やらかしの116
「ケイジ様、終わりました。」ナギモが処理した内臓を前にして言う。
「うん、完璧だ。」
「おし。」ナギモがガッツポーズをするが、
「ガツの処理以外はな。」
「はぁ?」
「これじゃ食えない。」
「えぇ? なんで?」
「掃除が終わっていないよ。」
「えぇ。教えてもらった掃除をしたよ。」
「ごめん、ガツは掃除の仕方が違うんだ。」
「何それ。」
「マジで御免、そこまで行くと思わなかったから。」
「はぁ、んじゃ、今教えて。」
「おぉ、任せろ。」そう言いながらナギモにガツの掃除を教える。
「成程。」ナギモは海綿が水を吸うように、俺の教えを吸収していく。
「解った。」
「おぉ、ナギモは凄いな。」
「えへへ。」
「よし、モツを煮る前に、さっきナギモが掃除したモツの試食だ。」俺はそう言いながら、ナギモが掃除したモツを取り出すと、俺特製のタレを絡める。
「え? 何それ?」
「俺特製のタレだ。」そう言いながら、コンロに魔石を入れて起動する。
ブ~ンと言う起動音を発して、コンロが起動し、魔石部分が赤くなる。
「おし、網を乗せて。」俺は虚無の部屋からコンロ用の網を取り出し、コンロにのせる。
「んで、タレに絡めたモツを網にのせる。」
「じゅわ~。」良い音を出しながら、モツの油がコンロに落ちて良い匂いを漂わせる。
「うわぁ、ケイジ様、この匂いはやばい。」
「バハローだともっとやばいけどな。」そう言いながら俺は、網の上のモツをひっくり返す。
「おし、焼けた。」そう言いながら、タレを入れた小皿をナギモに渡す。
「え?」
「ほれ。」俺は、焼けたモツをナギモの小皿に入れてやる。
「え? え?」
「食ってみろ。」俺がそう言うと、ナギモは小皿のモツを指でつまんで口に入れる。
「ふわっ。」ナギモが変な声を出す。
「おぉ、どうした?」
「け。」
「?」
「ケイジ様、凄く美味い。」
「おぉ、良かったな。」
「ケイジ様、ナギモだけズルいです。」ランナー鶏を処理し終わった、ワトリたちが言う。
「あぁ、お前らも食って良いぞ。」
「やた。」ワトリ達もモツを食べる。
「ふわぁ。」
「ナギモのが掃除したモツは美味しいです。」
「ちょ。ケイジ様のタレが凄いんだよ。」
「ふえ? そうなの?」
「ケイジ様の処理したモツは、あたし以上だよ。」ナギモが叫ぶ。
「おい、ナギモ、流石に恥ずかしいぞ。」
「だって。」
「ふふふ、私から説明しましょう。」エスが良い顔で言う。
「何を言うつもりだ?」
「ケイジ様は、肉屋が捨てていた処を食べられるようにした天才です。」
「エス、マジで止めてくれ、居たたまれない。」俺は両手で顔を隠す。
「でも、事実ですよね。」
「確かに、この町の肉屋も内臓は捨ててますね。」ナギモが言う。
「それを食べようと思ったナギモも凄いぞ。」そう言いながら、ナギモの頭を撫でる。
「食べられそうだと思ったんです。」気持ちよさそうな顔をして、ナギモが言う。
「ケイジ様の処理したモツも食べてみたいです。」
「え? まぁ、良いけど。」そう言いながら、モツを切ってタレに入れる。
「わ~い。」ナギモが皿に手を入れそうになるのを俺は止める。
「待て、待て、素手は止めろ。」
「なんで?」
「オーク肉には雑菌が多いからな、そう言いながらさっきから使っていた鉄の箸でモツを混ぜる。」
「ケイジ様、それなに?」
「箸だ。」
「はし?」
「あぁ、便利な道具だぞ。」そう言いながら鉄箸でモツを摘まんで網にのせる。
「おぉ~。」
「ケイジ様、教えてください。」
「あぁ、その前に箸を用意しないとな。」俺は虚無の部屋から、俺特製の箸を取り出す。
「これはお前たちにやるから、毎回洗って使うように。」
「は~い。」
「で、持ち方はこうだ。」俺は箸を持って見せる。
「え~っと、こう?」
「ナギモは覚えが早いな。」
「こうかな?」
「ネーカ、人差し指の位置が違う。」
「え? ひとさしゆびって何ですか?」
「そこからかぁ~。」俺は天を仰ぐ。
「人差し指は、これだ。」そう言って俺は指を立てる。
「何でですか?」
「あぁ、こうやって人を指さすからだ。」そう言いながらアルを指さす。
「あぁ、成程。」
「ナギモの手をよく見て見ろ。」
「はい。」
「ん。」ナギモは見やすいように手をだす。
「解った、こうですね。」
「そうだ、そしてこうゆう風に使うんだ。」俺は箸を使って出来ることをパフォーマンスする。
「お~。」
「成程。」
「これは、なかなか。」
「良いですねこれ。」
「ほれ、焼けたぞ。」そう言いながら俺が処理したモツを小皿に入れる。
「わ~い。」ナギモが真っ先にそれを箸でつかんで口に入れる。
「う!」ひとかみして目を見開いて硬直する。
「どうしたの、ナギモ。」シーヘが言う。
ナギモは網の上のモツを指さした。
「食べろって事?」そう言いながらシーヘは網の上のモツを上手に箸でつまんで口に入れる。
「はぁ?」シーヘも固まった。
「お前ら、どうしたんだよ、ナギモもシーヘもおかしな行動をして。」
「ネーカ、とりあえず食べてみようよ。」ワトリが言う。
「そうですね。」そう言いながら、ネーカとワトリもモツを口に入れる。
(これは、次元が違います。)
(ナギモの処理したモツは、孤児院で何度も食べました。)
(でも、今食べたこれは、同じものとは思われません。)
(ナギモが固まるのも分かります。)
「そろそろ煮込みを作っても良いかな?」俺が言うと、そこにいた4人が帰って来た。
「あの、見てても良いですか?」
「私も、見たいです。」
「是非、見学させて下さい。」
「傍にいたいです。」
「最後の発言は却下だ、でも見ても全然かまわないぞ。」
「わ~い。」
「私も、ケイジ様の料理を直接見るのは久しぶりです。」エスもじりじり俺の傍に来る。
(アルが、俺を睨んでるから、エスは近づかないでほしい。)
「いつも、やっている作業だ。」俺はそう言いながら虚無の部屋から材料を取り出す。
「今回は、冒険者に提供するから、根菜多めで。」
俺は、ダイコ、ニンジ、ゴボ、コンニャを虚無の部屋から取り出して下ごしらえを始める。
「ダイコは皮を剥いて、扇切りにする。」
「皮はきんぴらに。」
「ニンジは皮ごと乱切りに。」
「ゴボはたわしで洗って、乱切りにする。」
「コンニャは手で千切って、お湯で煮る。」
「で、モツはネギと生姜を入れて煮こぼす。」俺は魔導コンロを起動して、一口サイズに切ったモツを大鍋で煮始める。
「手が見えなかった。」
「何してるのか、全然見えなかった。」ワトリとナギモが言う。
「あれが、ケイジ様の普通です。」エスが良い顔で言う。
「モツが煮えたら、葱と生姜は捨てて、茹でこぼす。」そう言いながらモツを笊に空ける。
「そして、モツを再び鍋に入れて、生姜を追加で入れ、砂糖、酒、蜜酒、醤を入れモツがひたひたに浸かる量の水を入れて、弱火で煮込む。」
「お~。」
「この間に別の作業だ。」
「別の作業?」
「パオを仕込む。」
「パオ?」
「あぁ、エス、材料は揃っているか?」
「勿論です。」
「良し、材料を出せ。」
「はい。」エスは冷蔵庫からオークの肉と、キャベを取り出した。
「お前ら、1刻60B払うから手伝え。」
「あい。」
「良いよ。」
「見本を見せる。」俺はミートミンサーを机の箸に固定して、オーク肉をそこに入れてハンドルを回す。
「おぉ、お肉がひき肉になっていきます。」
「ここにある肉をひき肉にしてくれ。」
「はい。」
「ナギモ、ここにあるキャベを茹でてみじん切りにしてくれ。」
「はい。」
「エスは、パオの皮を量産!」
「はい。」エスはパオの皮をすごい勢いで作る。
「キャベのみじん切り出来たよ。」ナギモが言う。
「よし、それをひき肉と合わせて、塩胡椒と大蒜と生姜を摩り下ろしたものに、牡蠣を煮詰めたソースを入れて、良く混ぜ合わす。」俺は餡を作る。
「ナギモとシーヘとネーカは、パオの皮に餡を包むんだ。」俺は、見本を見せながら言う。
「解った~。」
「任せて。」
「モーマンタイ。」
「マスター、モツを煮込んだ鍋が干上がりそうだ。」
「おぉ、さし水をして、此処で味噌を入れる。」
「なんで。」
「更に、ここで葱の白い所とキャベツのざく切りを入れる。」
「どうして?」
「良い出汁が出るんだよ。」
「成程。」
「よし、この鍋は弱火で放置だ。」
「え?」
「最後に照り焼きの仕込みだ。」
「ワトリ、片栗粉は何処で手に入れた?」
「え、かたくりこって何?」
「え? 照り焼きはどうやって作ったんだ?」
「両面を焼いた後で、醤と砂糖で煮た。」
「あ~、なんちゃってか。」
「酷い。」ワトリが文句を言う。
「今から、本当の照り焼きを作ってやるよ。」俺はそう言って、ランナー鶏の肉の厚みを均等にする。
「何で切っちゃうの?」
「あぁ、火の入り具合を同じにするためにな。」
「そして、肉に片栗粉をまぶす。」俺はそう言いながらボールに肉を入れ片栗粉を入れて揉み込んだ。
「そして、皮を下にして焼く。」俺はそう言いながら、ランナー鶏の肉をフライパンで焼く。
「今のうちにタレを用意する。」
「え?」
「醤大さじ2、蜜酒大さじ2、酒大さじ2、砂糖大さじ1。」
「皮目が焼けたら、裏返して、余分な油を取って。」
「良い具合に火が通ったら、タレを入れて煮込む。」
「これで、照り焼きの完成だ。」
「え? え? 私の認識と違うんですけど。」
「そうなのか? 俺の照り焼きはこれだぞ。」
「味見して良いですか?」
「あぁ、良いぞ。」
「では。」ワトリは照り焼きを箸でつまむ。
「はぅ。」
(私の作る物とはレベルが違う。)
(私が作っていたものは稚拙な児戯。)
(なんて、なんて、高みにケイジ様はいるんだろう。)
「おい、大丈夫か?」その声で我に返る。
「意識を持っていかれました。」
「え~、嘘だろう?」ケイジ様が言うが、マジでやばい、それ程のレベルの料理だ。
「絶対に、私の物にする。」ワトリはそう思いながらそこに戻った。
「教えてください、ケイジ様。」
「え~、今やったのを見てたよな。」
「はい、でも片栗粉とは何ですか?」
「あ~、ダンシャから出来る物だけど。」
「ダンシャ?」
「本当は、カタクリと言う植物で作るんだけどな、ダンシャで代用品を作るんだ。」
「え? どうやって?」
「簡単だよ、ダンシャを摩り下ろす。」俺はダンシャをおろし金で摩り下ろす。
「それは何ですか?」
「あぁ、おろし金だ、俺が作った。」(間違っていないよな。)
「で、おろしたダンシャを布に入れて、水の中で揉み込む。」俺はボールに入れた水の中で布を強めに揉む。
「水が白くなってきました。」
「あぁ、これが片栗粉の元だ。」俺はダンシャの入った布を取り出す。
「それは、どうするんですか?」
「料理に使う。」
「ほえ~。」ワトリが変な声を上げる。
「で、これを数分置いておく。」
「おぉ、なんか上澄みの色が変わりました。」
「これは思いっきり捨てて、もう一度水を入れて洗い、再び放置。」
「んで、暫くしたら、また上澄みを捨てて、水を入れて洗う。」
「へぇ。」
「もう一回同じことをして、最後は一刻放置する。」
「おぉ、白いものが底にたまっています。」
「これをお日様で乾かせば片栗粉の出来上がりだ。」そう言いながら魔法で乾燥する。
「ほえ~。」ワトリは感心している。
「では、ワトリ、照り焼きを任せて良いか?」
「はい、頑張ります。」
「なんだかんだ言いながら、夜の時間だな。」俺は時計を見て言う。
「仕込みの時間も、この4人は使えそうだな、エス。」
「はい、ケイジ様。」
「今日のバイト代は俺が払うが、明日からは。」
「大丈夫です、経費から払います。」エスが笑顔で言う。
「うん、うん。」俺は頷く。
「さて、夜の部の料理だ。」俺が冒険者達に言う。
「今日は、パオ、照り焼き、もつ煮がメインだ、カレーも少しだけならあるぞ。」
「パオ2人前とラガーを。」
「120Bです。」
「おぉ、ここに置くぞ。」
「照り焼きと、ライシーセットを。」
「100Bです。」
「モツ意を3人前。」
「150Bです。」
「あと、ラガーも3個。」
「90Bです。」
「もつ煮が凄い勢いで売れてます。」
「当然だ、何故なら俺が作っているからな。」俺は胸を張る。
「ケイジ様、もう少しで売り切れます。」ナギモが言う。
「売り切れたら、完売だ。」俺が言う。
「え?」
「そうすれば、食べられなかった客が次は食べるぞと思うだろう。」
「成程。」
ほどなく、もつ煮が完売する。
「明日は、大目に仕込みましょう。」ナギモがほほ笑みながら言う。
「誰が仕込むんだろうな?」
「ケイジ様では?」
「いや、ナギモに任せよう。」
「ほえ?」
「何事も経験だからな。」
定刻を待たずに、用意した食材がすべて売り切れた。
「「「「後かたずけ終わりました。」」」」店の掃除と皿洗いを終わらせて、4人が言う。
「んじゃ、6刻分の360Bとお手伝い50Bで、410Bづつな。」そう言いながら4人にビットが入った袋を渡す。
「わ~い、ありがとう。」
「あと、売り切れて賄が食べられなかったから、帰ったらこれを食べろ。」そう言いながら「おにぎりのお弁当」を取り出す。
「え? これは?」
「明日も売る、お弁当だ、勿論俺が作ったものだけどな。」
「わ~い。」
「エス、仕込みは何時からやっているんだ?」
「ココノツからです。」
「孤児たちの手伝いはどうする?」
「では、トウに来てください。」
「だとさ。」
「は~い。」孤児たちは帰って行った。
「さて、俺も帰るか。」
「あの、ケイジ様。」
「ん?」
「ありがとうございました。」
「あぁ、明日も来るからな、早いとこ軌道に乗せよう。」
「はい。」エスがほほ笑む。
「じゃぁな。」そう言って俺は虚無の窓を潜った。