の一匹の鮭・鮭児のホイル焼き。
……
それがラーメンに負けたのか?
あたしの手作り弁当は、最高級素材を使ってもラーメン以下か?
あたしはしばらく、石化したようにその場に立ち尽くした。
この続きは、3/20(水)7時頃に投稿予定です。