やらかしの30
ヤミノツウで10日ほどが経過した。
俺達は、孤児院で寝泊まりして、昼間は華厳の店に入り浸った。
華厳は熱心にパオの皮を作っている。
その横には、すっかり元気になった孤児が数人、華厳に教えを請い、パオとシャオマの皮作りに励んでいる。
「ケイジ様、海老パオの試作が出来ました。」
「おぉ、どれどれ?」
「華厳は食べてどう思った?」
「いえ、まだ食べていません。」
「ん、何でだ?」
「ケイジ様に最初に食べて頂こうと思いまして。」
「ほぉ、俺を毒見役に使うのか。」
「な、いえ、め、滅相もありません。」
「味見もしない物を、俺に食わせるんだ。」
「いや、お待ちください、ケイジ様。私が試食を致します。」
そう言うと、華厳は出来たての海老パオを口に入れる。
「熱い!」
「いや、そりゃそうだろう。」
「いえ、こ、これは。」華厳がうっとりとする。
「ん?」
「こ、これは至福。」
「今までのパオと違い、海老の旨味と香りが鼻から抜けていきます。」
「ほぉ。」
「ケイジ様、これは絶対に売れます!」
「おぉ、では俺も食わせてもらうよ。」そう言って海老パオを頬張る。
溢れ出る肉汁と海老の香りが鼻に抜ける。
「おぉ、マジで美味いな。」
「ケイジ様、シャオマと海老パオで、ヤミノツウは私達の天下です。」
「おぉ、それはよかった。」
「しかし、華厳。」
「は、何でしょうケイジ様。」
「お前は、ラメーンを作らないのか?」
「いえ、ケイジ様、ラメーンの麺を打つことは出来るのですが、ルズイやノサの味に到達できないのです。」
「ん?それは味でか?」
「麺は負ける気がしません。」
「ほぉ。」
「しかし、スープが判らないのです。」
「スープ?」
「醤味なのに薄い、まるで塩のようなスープなのです。」
「成程。」
「ケイジ様?」
「別路線で攻めようか。」
「え?どのような?」
「オークの骨付き肉はあるか?」
「はい、冷蔵倉庫に。」
「良し、それを30分煮込め。」
「え?煮込むのですか?」
「あぁ、煮込んだらお湯は捨てて、血合いやごみを取り除くんだ。」
「はい、仰せのままに。」
「終わりましたケイジ様。」
「よし、骨を叩き割れ。」
「え?」
「粉々にしていいぞ。」
「はい、仰せのままに。」、
「ついでだ、チャーシューと煮卵も仕込むか。」
「ケイジ様、チャーシューと煮卵とはどのような物なのでしょうか?」
「良し、華厳、今からやることを見て覚えろ。」
「はっ。」
「まず、オークの胸肉をキュッと丸めて糸で縛る。」
「そして、縛った肉に塩と胡椒を刷り込む。」
「成程。」
「そして、全体を油で焦げ目がつくまで焼く。」
「おぉ、肉汁を閉じ込めるのですな。」
「そして、その肉を重曹を大匙一杯溶かしたお湯で10分煮る。」
「たった10分?」
「これだけで良いよ。」
「さて、さっき砕いた骨と、この巻いた肉を鍋に入れて、玉葱や大蒜、人参や香草を入れて1時間煮込む。」
「ケイジ様、一時間とは?」
「一刻だ。」
「御意。」
「ケイジ様、仰せのままに煮込んでおりますが、何やら白濁してきました。」
「おぉ、良いな、乳化が進んでまさに豚骨スープだ。」
「豚骨?」
「おぉ、気にするな華厳。」
「どれ?」俺はそう言うとその鍋のスープをおたまですくう。
そしておたまから小皿に取ると、そのスープを口に含む。
「ふむ、まぁまぁだな!」
「おぉ、ケイジ様、これは美味い。」同じようにスープを口に含んだ華厳が言う。
「ノサやルズイと一線を引く味だ、これなら売れるな。」
「はい。」
「で、その間に卵も用意するか。」
「卵ですか?」
「あるか?」
「はい、賄いようですが。」
「充分だ。」
「ん、常温だな、それならこのままで良いな。」
「ケイジ様、常温とは?」
「おぉ、華厳、今いるこの場所の温度だ。」
「ほぉ。」
「卵は温度の低い所に置けば長持ちするんだ。」
「おぉ、そうなのですか?」
「あぁ。」
「で、卵の太い方に、尖ったもので穴をあける。」
「それは?」
「あぁ、茹でた後、殻を剥き易くするんだ。」
「なるほど。」
「で、水の中に卵を入れて、沸騰するまで待つ。」
「はい。」
「沸騰したら5分そのまま置いて、即冷水で冷やす。」
「おぉ、魔法を使うのですね。」
「便利だな、魔法。」
「御意。」
「冷めたら、殻を剥く。」
「おぉ、剥き易いですな。」
「つるんつるん行くな。」
「全て剥き終わりました。」
「別の鍋に、さっき煮込んだ肉を入れて、醤と酒、味醂、砂糖を適量入れて、ひたひたになるように水を加えて半刻ほど煮込む。」
「はい。」
「で、本当なら一晩寝かせて冷ますんだが、此処は俺が魔法で冷やす。」
「おぉ、一瞬で。」
「本当なら、冷めていく行程で、味がしみ込むんだけどな。」
「此処に卵も入れる。」
「はい。」
「華厳。今日はここまでだ。」
「は。」
「鍋ごと、涼しい場所に置いておいてくれ。」
「御意。」
「ま、今日はここまでだな。あぁ、華厳、すまないが、明日の朝、ラメーンの麺を作っておいてくれ。」
「はい、仰せのままに。」
「宜しくな。」
「ケイジ様、どちらに?」
「ヒドラの所に行ってくる。」
俺はそう言うと、ヤミノツウのヒドラの居城に赴いた。
入り口の魔族は、俺を見ると最敬礼をして、中に通してくれた。
「おぉ、ケイジ様、御尊顔を拝見出来、至極でございます。」
「あぁ、ヒドラ、世辞は良い。進展はあったか?」
「いえ、申しわけありません、未だ疫病の原因は掴めません。」
「そうか。」
「でも、孤児の保護は順調です。」
「おぉ、そうか。」
「健康な者には、適した労働を与え、病んだ者には治療を与えております。」
「ヒドラ、俺を病んだ者の収容施設に連れていけ。」
「な、は、ケイジ様の仰せのままに。」
「わ、私がご案内いたします。」
「おぉ、イースと言ったか。」
「はっ。」
「よろしく頼む。」
「は、勿体ないお言葉。」
「では、案内頼む!」
「ははぁ。」
俺達はヒドラの居城を出て、数分歩く。
少し大きな屋敷に着いた。
「此処に居る者は、何らかの疾病を持っております。」
「そうか、案内御苦労。」俺はそう言うと、その屋敷に入る。
「な、其処のあなた、此処に入ってはいけません。」
修道女らしき者が俺の前に来て言う。
「此処に居る者は、伝染する不治の病を持った者達です。」
「でも、貴方達は面倒を見ているではないですか。」
「私達は精霊様にこの命を捧げました。」
「ですから、死は精霊様にこの命を捧げる事です。」
「おぉ、俺も精霊様に加護を貰っているんだ。」
「はい?」
「だから、今此処で苦しんでいる奴らを助ける。」
「貴方が何を言っているのか理解できません。」
「あぁ、良いよ、俺はケイジ。精霊様の加護を貰った者らしい。」俺は笑いながら頬を掻く。
そして、館の中に入って唱える。
「ラ・ヒール!」
あちこちで、自分の病気が治った報告が上がる。
「おぉ、一発だな。」そう言うと俺はその館を出て、ヤミノツウに虚無の部屋を繋いだ。
「け、ケイジ様。」
「ん~?」
振り向くと先程の修道女がその場でひれ伏している。
「貴方こそ精霊様の伝道者です。」
「いや、違う。君の信仰心が起こした奇跡だ。」
面倒だと思った俺は咄嗟に口から出まかせを言った。
「おぉ。」
「私がですか?」
「おぉ、きっとそうだ、精霊様も祝福しているぞ。」
「あぁ、何と言う至福。」
「おぉ、良かったな。」
俺は虚無の部屋に逃げた。
その後、其処にいた女が精霊教なんて言う、邪教を立ち上げたのは俺の知った事じゃない。
「知った事じゃないってば。」
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