やらかしの164
「帰るか。」俺はそう呟いて、虚無の窓を潜る。
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「おぉ、ケイジ、先にやっているぞ!」
「ケイジ、今日は私の奥さんも来てます。」
「おぉ、バランに、ガラン、それとガランの奥さんか、お久しぶりですね。」
「んもう、私の事は名前で呼んで下さらないのですか?」ガランの奥さんが拗ねた顔で言う。
「え?」固まる俺。
「あれ?」同じように固まる奥さん。
「あはは。」苦笑いをするガラン。
「わはは、確かターニャと申したか?」
「まぁ、バラン様もお久しぶりですね。」
「あ~、お名前を初めて聞きました、ターニャ様、お久しぶりです。」俺は頭を下げる。
「え? あら?」ターニャさんが狼狽える。
「ははは、確かに、名乗っていなかったね。」ガランが言う。
「あら~。」ターニャさんが顔を真っ赤にする。
「ははは、まぁまぁ、よろしいではないですか。」俺はそう言いながら席に着く。
「ほほほ、お恥ずかしい。」
「ははは、宜しくお願い致します。」
「そう言えば、以前頂いた食器類は、我が家の家宝にいたします。」
「いや、いや、是非使ってください、食器は絵画や彫刻ではないのですから。」
「はっ、そうですね!」
「わははは、和んでいるな、お前達。」
「ははは、バラン、俺は一仕事終えて疲れているから、飲みは無しだ。」
「むぅ、つまらんな。」
「おい、俺に上天丼セットをくれ。」其処にいた店員に言う。
「はい、承り、上天丼セット1入りました。」
「上天丼セット1承り!」
「ケイジ、上天丼セットとはなんだ?」
「あ? どんぶりによそったライシーに天汁をいい塩梅に振りかけて、油で揚げた天ぷらを天汁に潜らせて乗せた物だ。」
「なんと、聞いた事が無いメニューだぞ。」
「そうか? あそこに書いてあるじゃん。」俺は壁のメニューの端っこを指さす。
「ぬを、気付かなかった、我にも其れをよこせ。」
「はい、上天丼セット一個追加で。」
「はい~、承り~。」
「あの、私にもそれを。」ターニャさんが店員に声をかける。
「はい、更に上天丼セット一個追加で。」
「はい~、承り~。」
「すまない、私にもくれ。」ガランも言う。
「はい、上天丼セット一個追加で。」
「はい~、承り~。」
「おいおい、まとめて注文してやれよ。」
「いえいえ、大丈夫ですよ!」華厳が厨房の奥で言う。
「お待ちどうさまでした!」イロハ達が天丼セットを持ってくる。
「おぉ。」
「これが?」
「天丼と言う物なのですか?」
「あれ? 天ぷらは教えましたよね。」
「あの時は、天ぷらの食べ方を教えて頂けなかったので、普通に塩や醤油をつけて食べていました。」
「あれぇ?」
「え?」
「俺、天つゆを教えませんでしたっけ?」
「いえ? 多分ないかと。」ガランの奥さんが答える。
「いや、一寸待ってください。うどんの汁を教えましたよね。」
「はい、其れなら。」
「それを少し濃くしたのが天つゆです。」
「あら~。」
「いや、でも、其れを天つゆに流用できるとは言っていなかったような。」俺が思う。
「わはは、この甘辛いタレが良いな!」空気を読まずにバランが言う。
「えぇ、ライシーに染みたタレがたまりません。」ガランもそれに答える。
「うふふ、このボッタンエビは尻尾も食べられるのですね。」ターニャさんも俺を気遣ってくれている。
「ケイジ、毎回思うんだが、付け合わせが料理によって違うんだな。」
「おぉ、流石はバランだ、それに気づくとは。」
「わはは、伊達に国王をやっていないぞ。」
「そうか、それは漬物と言う物だ。」
「漬物?」
「あぁ、主に野菜を、色々な発酵素材で漬け込んだ物だ。」
「ほぉ、我はこの胡瓜の漬物が好みだ。」
「おぉ、バランは、胡瓜の糠漬けが好きか!」
「おぉ、塩加減がたまらん。」
「ははは、良かったな。」
「ケイジ様、ダイコとナースの糠漬けは、どこで手に入るのですか?」ターニャさんが暴走気味に言う。
「ははは、お気に召しましたか?」
「はい、あの塩加減と食感、至極です。」
「ターコ、少し抑えて。」
おぉ、ターニャさんの愛称はターコか、いつかガランをそのネタで虐めてやろう。(俺は密かにそう思った。)
「実は、知り合いのばばぁ、ではなくて、知り合いの漬物職人が俺に納品してくれています。」
「おぉ、それは羨ましい。」
「よろしければ、いくつかご用立ていたしましょうか?」
「あら、よろしいの。」
「はい、勿論です。」
「では、今持っている者の明細をお渡ししますね。」
「はい。」
沢庵、梅干し、高菜漬け、野沢菜漬け、糠漬け(キュリ、ナース、ダイコ、ニンジ、カーブ、ウーリ)、味噌漬け(糠漬けと同じ)、麹漬け(糠漬けと同じ)、醤漬け(糠漬けと同じ)、ハクサの塩漬け(白菜の漬物)、ラッキョ(ラッキョウ)、七種漬け(福神漬け)、蕪漬け(千枚漬け)、ナースのシーソ漬け(シバ漬け)、干しキュリ漬け(胡瓜のキュウチャン)、キャベの酢漬け(ザワークラフト)、キュリの酢漬け(ピクルス)
「あら、あら、あら。」ターニャさんが、嬉しそうに微笑む。
「全部下さい。」
「はい?」
「全部下さい。」
「はぁ、ガラン、良いのか?」
「え? あぁ、良いぞ。」
(今、明らかに動揺したよな。)
「一樽づつなら、3Gで良いぞ。」
「え? それだけでいいのですか?」
「あぁ、所詮野菜を加工した物だからな。」
「い~え、ケイジ様、野菜が持っている潜在能力を開花した物です!」
ターニャさんが怖い。
「えぇ、その通りですね。」俺は、無難な事を答えた。
「時間が止まるマジックバックはお持ちですか?」俺が聞くと
「はい、大丈夫です。」ターニャさんが満面の笑みで答えた。
俺は、全種類の漬け物を取り出すと、其れとは別に糠漬けの樽を取り出した。
「ターニャ様、この樽は糠漬け用の樽ですが、屑野菜の漬け込みまでは終わっている物です。」
「あらあら。」
「色々な野菜を漬け込んで下さい。」
「素敵な贈り物です。」
「毎日、同じ人がかき混ぜてください。」
「あら、何でです?」
「人の手にはそれぞれ菌がいます。その菌が変わると、発酵が変わって漬物が美味しくなくなります。」
「あら、あら、それでは私が毎日かき混ぜましょう。」
「ターコ、大丈夫なのか?」
「ほほほ、この程度なら!」
「そうか。」
ガランは心配性だな。
「で、ケイジ。」
「ん、何だバラン?」
「また、厄介な奴が現れたらしいな。」
「おぉ、耳が早いな。」
「ふっ、国王をなめるなよ。」
「黄泉に、死者の国からの脱出者を何とかしろと言われた。」
「え?」バランがフリーズする。
「け、ケイジ様、黄泉とは?」ガランが顔色を悪くしながら聞いてくる。
「で、伝説に出てくる、あの黄泉ですか?」ターニャさんが震えながら聞いてくる。
「伝説かどうかは知らないが、閻魔の使いだと言っていたぞ。」
「で、仕方ないから、その依頼を受けた。」
「お前、まさか今の調子で受けていないよな?」バランが言う。
「え? 勿論、同じだ。」
「「「あぁ~。」」」3人が頭を抱えた。
「お前、なんちゅう奴と対等に話してるんだ!」
「え? 見た目中学生ぐらいの女の子だったぞ、バラン。」
「ちゅうがくせいが、何だか知らないが、それは我らとは違う存在だ。」
「へぇ~、そうなのか?」
「いや、ケイジ、お前、良く生きていたな。」バランが驚愕する。
「ん? なんでだ?」
「黄泉様にその態度を許される存在だと言う事なのですね。」ガランが俺に平伏する。
「え~、普通の女の子だったぞ。」
「ほほほ、ケイジ様が黄泉様と同じ存在だと言う事なのですね。」ターニャがその場で土下座する。
「ちょ、止めてください、バランもガランもターニャさんも、普通に接してください。」
「ははは、ケイジ、それがお前の望みなら。」
「善処しましょう。」
「ほほほ。」
ちょ、ターニャさん、セリナ(お義母)さんと同じ反応は止めてください。
「わははは、今日の所は天丼を堪能しよう。」バランの一言でその場は収まった。
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幽霊の少女を滅してから、数日が過ぎた。
あれ以来、おかしな事は起こっていない。
―表面上は。―
俺は、歪な気を感じ取っていた。
「何だ、これは?」
「主様、どうしたにゃ?」
「ほほほ、ご主人様如何なされました?」
嫁さん達は、気が付かないようだ。
「マスター、これは?」
「あぁ、懐かしい気配だな。」