7、ああ「キャビアで雑魚を釣る」なんて(後編)
あたしは脱力感激しくも、屋上に向かった。
屋上のドアを開けると、兵太がいた。
いつも通りに・・・
「今日はダメだったか?」
兵太は苦笑しながら近づいて来た。
あたしも最早、何も言う気力がない。
黙って弁当を差し出した。
兵太は弁当を受けとると、代わりに三百円をあたしに手渡す。
思わずじっとその手を見てしまった。
三百円。
3980円のキャビアを使った、あたしの全財産をかけたお弁当が、三百円。
そんなあたしの哀愁など気も止めず、兵太は壁際に座り込むと弁当を開き始めた。
あたしも力なく、2メートル離れて腰を下ろす。
ああ、昨日はあの赤御門様と一緒に憧れのホワイト・テーブルに座り、
1本一万円の水と、一杯一万円のジャコウネコの糞コーヒーを飲んでいたと言うのに・・・
何と言う落差!
弁当を開いた兵太が言った。
「この黒いの、なに?」
あたしは力無く答えた。
「キャビア」
「え、キャビアって、おまえ、高いんじゃないの?いくらしたんだよ?千円くらい?」
あたしは答える気にもならなかった。
自分の分の弁当を開ける。
黒く艶やかなキャビアがそこにはあった。
・・・あたし、なにやってるんだろう・・・
虚しさが込み上げてきた。しばしキャビアを見つめる。
横では無神経な兵太が、あたしのキャビア軍艦巻きを口に入れていた。
「ふうん、これがキャビアか。確かにうまいな。俺、いままでイクラとかタラコとかカズノコ以外、食ったことないからな」
この愚か者め、イクラやタラコやカズノコと比べるんじゃない!
キャビアだぞ、キャビア!
世界三大珍味の一つだぞ!
そりゃ、雲取麗佳の買った二万円のキャビアに比べれば劣るかもしれないが、それでもキャビア様はキャビア様だ!
兵太は無遠慮に、次々とキャビア様を平らげて行く。
あたしもキャビアとゆで卵とタマネギのカナッペを口に運んだ。
けっこうしょっぱい気がした。
美味しくない、とは言わないが、そこまで価値のあるものだろうか?
次にキャビアの軍艦巻きを食べる。
酢飯とあまり合わない感じのしょっぱさが口に残る。
あたしは涙が出てきた。
あたしが母親に頼んでお金を借りて、苦労して隣駅のスーパーで買って、さらにはそこで雲取麗佳にバカにされ、それでも苦労して作ったお弁当は、赤御門様に食べて貰えない?
その上、兵太にまで”テキトーな評価”をされて・・・あたしの苦労は何だったんだろうか?
あたしは涙が止まらなかった。
本当は兵太の前でなんか泣きたくなかったが、それでも涙の方が勝手に目から溢れ出てくるのだ。
ぬぐってもぬぐっても、涙は流れ続けた。
あたしのそんな様子を見た兵太が、ポツリと言った。
「おまえ、もう弁当作るの止めたら?」
あたしは泣きじゃくったままだ。
「そんなにまで無理してんじゃん。これ作るのだって早起きしてるんだろうし、金だって相当かかってるんだろ?」
あたしはぬぐっていた手の間から、兵太を睨んだ。
金のことなんて言われたくない!
だが兵太は、そんなあたしの様子に気付かずに、さらに言い続けた。
「こんな事を続けて、意味あるのかよ?」
あたしは自分の弁当を床に叩きつけた。
屋上に弁当がブチまけられる。
もちろんキャビアも一緒にだ。
「アンタに、アンタにそんなこと言う権利なんて無いんだよ!アンタにあたしの気持ちが解るって言うのかよ!」
さらに喚き続ける。
「あたしは上を目指しているんだ!それなりの人生なんて嫌なんだ!だから出来る限りの事をやっているんだ!兵太ごときに、批判される筋合いは無いっつ!」
あたしはそのまま、屋上から出ていった。
兵太は後を追いかけて来なかった。
ちくしょう、もったいないことをした。キャビアだけ食べてからブチ撒ければ良かった……
この続きは3/4(月)に投稿予定です。
基本的に、月、水、金、土日のいずれか、に投稿したいと思います。




