やらかしの44
ここ、エゴワカの城では、第一王女が、その父である皇王に上申していた。
「父上、イデルをご諫め下さい!」皇都の王女「キシリアーナ」が父である王に進言する。
「一般の者を妃にするなど、王族の恥です。」
「うむ、しかし、イデルは儂が年老いて出来た子であるから、可愛くて仕方がないのだよ。」
「それは判ります、しかし、父上! ベカスカではイデルに献上するため、誘拐を行った者が捕縛されているのですよ!」
「ふむ、その話は聞いておる。なんでも精霊様のご加護を持った者が捕えたとか?」
「父上、危機感をお持ちください!」
「何をだ?」
「その賊は、その精霊様の加護を持った男の嫁を誘拐しようとしたのですよ!」
「キシリアーナ、お前の言う事も判る。」第一皇子のアデルが口を挟んだ。
「だが、所詮、下々の事ではないか、気に病むこともない。」
「ほっほっほっ、その通りだ、キシリアーナ、我ら皇族は蛇王ナーガ様に護られておる、何も心配いらん。」エゴカワの王「タジフ」が言う。
「しかし。」キシリアーナは尚も何かを言おうとする。
「姉上も心配性だなぁ。」第二皇子イデルがそれを遮って言う。
「しかし、精霊様の加護か~、俺、それを貰ってくるよ。」イデルが立ち上がる。
「何を言っているのです? そんな事、出来るはずがありません!」キシリアーナが叫ぶ。
「大丈夫だよぉ、ナーガ様の名を出せば、きっと譲ってくれるよ~。」へらへらと笑いながらイデルが言う。
「だって、僕皇子だよ、下々の者が僕の言う事を聞くのは当然だよね。」
「な、父上!」
「よいよい、イデル、好きにするがよい!」
「ち、父上、私は何があっても知りませんから。」
「おぉ、キシリアーナは心配性だのう。」
「はっはっはっ、父上、私も18番目の妻が欲しいのですが。」
「あぁ、アデル、好きな娘を選ぶが良い、儂が何とかしてやろう。」
「つ、此処まで腐って。」キシリアーナは小声で呟き、その部屋を後にした。
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数日後、ヤミノツウの華厳の店の前に、豪華な装飾を施した馬車が止まった。
その馬車から出てきた男は、飾ればいいだろうと言う程の宝石を全身に散りばめ、もはや悪臭としか思えない程の香水臭を漂わせていた。
そして、その男は華厳の店の扉を潜った。
「おい、ここに、精霊様の加護を受けた者がいるのだろう。」
「あの~、此処は食事処ですが。」華厳がカウンターから身を乗り出して言う。
「はっはっはっ、知っておるぞ、この店には精霊の加護を受けた男がいるのだろう。」
「いえ、ですから、此処は食事処です。」華厳が言う。
「はっはっはっ、良いのだよ、この僕に解らない事など無いのだから。」
「いえ、ですから、その臭い臭いで入ってこられたら困るんですよ。」華厳が奥から出てきて言う。
「な?」
「とりあえず、出てください!」華厳が威圧を込めて言う。
「な、いや、判った。」その男はすごすごと店の外に出る。
「え~っと、精霊様の加護を持った男は?」
「はぁ? ケイジ様ですか? そちらの孤児院にいらっしゃいます。」華厳はぞんざいに答える。
「おぉ、そうか。」
「おい、そこの者、ケイジとやらは何処にいる?」
「はぁ?何方さんで?」
「我はエゴワカの第二皇子、イデルである。ケイジと言う者を此処に連れてこい。」
「いや、俺がケイジだが。」
「おぉ、お前が精霊様の加護を持つ者か、苦しゅうない、我に差し出せ?」
「はぁ? 何を?」
「精霊様のご加護をだ。」
「紫炎、こいつ馬鹿?」
「はい、ケイジ様、精霊様のご加護は個人に与えられる物、譲渡など出来るわけはありません。」
「な、何処から声が?」
「聞こえたか? と言う事らしいから帰れ。」
「な、僕は皇子だぞ。」
「はぁ、だから?」
「下々の者は、僕が欲しい物を差し出す義務がある!」
「無いよそんなもの!」
「なぁ、皇子の僕に逆らうのか?」
「マスター、こ奴を屠って良いか?」指輪から現れてサランが言う。
「なぁ、美しい! お前、俺の下女にしてやるぞ。」
「はぁ、貴様のような下衆男、願い下げだ!」サランが語気を強めて言う。
「主、何を揉めているにゃ。」孤児院の奥からミーニャが出てくる。
「な、お前、獣人の奴隷も持っているのか、許す、僕に献上しろ。」
「はぁ? 主、こいつ殺って良いかにゃ?」
「いや、駄目だ。」
「何でにゃ?」
「俺が、殺る。」
「な、僕は皇子だぞ!」
「だから、なんだ!」
「つ、お前ら、僕を守れ!」
馬車から屈強な兵士たちが下りてくる。
兵士たちは、嫌そうな顔をして俺に剣を向ける。
「凄く嫌そうだな。」
兵士たちは無言で俺にアイコンタクトをしてくる。
「てい!」俺は先頭にいた兵士の胴を優しく殴る。
その男は、まるで自分から飛んだように後ろに跳び、壁までゴロゴロと転がって動かなくなった。
「うわぁ。」
「ひぎゃぁ。」
「どわぁ。」悲鳴を上げながらそこにいた兵士が全員四散する。
「な、な、なぁ。」イデルがその光景を見て尻餅をつく。
俺はイデルの前まで歩く。
「な、な、な、僕はエゴワカの皇子だぞ。」
「だから何だ?」
「僕を殴ると、蛇王ナーガ様が黙っていないぞ!」
「ナーガだと?」ヒドラが孤児院から出てきて言う。
「な、そこの女!ナーガ様を知っているのなら、この男に説明してくれ。」
「ご主人様、我より下位の者です。」
「だ、そうだ。」
「な、僕は皇子だ。」
「さっきも聞いた、だから何だ?」
「僕は偉いんだ、だから僕を敬え。」
俺はイデアの頬を思いっきりはった。
「スパ~~~~ン!」
「なぁ、僕を殴ったな!」
「だからどうした。」そう言いながらもう一度はる。
「スパ~~~ン!」
「はうぅ。」
「なぁ、金をやる!」
「スパ~~~ン!」
「僕の部下に取り立てて。」
「スパ~~~ン!」
「あの、許してください。」
「スパ~~~ン!」
「あうぅ。」
「スパ~~~ン!」
「ぼくは」
「スパ~~~ン!」
「かんべんじでくだざい!」
「スパ~~~ン!」
「おでがいじばず!」
「スパ~~~ン!」
「・・・」
「スパ~~~ン!」
「僕が悪かったでず。」イデアがボロボロになって言う。
「おぉ、やっと判ったか。じゃぁ、これからが本番だ。」俺はそう言うと、平手を拳骨に変えてイデアに制裁を加える。
「あが、やめてくだざい!」
「俺の嫁に暴言を吐いた罪、きっちりと償ってもらう!」
俺はイデアを死なない程度にぼこぼこにした。
ふと気付くと、イデアの護衛が集まって来てる。
「お前たち、後は俺の問題だから、気にしなくていいぞ。」
「ありがとうございます。」さっき俺が殴った兵が元気よく言って、馬車に乗り帰っていく。
「無理やり連れて来られていたんだな。」
「そのようですね。」ヒドラが俺の横で言う。
「どうやら、エゴワカに行って、皇王と話し合いをしないと駄目なようだな。」
「えぇ、ご主人様、そのようです。」ヒドラが妖艶な眼差しで俺を見て言う。
「こいつを見る限り、どうしようもない奴だろうな。」
「はい、そう思います。」ヒドラが姿を作りながら言う。
「ケイジ様、この私もその者の態度は腹に据えかねました。」
「おぉ、イース、何時からそこにいた?」
「ケイジ様が、その男に制裁を加える所からです。」
「ふぅ。」俺はため息をつく。
そして、イデアを虚無の部屋に入れて言う。
「さて、エゴワカに行くか。」
「ご主人様、我もご同行させて下さい。」
「おぉ、ヒドラ、大丈夫だよ。」
「いえ、是非!」
「ケイジ様、我も是非!」
「イースもか?」
「ふぅ、まぁ良いか。紫炎、エゴワカまではどの位だ?」
「6跳躍です。」
「なんだ、近いな。」俺はヒドラとイースを虚無の部屋に入れて跳ぶ。
「今回は、気分が悪いな。」
「お察しします!」
「紫炎って、人間臭いな。」
「・・・」
一刻後、エゴワカの門の前に着いた。
高い壁が国の周りを取り囲み、その中に入るには、要所にある門で受付が必要らしい。
「壁を越えても良いんだけどな。」俺が言う。
「ケイジ様が、この国に来たと言う証を残すため、必要です。」
「紫炎がそう言うなら。」
俺は、門の前の列に並んだ。
半刻程で俺の番になった。
「身分を証明するものは?」衛兵が言う。
俺は、ギルドカードを渡す。
「おぉ、ベカスカのギルドカードか。」
「そう言いながら、衛兵が端末にカードを通す。」
「な、Aランク?」
「なに?」
「そんな奴がいるのか?」
周りにいた衛兵たちがざわついた。
「もう良いか?」
「あ?あぁ、すまない、初めて見たもんで。」
「あぁ。」
「この国に入る目的はなんだ?」
「あぁ、皇王に会いに来た。」
「え?」
「ん?」
「皇王様に?」
「あぁ。」
「ちなみに聞くが、アポは?」
「皇王様から、招待状が届いたんだ。」
「おぉ、それは素晴らしい。」そう言いながら衛兵は俺にカードを返してきた。
「良き旅を。」衛兵は凄く良い笑顔を俺に向けて敬礼する。
「ありがとう。」そう言いながら俺は思う。
(招待状は、第二皇子の変わり果てた姿だがな。)
「さて、皇王の城に行く前に腹ごしらえをするか。」そう言ってヒドラとイースを虚無の部屋から出す。
「おぉ、本当に一瞬なのですね。」イースが目を輝かせながら言う。
「実際には、一刻過ぎているけどな。」
「ご主人様の御力は、我らの常識を超えております。」ヒドラが傅いて言う。
「おい、目立つからそう言う事するな。」
「も、申し訳ありませんご主人様。」
「まぁ、何か食うか。」俺が言う。
「さて、腹ごしらえも良いが、此処は何が美味いんだろう?」
「そこのお姉さん、腹がへってるんだけど、お薦めある?」
「おや、他所の方かい? この時期なら芋が良いよ。」
「芋?」
「あぁ、芋が美味いよ。」
「何言ってるんだ、この季節なら鰻だろう!」横の男が言う。
「あぁ、何言ってるの、この季節なら芋でしょう!」
「いや、この季節だからこそ鰻だ!」
「あ~、解った、芋と鰻だな、両方食ってみるよ。」
「おぉ、兄ちゃん、話が分かるな、鰻を食ったら精力びんびんだぜ!」
「ははは、おぉ、屋台の看板に芋と出ているな。」
「ここは何が食えるんだ?」
「おぉ、芋の天ぷらだ。」
「一人前いくらだ?」
「3000Bだ。」
「はぁ?」
「悪いな、兄ちゃん。この都市は税率が80%なんだ。」
「何だそれ?」
「1年前に今の皇王が着任してから、そうなったんだ。」
「おいおい、リコールしても良いんじゃないか?」
「先代の皇王が俺達の権利を保証してくれたから、誰も疑問に思わないんだ。」
「つまり、おやじさんはおかしいと思ってる?」
「あぁ、城の衛兵たちも蜂起の理由を探している。」
「よ~し、俺が皇王を沈めてくるから、その時はサービスしてくれ。」
「な、兄ちゃん大きな声でそんなこと言うと拘束されるぞ!」
「ご主人様を拘束?」
「マスターを拘束?」
「おわぁ、何処から涌いた?」おやじがサランを見て言う。
「私を蛆扱いするか?」
「まぁ、待てサラン、おやじさん、驚かせて悪かったな、4人分くれ。」
「あ、あぁ。わかった。」
「カードは使えないよな?」
「いや、支払が高額だから簡易端末がある。」
「これ使えるか?」俺はギルドカードを渡す。
「おぉ、ベカスカのカードか、大丈夫だ!」
「んじゃ、決済頼む。」
「おぉ、ありがとうな、って、Aランク?」
「あぁ、そうらしい。」
「マスターは、その程度のランクでは到底ありえない。」
「おや、気が合いますね、ご主人様がその程度のランクの訳はありませんわ。」
「いや、ギルドのランクは、こなした仕事によって決まるんだから。」
「俺は、そこまでこなしてないよ。」
「何をおっしゃいます、ご主人様、聞いておりますよ。」
「ん?何をだ?」
「私を含む、魔王9人を配下に置き、3人を屠ったと。」
「ななな、魔王?」屋台のおやじが腰を抜かす。
「あら、大丈夫ですよ、私はここにいるケイジ様に身も心も捧げましたので、貴方たちに危害は加えませんわ。」ヒドラが凄くいい笑顔で言う。
「我もだ。」イースも胸を張って言う。
「な、魔王が二人?」
「マスターはお優しいからな。」
「な、まま、まさか、サラマンダーの生体様ですか?」サランを見て何かを気付いたように屋台のおやじが言う。
「ん? あぁ、そうだ。」
「あ、あの、お代はサービスします。」そう言いながら屋台のおやじが俺にカードを返してくる。
「いや、ちゃんと決済してくれ。」俺は、カードを戻す。
「いや、でも。」
「俺は、そういうのは嫌なんだ。」
「・・・では、ありがたく。」そう言いながらおやじさんが端末を操作する。
「んじゃ、いただくか。」
「ヒドラ、イース奉納はいるか?」
「いえ、いりません。」
「私もです。」
「んじゃ、サランに奉納を。」
「マスター、ありがとう。」
「どれ。」俺は芋の天ぷらを口にする。
サクッ!ホクホク!そして口に広がる素朴な甘さ。
「おぉ、懐かしい味だな!」
「ご主人様、美味しいです。」
「ケイジ様、これはなかなか!」
「マスター、熱燗が欲しくなる。」
「おぉ、皇王を潰したらもう一回来ような、サラン。」
「はい、マスター。」
「鰻は、皇王を屠った後にするか。」
「御意。」
「とりあえず、皇王の処に行こう。」
「はい、制裁のお時間ですね。」ヒドラがニコニコして言う。
「及ばずながら、私もお力をお貸しいたします。」イースも楽しそうだ。
「皇王、詰んだな。」俺は思う。