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6話 「シエレドネ家の人々」

 

 自爆テロ、という言葉が頭に浮かぶ。それはまさに爆弾だった。爆風と衝撃が狭い室内で炸裂し、俺とクーデルカは抱き合ったまま吹き飛ばされ、壁に打ち付けられる。

 

 「い、っつぅ……!」

 

 言うほど痛みは感じなかった。とっさにクーデルカがかばってくれたのか、激突の衝撃は少なかった。アンデッドの体になった影響もあるのだろう。しかし、頭を揺さぶられて視界が定まらない。すぐには起き上がれそうになかった。

 

 室内は様変わりしていた。本棚は倒れ、収納されていた本のページが錯乱し、高価そうな調度品は見る影もなく破壊され、残骸が床に転がっている。先ほどの爆発は火薬によるものではなかったらしく、火気は見られなかった。その代わりに、炎のように赤い血がべったりと壁や床を汚している。

 

 「くそっ、探査結界に敵性反応は見られなかった……! 何者だ! 姿を見せろ!」

 

 ヴァイデンはあの爆風のさなか、その場から動くことなく無傷で立っていた。いつの間にか真っ黒い燕尾服らしきものを着ている。さすがは吸血鬼真祖、打って変わって精悍な顔つきで周囲を睥睨する。

 

 「うふふふ……かくれんぼが好きなヴァイデンちゃん。こんな辺境まで逃げてたなんて、探すのに苦労したわ」

 

 「そ、その声はっ!」

 

 部屋の外から女性の声がした。ヴァイデンが狼狽し、後ずさる。その表情は見る間に青ざめ、威勢はかけらもない。

 

 壊れたドアの向こうから、ぬらりと人影が現れた。黒いドレス、黒い長髪、白い肌に、紅い瞳。美しく、恐ろしい。底冷えするような美女だった。

 

 舌が喉に張りつく。自分の中の本能が、この場において誰が上位者であるかを瞬時に理解した。絶対に逆らってはならない存在。さっきまでその地位にいたのはヴァイデンだったが、もはや力の序列は書き変わっている。

 

 「姉上……なぜここに……!」

 

 「心配したのよ。お姉ちゃんに行き先も告げずに急にいなくなってしまうのだもの。でも見つかってよかったわ。さあ、こんな不潔な場所はさっさと片付けて、早く家に帰りましょう」

 

 「お待ちください、姉上!」

 

 どうやらこの謎の美女はヴァイデンの姉らしい。ということは、彼女も吸血鬼の真祖なのだろうか。どおりで圧倒的な存在感があるわけだ。

 

 ヴァイデンの姉は終始にこやかな表情で話している。その内容は弟を心配するものであり、一見してごく普通の姉弟の会話に思える。だが何か、服の下で虫が這いずりまわるような言い知れない違和感があった。本当にただ弟を尋ねてきただけなら、さっきの爆発はなんだったのかという話だ。

 

 「ヴァイデンは昔から秘密基地を作って遊ぶのが好きだったわよね。でも、もういい歳なのだから、こういう遊びは卒業しないとダメよ」

 

 「姉上、僕の話を」

 

 「遊んだ後はちゃんと後片付けしないとね。大丈夫、私の眷属に命じて今“掃除”させているところだから」

 

 「何を……!?」

 

 「あら、ちょうど一区切りしたところみたいね」

 

 部屋の外から、また新たな人影が入室してくる。鋭い目つきをした青年だった。彼も吸血鬼なのだろうか。今しがた話に出てきた姉の眷属なのかもしれない。ただなによりもまず目立つのは、彼の手に持たれた大量の荷物。

 

 それは生首だった。どれもこれも幼い少女の生首。美しいかんばせは壮絶な苦痛に醜く歪み、おぞましい死に顔をさらしている。一つ一つが凄惨な死を物語る、人の頭部がまるで大安売り。買いすぎてレジ袋をいくつも手に下げたスーパー帰りの主婦のように、眷属の青年は少女たちの髪をひっつかんで大量の生首をぶら下げていた。

 

 「アンジェリカ! シェリー! ヒルダああああ!! うわあああ! 僕の眷属だちがあああああ!」

 

 青年はヴァイデンの方へ生首を放り投げる。ゴロゴロと床を転がりながら、主の元へと帰ってくる眷属のなれの果てを前にして、ヴァイデンは泣き叫びながら駆け寄った。

 

 「ぼくのくぁいいっ、ぷりんせすたち……うう……どうしてこんなことをしたディートリヒ!」

 

 「それが我が主の命とあらば」

 

 目つきの鋭い青年、ディートリヒと言うらしい。彼は冷静に答えながら、馬鹿にしたように激昂したヴァイデンを見下している。

 

 「何を怒っているの? それとヴァイデンちゃん、こんなものは眷属とは呼ばないのよ。お人形遊びもそろそろ卒業しなさい」

 

 ヴァイデンの姉は、人形どころか路傍の石でも見るかのように無機質な目を向けている。この凄惨な光景に対する感情すら持ち合わせていないのだ。

 

 俺はさっきまでヴァイデンのことを頭の狂った変質者としか思っていなかった。だが、生首を胸に抱いて涙を流しながら少女たちの名前を呼ぶ彼の姿は、この姉に比べればよっぽど情の通ったマシな人間に見える。

 

 「姉上……怒っているのですか……?」

 

 「怒っている? いえ、何も怒っていないわよ、ヴァイデンちゃん。何のことを言っているのかわからないわ……ああ! そうね、もしかしてあのことかしら? ちょうど今、偶然思い出したことがあるのだけど、ええっと、確か、あなた私にこう言ったことがあったわね……『この賞味期限切れの腐り切ったヘドカス年増』と」

 

 お前、何言ってんのヴァイデンちゃん!? 姉上はにこやかな表情を崩さないが、めちゃくちゃ根に持ってることは明白だった。室内の体感温度が10度くらい下がっている。ヴァイデンは姉と目を合わせることができないのか、うつむいたまま床を見つめていた。ぼたぼたと冗談のように汗を垂れ流している。

 

 ヴァイデンが姉上から逃げ出した原因は、どうやらこの暴言にあるとみて間違いないようだ。

 


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