やらかしの32
サランを従えて店に戻ると、まず、ムーニャが反応した。
「サランお姉さま。」
「あぁ、ムーニャ。」
「ケイジ様のお許しを頂けたのですね。」
「えぇ、マスターは私を再び受け入れて下さいました。」
「あぁ、流石主様です。」ムーニャが祈りのポーズをとる。
サランはムーニャの手に両手を添えた。
「ただいま。」
「お帰りなさいです。」
ムーニャは、サランを、少し悲しそうな笑顔で抱きしめた。
サランも、そんなムーニャを優しく抱きしめる。
少しすると、カリナやミーニャもサランの元に集まる。
「主様のために一緒に励みましょう。カリナが良い顔で言う。
「あぁ、勿論だ。」
「ミーニャは嬉しいにゃ。」
ミーニャも少し悲しそうな顔をして、破顔の笑顔でサランを抱きしめた。
「あぁ、少し小腹がすいたな。華厳、米はあるのか?」
「米ですか?」
「あぁ。」
「米とは?」
「無い反応だな。」
「すみません、どのような物か理解できません。」
「暑い季節が終わるころに、金色の穂を付ける植物の白い種子だ。」
「おぉ、ライシーの事ですか。」
「ライシー?」
「いつも賄いで焚いております。」
「え?」
「これです。」そう言いながら華厳がお櫃に似たものを俺に差し出す。
俺はそれを受け取ると、かかっていた布をとる。
「おぉ、これだよ。」
それは、俺が求めていた物、まさに御飯だった。
「華厳、厨房を借りるぞ。」
「御意。」
俺の言葉で、ムーニャと、いつの間に戻ったのかアヤが俺の傍に来る。
華厳も、俺の手元が見える場所に移動している。
俺は、厨房に入ると葱に似たものを手に取り、そこにあった包丁でみじん切りにする。
「ふわぁ、主様、凄い技量です。」
「え?普通だろぅ。」
そう言いながら、俺はチャーシューを1cmにカットするとフライパンに入れ、強火で焦げ目をつけた。
「ケイジ兄さま、すごく良い匂いです。」
「おぉ。食欲をそそるよな。」
そう言いながら、俺は溶き卵をフライパンに流し入れた。
『ジュワー~~。』食欲をそそる音を上げながら、卵が固まっていく。
「んで、このタイミングで、ライシーと葱を投入する。」
ライシーが卵に絡みながらばらけていく。
「短時間勝負だな。」
俺はそう言うと、塩と胡椒をライシーに振りかけ、おたまでライシーをかき混ぜながら、鍋を振る。ライシーが良い状態になったので、醤を鍋肌に回し入れる。
醤は鍋を伝いながら、香ばしい匂いを上げて泡になる。
俺はそのタイミングでフライパンのライシーを醤に絡ませる。
「良し、完成だ。」スプーンで味見をして、味に納得して言う。
俺はそれを皿におたまを使って丸く盛る。
「サラン、腹減ってるだろう?サランに奉納を。」そう言って、サランの前に出してやる。
サランは少し固まったが、気を取り直して言う。
「あぁ、いただきます。」そう言ってサランがスプーンでそれをすくい、口に入れる。
「つっ。」そのままサランは涙を流す。
「え?サラン姉さま?」ムーニャがオロオロする。
「マスター。」
「何だ?」
「とても美味しい。」
「そうか、良かったな、いっぱい食べろ。」
「はい、マスター。」そう言うと、泣きながらサランはそれを口にする。
「あの、主様。」
「ケイジ兄さま。」
「何だ?」
「「私も食べたいです。」」
「おぉ、良いぞ。」そう言うとさっきと同じように皿におたまで丸く盛って二人の前に出してやる。
「あ、あの、ケイジ様。」
「なんだ、華厳も食いたいのか?」と言ってもう一皿作り、華厳に渡してやる。
「ありがとうございます。」
三人はそれを口に入れる。
「な、主様、美味しいです!」
「ケイジ兄さま、初めての味です!」
「ケイジ様、これは、売れます。」
「あぁ、本当は鶏がらスープなんだけどな。」そう言いながら豚骨スープに少し生姜のかけらを入れ、チャーシューの煮汁を入れたものを、小さいどんぶりに入れ、葱を散らしてみんなの前に置いた。
「口直しだ、合間に飲んでみてくれ。」
「あぁ、口の中が、クリアになってまたライシーの味を楽しめます。」ムーニャがうっとりとして言う。
「同じものからの派生が凄いです、流石ケイジ兄さまです。」
「ケイジ様、是非売らせてください。」
「主、ミーニャも食べたいにゃ。」
「旦那様、何時までおあずけすれば、食べさせていただけますか?」
「ケイジ様、お昼の賄はそれが良いです!」
「おぉ、お前もたまにはいい事言うな。」
「さっきの匂いだけで、もう腹がやばい事に。」
「華厳、今日はラメーンもライシーもを売る事を諦めろ。」
「え?ケイジ様?」
「全然足りないよ。」
「ぎ、御意。」
「売るためには、安定した供給を考えないとな。」
「分かりました。」
その後、俺は賄いで同じものを作った。
その際、ムーニャやあや、そして華厳も一緒に食っていたが、気にしないでおこう。
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次の日の朝、俺は孤児院の農園を手伝っていた。
俺がこの土地を買ってから、畑の面積を3倍にし、奥の方に養鶏場らしきものも作った。
周りを柵で囲っただけで、林檎や、山葡萄、その他の樹木に果樹がなる木をその中に植えたものだ。
それ以外に、芋や豆、季節ごとの葉物をローテーションで栽培できるようにした。
また、少し狭いが、牧場も作ることが出来た。
主に豚を飼い、羊も数頭飼育している。
そのうち、肉牛も飼育したいと思っている。
「ふぅ、今日も良い汗かいたな。」
「はい、ケイジ兄さま、そろそろ店の方に戻って昼食の用意をしないと。」あやが俺の傍に来て言う。
「あぁ、もうそんな時間か。」
「はい、ケイジ兄さま。」あやがニコニコしながら言う。
「今日もケイジ兄さまの賄が楽しみです。」
あー、なんか餌付けしちまった気がする。
今日は何を作ろうか、と思いながら、華厳の店に帰ると、イースが待っていた。
「ケイジ様、疫病の原因が分かりました、ヒドラ様がお待ちしております。」
「おぉ、そうか。」
「御意。」
「華厳、ちょっと行ってくる。後を頼む。」
「仰せのままに!」
「え~、ケイジ兄さま、賄いは?」
「あや、分かってるんだろう?」
「でも~。」
「華厳、シャオマを作ってやってくれ。」
「はっ。」
「う~、ケイジ兄さまのいけず。」
「あやは、シャオマ好きだろう?」
「う~、好きだけど、ケイジ兄さまが作る方が好きだもん。」
俺は、アヤの頭に手を置き、ワシワシと撫でる。
「行ってくるな。」
「行ってらっしゃい。」ぷぅっとほほを膨らませながら、アヤが言う。
俺は、アヤの顎を指で持ち上げ口付する。
「ふえっ。」
「ふふふ、可愛いぞ。」俺はアヤを見て微笑む。
アヤは頬を赤くしながら、自分の唇を両手で押さえていた。
「では、イース、行こうか。」
俺は虚無の部屋をヒドラの謁見の間に繋ぐ。
「え?」驚くイースに言う。
「行くぞ。」
「え、あ、ははぁ。」そう言いながらイースが俺に続く。
「おぉ、ヒドラ、疫病の原因が分かったらしいな。」渡った先のその場にいたヒドラに俺は声をかける。
「な、おぉ、ケイジ様、流石でございます。」
「ケイジ様、お見事でございます。」イースがかしづく。
「いや、そう言うのは良いから、簡潔に要点だけ報告しろ。」
「は! やみのうつに蔓延している疫病なのですが。」
「うん。」
「媒体者は我が配下、25位の回遊ウヨチクハであることが判明いたしました。」
「おぉ、それはまずいな。」
「で、ウヨチクハはどうした?」
「隔離いたしました。」
「そうか。」
「しかし、ウヨチクハはどこで感染したんだ?」
「にわかに信じがたいのですが、オークの感染者から伝染したようです。」
「何だと?」
「ヒドラ、ウヨチクハは鳥の魔物か?」
「え? はい、その通りです。」
「インフルエンザか。」
「え? それは?」
「ごくまれに、豚型の生物から、鳥型の生物にインフルエンザ菌が感染することがあるんだが、それは人にも感染して、深刻なダメージを与えると言われているんだ。」
「なんと。」
「今回の原因はそれらしいな。」
「ケイジ様、対応はどうすれば。」
「ワクチンだ。」
「ワクチン?ですか?」
「いや、駄目だな、この世界ではワクチンなんか作れない。」
「感染して、回復した者の血液を・・いや、駄目だ。」
「感染した者を一か所に集めろ。」
「は。」
「その場所を俺に示せ。」
「え?」
「聞こえなかったか?」
「いえ、仰せのままに。」
「今すぐ対応しろ、数日中に解決する。」
「はは。」
「ふふ、忙しくなりそうだ。」そう思いながら、ヤミノツウの疫病騒動が鎮まることを確信して、俺はいつしかにやけていた。
「なんか、食い物がメインになってないか?」
「いえ、ケイジ兄さま、気のせいです。」
「アヤ、目が輝いているが?」
「気のせいです。」
「そうです、気にしたら負けです。」
「ムーニャも妙にテンションが高いな。」
「気のせいです。」
「そう言えば、新しい調理法が。」
「「それはどのような?」」
「食いつきが凄いな。」
「き、気のせいです。」
「そ、そうです、ケイジ兄さまのご飯が美味しいだけです。」
「いや、駄々洩れだよ。。」
「・・・まぁ、良いけど。」