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48話 「開拓村での一日」

 

 朝になった。俺の分の朝飯も作ってくれたそうなので、ごちそうになる。吸血鬼になってから初めて食べるまともな朝食である。アンデッドのこの体は基本的に食事を必要としないが、食べようと思えば食べられる。嗜好品を楽しむのと同じような感覚だ。

 

 食卓には、ハワードを除く孤児院の関係者が集まった。ブレンダと苦労少年、そして孤児の男の子が二人。どちらも今の俺の姿より幼い。小学生低学年くらいに見える。部外者である俺の存在に戸惑っているようだ。挨拶をしただけで特に会話はない。

 

 で、肝心の朝食メニューだが。目の前に置かれたのはスープ皿が一つ。木のスプーンですくってみると、白湯のようにさらさらと透き通っている。具は角切りにしたイモらしきものが入っていた。一つ食べてみる。食感はジャガイモに近い。だが、味が薄い。スープそのものに塩味が足りない。イモの水煮である。

 

 ふと、周りを見回すと、全員が俺に注目していた。なんで俺見られてるの? 俺のコメント待ち? 食レポしてほしいの? 正直、料理長を出せと言いたいお味だったが、さすがにそこまでストレートな感想をブチ込めるほど面の皮は厚くない。裕福な食事情でないことは察せられる。彼らなりには、このスープでもまっとうな食事なのだろう。

 

 「はははは、すみませんね。庶民の食べ物は、お貴族の様の舌には合わなかったですかね?」

 

 苦労少年がいら立ちを紛らわしたような引きつり笑みを浮かべている。どうやら面の皮は厚くなかったが、面に素直な感情が表れていたらしい。俺って正直者だから。

 

 というか、なんでみんなまだ食事に手をつけていないんだろう。さっきから俺の方ばっかり見てるんだが。子供たちも早く食べたそうにしている。ようやく一人がスプーンを手に持った。しかし、苦労少年が視線でそれを制する。

 

 「食前の祈りがまだだ。まずは客人が聖句を捧げるのがしきたりだ」

 

 どうやら、食事の前に神に祈りを捧げないといけないらしい。しかも、客人である俺が最初に音頭をとらないといけないらしい。そうとは知らず、もう食べ始めちゃったよ。

 

 祈りの聖句なんて知っているはずもない。なんか適当に言おう。

 

 「えー、では皆さん、手を合わせてくださいっ♪」

 

 俺一人が、パンッと合掌する。みんなは無言でこちらを見ている。

 

 「いただきますっ♪」

 

 みんな無言でこちらを見たまま、微動だにしない。

 

 「もう食べていいぞ」

 

 その一言を聞き、子供たちがエサの前で待てをさせられていた犬のごとくスープにがっつき始める。

 

 「待て! そんないい加減な祈りがあるか!」

 

 「ピーター落ちついて。エンさんはヨジュナ教の信徒ではないのよ」

 

 いい加減とは失礼な。「いただきます」は食材となった命への感謝の言葉。そして、食事を作ってくれた人、食材を提供してくれた第一次産業に携わる人々、食品卸売業者、食品加工業者、食品輸送業者、食品販売業者、政治家の偉い人……色んな人たちへ送る感謝の言葉なのだ。

 

 それはさておき、各々が祈りを捧げ始めた。生前、日本に住んでいた者としては少し異様な光景である。

 

 気になったのは、ブレンダも熱心に祈っていることだ。確か、人間の宗教では獣人は迫害の対象になっていたはずだ。なぜそんな宗教を獣人であるブレンダが信仰しているのか。まあ、何を信じようと本人の自由だろうけど。

 

 ちなみに俺の分のスープは子供たちにあげた。食べる必要のない食事を、わざわざまずい思いまでして胃に流し込む道理はない。子供たちは喜んで食べていたし、スープ君も報われたことだろう。

 

 「ねー、他のみんなはどうしたの?」

 

 食事の最中、孤児の一人が唐突に尋ねた。みんなとはオークにさらわれた孤児たちのことだろう。年長組の手が止まる。これはさすがに正直に全てを話すわけにはいくまい。

 

 「昨日、オークの群れがここを襲ったことは教えたな。悲しいことだが、みんな死んだ」

 

 おおい!? 苦労少年がまるで今日の仕事の打ち合わせでもするかのように淡々と報告していく。そして驚いたことに、その知らせを受けても子供たちは一時的にショックを受けた様子を見せたが、そこまで取り乱したりはしなかった。

 

 おそらく、仲間の死を経験したのはこれが初めてではないのだ。日本だって近代以前、子供が大人になるまでの生存率は決して高くなかった。彼らにとって死とは、俺が思っている以上に身近にある問題なのだろう。こんな小さな子供でもあっさりと納得してしまうほどに。

 

 「せんせいも死んじゃったの?」

 

 「先生は……大丈夫だ。少し怪我をしたけど、すぐによくなる」

 

 ただ、苦労少年もハワードの容体については言葉を濁した。大丈夫だと念を押して、問いかけた孤児の頭を撫でる彼の表情は硬かった。

 

 * * *

 

 「暇だ」

 

 やることナッシング。とりあえず、この村ですべきことを整理してみよう。

 

 ①旅に必要な準備を整える。

 ②オーク討伐のお礼をもらう。

 ③ブレンダをモフる。

 

 優先度順に箇条書きにするとこんなものか。前言撤回。意外にやることたくさんあった。

 

 ①については、物資関係はそこまで必要ではない。食事・睡眠不要のこの身体は旅をするに向いている。ただ、欲を言えば衣服がほしいところだ。さすがに着る物がメイド服一着しかないというのは嫌だ。強欲剣でメイド服はコピーしてあるので着替えの服はたくさんあるが、そういう問題ではない。外套も一着あるが、メイド服に秘められたインパクトを隠しきれるものではない。やはり普通の服がほしい。

 

 ブレンダに掛け合ってみたが、この村に衣料店はないそうだ。たまにくる行商から買うか、中古品を譲ってもらうか。これはあまり期待できそうにないが、一応、手に入れられないか頼んでみた。

 

 孤児院には孤児用の修道服の予備があるらしいが、それはいらない。その他に俺の身体のサイズに合う服はなかった。後は村人の家を回って古着を買い取るしか方法はないようだ。今の俺に手持ちの金銭はない。換金用の貴金属なら多少あるが、案の定、この村にその手の換金を受け付ける店はない。そもそも通貨自体が行商との一部取引で使われるものでしかなく、まとまった金そのものがない。物々交換が主流なのだ。

 

 よって②のオーク討伐のお礼として強引に服を要求することにした。今のところ、金と服以外に欲しい物はないので、この案で妥協しよう。貧しい孤児院が相手だろうともらえるものはキッチリもらう。こちとら慈善事業でブレンダとハワードを助けたわけではない。

 

 この件に関しては苦労少年が対応してくれることになった。村を回って服を探してもらうことになった。苦労少年は「このクソ忙しいときに余計な仕事増やすんじゃねえよ」と言いたげな笑顔で、快く俺の頼みを引き受けてくれた。

 


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