やらかしの104
「いや~、初めて食ったが、熱々で美味いな、これ。」
「おぉ、それは良かった。」
「で、お前は何をしているんだ?」
「あぁ、出汁を取っている。」
「出汁?」
「あぁ、うどん用のな。」
「それは?」
「あぁ、昨日から水を張った鍋にコーブを付けておいたものを、火にかけている。」
「ほぉ。」
「で、沸騰寸前にコーブを取り出し、枯節の荒引を鍋に入れて、更に20薄煮る。」
「ほぉ。」
「で、20薄程煮たら、枯節を取り出す。」俺は鍋から枯節を取り出す。
「おぉ、それはどうするんだ?」
「あぁ、本来なら、あと2回出汁が取れるんだが、今回はこれに醤をかけて、熱々のご飯にのせてムーニャの前に置く。」
「にゃ、抗えない物にゃ。」ムーニャがその前で悶える。
「え~っと、おあずけ。」
「ぐぬぬぬ。」普段ムーニャが発しない言葉が聞こえる。
「よし。」
「にゃぁ~。」俺の言葉とともに、ムーニャがそれに突進する。
「なんだそれ?」
「ははは、猫まんまと言う、猫族の御馳走だ。」
「おぉ、理解した。」バランは納得したように言う。
「で、かえしを用意して。」
「かえしとはなんだ?」
「あぁ、醤を温めて蜜酒と砂糖を加えて煮たものを7日寝かしたものだ。」
「後で、城の料理人たちに教えておいてくれ。」
「解った。」
「出汁も良い具合だな。」俺は思う。
「まず、ネギを焼く。」
「ネギ?」
「あぁ、これだ。」俺は虚無の部屋からネギを取り出す。
(こっちでは、ネーギと言うらしいが。)
「これを、油をひかないフライパンで焦げ目がつくまで焼く。」
「ほぉ。」
「良い匂いだよな。」俺はネギが焼ける匂いを嗅ぎながら言う。
「すまん、嗅いだことがない。」
「ははは、国王ならそんなもんか。」
「いや、ケイジ。」
「なんだ?」
「俺達魔王を、全てお前の管理下に置いたんだぞ、お前。」
「だから?」
「いや、お前は勇者と言う事だが。」
「興味ない。」
「え?」
「俺は、この世界の勇者に興味無い。」
「あ~。」
「何か問題があるのか?」
「ははは、俺達を管理下に置くお前が良く判らない。」バランが肩をすぼめる。
「?」
「ははは、貴様と言う奴は。」バランが嬉しそうに笑う。
「さて、うどんを煮るぞ。」
「俺は、新たな鍋を取り出して言う。」俺は、沸騰している鍋を取り出す。
「うどんを投入して、4薄でオッケーだ。」
「4薄?」
「充分だろう。」
「よし、うどんはオッケーだ。」俺は煮ていたうどんを湯切りして丼に移す。
「で、そこに出汁を入れる。」俺はそこにおたま一杯の出汁を入れる。
「さらにかえしもおたま一杯入れて。」
「焼いたネギをのせて。」
「カレー南蛮用に作ったカレールーをおたま一杯入れて完成。」
「おぉぉ。」バランが叫ぶ。
「大げさだな。」俺はそう言いながら、バランの前にカレー南蛮のうどんの丼を置く。
「これが、カレーうどんなのか?」バランが俺に聞く。
「あぁ。」
「食っても良いのか?」
「お前のために、態々作ったんだぞ。」
「おぉ。」バランは、カレーうどんの丼に、フォークを入れてうどんを口に入れる。
「うあぁ、これは美味い。」
「よかったな。」俺は言う。
「ケイジ様」華厳が、何か期待を込めて俺を見る。
「あぁ、華厳、お前はこれを食ってみろ。」俺は丼に、出汁とかえしを入れた物にうどんを煮たものを入れてそこに置く。」
「おぉ。」華厳は驚愕しながらそれを口に入れる。
「これは。」
「カレーがなくても美味いだろ。」
「はい、ケイジ様。」そう言いながら華厳がうどんを啜る。
俺は、もう一つ思いついた。
「誰か、ラメーンの麺を茹でてくれ。」俺が言うと、エスが反応した。
「一人前で良い?」
「いや、5人前頼む。」
「はい、承り。」
「ははは、エスも立派に華厳の店の従業員だ。」
ラメーンの麺をうどんのつゆで食う。
「ぐふふ、昔テレビで見ました、天かすと胡椒を入れるんですよね。」
「おぉ、流石ダンサだ、知ってたか。」
「天かすは、って、てんぷらを作ってないな。」
「ぐふふ、そうなのですか?」
「スパゲッティはダンサに任せて良いか?」
「ぐふふ、喜んで。」
「さて、何にしますか、ミートソース、ボンゴレ、カルボナーラ、ペペロンチーノ、イカ墨、ペスカトーレ、ボロネーゼ、ボスカイオーラ・・・。」
「最初は、ナポリタンで良いんじゃないか?」
「ぐふふ、そうですね。」
「あの。」エルがダンサに話しかける。
「ぐふふ、何か?」
「今の呪文のようなものは、全部スパゲッティの料理なのですか?」
「ぐふふ、そうです。」
「あの、教えて頂けないですか?」
「ぐふふ、ご主人様が良いと言うなら。」そう言いながらダンサは俺を見る。
俺はこくりと頷いた。
「ぐふふ、ご主人様のお許しが出たので、全部お教えしましょう。」
「ありがとうございます、ケイジ様。」エルが俺に深々と礼をする。
俺は、それに手を振ってこたえる。
「ラメーンの麺、ゆであがりました~。」エスが声を上げたので、俺はエヌにどんぶりを用意させる。
「エヌ、どんぶりを5個。」
「承り。」そう言ってエヌがカウンターにどんぶりを並べる。
「エス、どんぶりに麺を入れろ。」
「はい。」そう言いながら、エスは湯切りをした麺をどんぶりに入れていく。
俺は、そのどんぶりに出汁とかえしをおたまで入れていく。
「早い者勝ち、5人!」俺はいたずらっ子の顔で言う。
「貰い!」エヌが近い所にいた地の利を生かして一個をつかみ取る。
「負けませんよ!」華厳が神速に近い動作でつかみ取る。
「ちぃ!」エスも負けじと奪い取る。
「負けないにゃ。」ムーニャは素早さを生かして確保する。
最後の一個に、各料理長が殺到する。
「止まれ。」バランが声を出すと、料理長たちが固まる。
「おい、魔法は卑怯だろう。」
「何を言う、ケイジ、美味いものを食うのに、何の遠慮がいるんだ?」そう言いながら、バランが最後のどんぶりを手にする。
勝者達が、どんぶりの麺を啜る。
「味が薄い~。」
「さっきの俺達の話を聞いていたか?」
「動物性の油がないから、天かすと胡椒で味にパンチをつけるんだ。」
「天かすって何にゃ?」
「今は無い。」
「にゃ~、絶望にゃ。」
「あぁ、こっちにこい、チャーシューを入れてやる。」俺は虚無の部屋からチャーシューを取り出し、薄切りにする。
「あと、ここに胡椒も置くぞ。」そう言いながら胡椒を取り出す。
俺は、勝者達にチャーシューと胡椒を提供した。
「さて、今食えなかった奴。」俺は声を上げる。
「?」
「カレー南蛮を振舞うぜ。」
取れなかった者たちの笑顔。
取った者たちの絶望の顔。
バランだけは、余裕の表情をしている。
「煮卵も付けるぞ。」俺は意地悪く言う。
「なぁ。」バランがこの世の終わりと言った表情を見せる。
「ケイジ。」
「なんだ?」
「俺達は、盟友だよな。」
「あぁ、だから?」
「煮卵をくれ。」
「駄目だ。」
「なんでだ?」
「人数分しかないからな。」
「な。」
「たとえ国王だろうと、ここの法は俺だ。」俺はにやにやしながら言う。
「ケイジ~。」バランが吠える。
「なんだよ、楯突くなら潰すぞ。」俺は冷淡に言う。
バランは理解する。
今ここでケイジに敵対したら、一瞬で消滅する。
其れだけなら良い。
すぐに復活できるから。
しかし、ケイジのそれは違う。
肉体だけでなく、魂も、その存在も消滅する。
バランは一瞬でそれを理解した。
「いや、ケイジ、これ美味いな。」
「そうか、良かったな。」
ケイジの言葉に、バランは身を縮めた。
(かのお方に、楯突く事は我が身を滅ぼすと言う事なのだな。)
バランは、自分の今の立場を理解した。