8、あたしは”普通”で我慢したくない!
6時間目が終わり、あたりはいつものように速攻で帰る準備をした。
「美園、もう帰るの?たまには一緒にどっか行かない?美味しいパフェの店を見つけたんだ」
入学以来、割りと仲のいいクラスメートの如月七海がそう誘ってくれた。
「ありがと。だけどほら、あたしはお弁当の準備があるからさぁ」
毎回断るのは心苦しいが、今はこの学校に入った目的を完遂したい。
如月は半分感心、半分は呆れ顔だ。
「美園もよくやるよね。そりゃ確かに、この学校の方針だし、ファイブ・プリンスをゲット出来たら大成功だけどさぁ。でもセブン・シスターズ相手に、あたしら一般女子が戦いを挑むって無謀だと思うんだけど」
「そりゃ普通ならね。でもそんな一般女子にもチャンスがあるのが、この”弁当お届けレース”でしょ?」
「まぁ確かにそうなんだけどね……あたしはそこまで力を入れられないな」
実は如月七海も、最初の頃は何度かレースに参加したことがあるのだ。
だがその何回かの競争で、あまりの激しさに諦めてしまった。
この学校にもそういう女子はけっこういる。
「ま、いいや。頑張ってね。また今度!」
「うん、また今度」
そう言うとあたしは教室を出た。
……ちょっと出るのが遅れたかな?……
と、あたしは思う。
もっとも今日の食材はほぼ購入済みだ。
あとは野菜とフルーツを買うくらいだから、さほど大きな問題にはなるまい。
そんな時、下駄箱で別クラスの一年女子に合った。
名前は確か……川上純子、だっけ?
バスケ部のマネージャの子だ。
兵太を通じて話したことがある。
「こんにちは・・・」
川上純子は気弱そうに、あたしに挨拶した。
「こんちは」
あたしも普通に挨拶を返す。
靴を履き替えて玄関を出ると、彼女も一緒のタイミングで出てきた。
何となく、あたしを待っていたような気もするが、何かあるのかな?
川上純子は、私につかず離れずついてくる。
まぁ、校門を出るまでは当然なんだが、彼女はあたしに話しがあるような気がした。
体育館の前を通る。
中ではちょうどバスケ部が練習していた。
一緒にいるのに無言も気まずいので、あたしから話しかけてみた。
「川上さん、今日はバスケ部はいいの?」
「今日は病院に行く日だから、部活は休ませて貰ったんです」
小さい声でそう答える。
この学校にも、こんな子がいるんだね。
いかにも気が弱くて、受け身と言うか、待ち受け型と言うか。
そもそも運動部のマネージャなんて
「あたしはスポーツが出来るカッコいい彼氏を募集中です!」
って言っているようなものじゃない。
でもこの学校なら、そんなまどろっこしいことをしなくても、
弁当を届けるっていう直接的かつ合理的な方法があると思うんだけど。
体育館の中に、チラッと兵太の姿が見えた。
熱心にドリブルの練習をしている。
……うん、頑張れよ少年!こうして見ると、君もまんざらでもないぞ!……
あたしは心の中で激励してやった。
「あの!」
突然、川上さんから言葉を掛けられたので、ドキッとした。
「天辺さんって中上君と仲いいですよね?」
うへ、同学年なのに敬語使わなくていいのに。
「うん、まぁ。長い付き合いだからね。幼稚園から一緒なんだ、兵太とは」
「毎日、お弁当も一緒に食べているとか?」
……嫌な予感がする……
「赤御門さんにお弁当を渡せなかった時はね。勿体ないから三百円で売ることにしてるの」
「付き合ってるんですか?!」
マンガならここでズッこける所だけど、あたしはこの展開は予想していた。
川上さんの様子を見る。
彼女は真剣な表情だ。
あたしはため息と共に言った。
「誰がそんなこと言ったの?まさかと思うけど、兵太?」
「違います。中上君はただ『お弁当は天辺さんから貰っている』って、そう言っただけです」
あんのバカ、誤解を招くような言い方しやがって!
「正確には『弁当は売っている』だけどね。それ以上でも以下でもない。あたしと兵太の間には、幼馴染み以外の関係は、何も無いよ」
こういう誤解が嫌だから、弁当を売る相手を兵太にしたのに、それでもまだ勘違いするアホがいたのか?
川上さんが安堵のため息を漏らす。
それがあたしの嗜虐感を誘った。
意地悪く、逆に聞き返す。
「そういう質問をするって事は、川上さんは兵太が好きってことだよね?」
彼女は下を向いた。顔が真っ赤になっている。
ほっほっほ、乙女の恥じらう姿は良いわ。
初いのぉ、初いのぉ。
ちなみに川上純子は、あたしよりけっこう背が低い。
見ようによっては小学校6年生にも見えるだろう。
本当に可愛らしい女の子だ。
「好きっていうか……中上君の一生懸命なところって、素敵だなって……」
彼女は言葉を続けた。
「バスケ部の練習だって、いつも一生懸命に取り組んでいるし、自分が出ない試合でも真剣に応援してるし……」
彼女の言う事にも納得だ。
中学時代も、兵太は同じような感じで女子達にけっこう人気があった。
背が高くない兵太は、試合のために主にドリブルとパス回しを練習していた。
それでも中々スタメンとして、試合に出るチャンスは無かった。
そのため兵太は、身長差が出にくい3ポイント・シュートの練習を、影でずっと練習していたのだ。
このあたしでさえ、スポーツ少年のそういう必死な所を見ると「カッコいいかも」と思ってしまう。
だけど、それだけ一生懸命にやってレギュラーになれないって事は、才能が無い奴って事じゃん。
つまり「兵太はフツーの奴」って事だよね。
女なら『優れた遺伝子を持つ男』に惹かれる方が正常じゃないか?
生物学的に。
だからあたしは、この学校で容姿・頭脳・運動神経・身長・家柄・資産力と、全てが優れた大和男子を求めるのだ!
(家柄と資産力は、遺伝子とは関係無いが)
フツーの大学を出て、
フツーの企業に就職した、
フツーの男と結婚して、
フツーに夫婦共稼ぎで、
フツーの生活を一生懸命に送る。
そんな人生、あたしは絶対にゴメンだ!
「川上さん、兵太が好きなら、アイツにハッキリそう言いなよ。あたしなんかに探りを入れてないでさ」
「えっ、でも・・・?」
「でも、じゃないって。お弁当を作ってきて、十回連続で食べさせれば、それでいいんじゃない。グズグズしてると、他の女子に取られちゃうかもしれないよ。あいつ、あれでけっこう中学時代は人気あったから」
彼女は赤い顔のまま、下を向いた。
どうすべきか考えているようだ。
あたしはさらに続けた。
「ともかく、やってみないと始まらないよ。ここは慈円多学園。『女子たるもの、野獣であれ!』だよ!」
川上純子は、恐る恐る顔を上げた。
「ありがとう、私も……頑張ってみようなかな……」
「そうそう、あたしも頑張ってる!お互い頑張ろう!」
まぁ、半分は自分に対する叱咤激励なんだけどね。
キャビアの件で落ち込んでいた自分に、新たに活を入れることが出来た。
彼女のお陰だ。
そうしてあたしと川上純子は別れた。
よし、明日から、また新たな戦いだ!
この続きは3/5(火)中に投稿する予定です。
サブストーリーで、美園が登校中に子猫に出会う話です。