9、汚い!「敵は本能寺」だった(前編)
化学実験の授業中のことだ。
如月七海が、やけに嬉しそうな顔をして近寄って来た。
「いい情報があるんだけど、買う?」
うっわー、ストレートな女だなぁ。
普通、友達ならもうちょっとラッピングした言い方を出来ないかね?
「どのくらい有効な情報?」
「美園のお弁当クエストでは、一回は使えるレアアイテム!」
う~ん、一回限りのレアアイテム・クラスか。
これが雲取麗佳や天女梨々香、咲藤ミランを一撃で倒せるような
”超強力魔法属性有りの伝説の剣”なら、一万円(消費税込み)くらい出してもいいんだが。
「新しく出来たトトアック・ガーデンのビッグ・ストロベリー・パフェ1つ!」
これは今、この学校で人気のあるスイーツ店の主力商品の一つだ。
かなりの量で、1290円だから、まあ納得できる範囲だろう。
あたしは買わないけど。
如月七海は、ちょっと悩む顔をした。
演技だな、これは。
「ま、いいか。それで手を打とう!」
「あたしのバスケ部の彼氏に聞いたんだけどさ・・・」
なに?こいつ、彼氏出来たの?
いつの間に?
情報も気になるけど、そっちの話も気になるぞ。
「赤御門先輩が『お弁当でご飯もいいけど、サンドイッチとかなら、部活の後でも分けて食べられるんだけどなぁ』って言ってたんだって」
なぬ?サンドイッチとな?
確かに、ご飯物のお弁当は、二回に分けて食べるのは、何となく抵抗があるものだ。
その点、サンドイッチのようなパン系なら、昼食時と部活後の二回に分けて食べるのに、都合がいいかもしれない。
「ね、グッドな情報でしょ?じゃあ、ビッグ・ストロベリー・パフェ、よろしくね!」
如月はそう言って、自分の席に戻って行った。
なるほど、サンドイッチか。盲点だった。
部活男子はみんな”元気一杯、白いご飯”が好きかと思っていた。
あたしの事前リサーチでは、赤御門様がご飯以外の弁当を選ぶことはなかったのだ。
あれは作って来た量が少なかったためなのか。
よし、明日はサンドイッチ弁当にしよう!
少なくとも今は、赤御門様はサンドイッチに目が行くはずだ。
でも如月七海の彼氏がバスケ部だって?
そう言やぁ、兵太もバスケ部だ。
赤御門様は、バスケ部の部長でもあらせられる。
まったく、兵太もこれくらい有用な情報を持って来いよな。
仲の良いクラスメートに「彼氏が出来た!」なんて言われると、
多感な女子高生としては焦るじゃないか!
あたしも頑張らないと!
帰り道はメニューに悩んだ。
あたしはご飯物の料理はけっこう研究したが、サンドイッチのバリエーションはあまり知らないのだ。
基本は卵、ツナ、ハム、チーズ、ジャム。
そんなところか?
ここからオリジナリティを出すには?
それとサンドイッチには、もう一つ欠点がある。
あまり汁気があるものは使えない、という点だ。
パンがぐちょぐちょになってしまう。
帰りの電車の中でも、スマホで料理レシピ・サイトとにらめっこをしていた。
よし、方針は決まった!
・・・
スーパーで買い物してから、家に帰る。
メニューは以下だ。
フランスパンを使った、生ハムとソフトサラミとローストビーフと茹で玉子のビッグサンド。
これは1つで、フランスパン4分の1を使う。
野菜はレタスとタマネギのスライスだ。
タマネギは事前に水で晒して、その後でザルに上げて水気をよく切ってから使う。
もう一つには生ハムの代わりに、スモークサーモンを使った。
それと五穀入りパンを使ったカツサンド。
やっぱりボリュームならカツサンドでしょ。
後は、細かくつまめる一口サンドとブルスケッタにする。
これなら部活の前でも後でも、適当に軽く食べられるはずだ。
これはタマゴとマヨネーズ、ツナマヨ、コンビーフとタマネギのみじん切り、ハムとチーズとベーシックなものを作る。
ブルスケッタには、小型の一口ハンバーグとクリームチーズにスモークサーモン、自家製鶏ハムにトマトだ。
フランスパンには水気に対抗するために、バジル入りのオリーブオイルを塗っておく。
今夜から作っておくのは、ローストビーフと一口ハンバーグだけだ。
今夜は久しぶりに、たっぷり眠れるかもしれない。
翌日、12時過ぎの図書館前。
あたしはいつものように、”赤御門様にお弁当を届けたい女子の集合場所”に居た。
参考まで言うと、ファイブ・プリンス毎にスタート地点が違っている。
コースが出来るだけ、重ならないようにするためだ。
二番人気・青磁館翔人様は音楽室前。
四番人気・緑宝寺ミハイル様は美術室前。
五番人気・黄金沢道標様は玄関前だ。
ん?そう言えば三番人気・紫光院涼様のスタート位置って、どこだろう?
聞いたことないなぁ。
そんな事を漠然と考えながら、いつものようにクジを引いた。
――2列目、2番――
おお、いいじゃないか!中々の位置だ。
2列目なら、あたしの俊足を持ってすれば、そうおいそれと妨害役に取り囲まれる事もないだろう。
出走位置に着く。
左前(1列目、3番)には、咲藤ミランがいた。
あたしは心の中で、ニヤリと不敵に笑う。
これはチャンスかも。
なお一列目は、左から咲藤ミラン、渋水理穂、天女梨々香、雲取麗佳の順だ。
渋水理穂、あの女がベスト・ポジションか。
そう思って見ていると、渋水があたしを振り返った。
一瞬だが不気味な笑いを浮かべる。
……なんだ、何があるんだ?
この続きは3/10(日)8時に投稿する予定です。




