47話
孤児院は周りの家と特に大差ない形の平屋だった。村のはずれに位置するその場所は密かに近づくには好都合だ。近くにあった柵は補修された跡が大きく残っている。ここからオークが入って来たものと思われる。
ブレンダが近くに人がいないか臭いで確認してから孤児院に近づき、裏手口をノックした。しばらくして、木の扉の鍵が開けられ、中から人が顔をのぞかせた。
「ブレンダ! それに先生も!」
ここの関係者だろう。若い男だった。少年というほど幼くはなく、青年というほど大人でもない。高校生くらいの感じだ。目の下にはっきりとクマが浮かんでいる。徹夜してブレンダたちの心配をしていたようだ。それ抜きにしても苦労人の気質を感じさせる顔立ちをしていた。
詳しい説明は後回しにして、まずはハワードをベッドへ運ぶ。苦労少年が応急処置していた骨折部分をきちんと固定し、傷口を濡れた布で拭いていく。ブレンダは服を着てからハワードの処置に加わった。黒い修道服?らしき簡素な服である。そう言えばハワードの服も、ボロボロでわかりづらいが神父が着ているようなデザインの服だ。苦労少年が着ている服からは宗教色は感じられない。普通の麻色の服だ。
もしかしてここは孤児院と教会を兼ねているのかもしれない。何もおかしくはない組み合わせだ。そう言えば、この建物に入るときに一瞬、むわっと嫌な気配がした。別に異常を感じるほどのものではなかったので気にしなかったが、吸血鬼にとって教会は相性が悪い場所なのかもしれない。
ハワードの処置のかたわら、ブレンダがこれまでのいきさつを苦労少年に話していく。ついでに互いの自己紹介も済ませた。少年の名はピーター。この孤児院の出身で、今は冒険者をしているらしい。そう言われると、年の割に体格はガッシリしている。いつもはこの村の外で働いているが、何かと貧しい孤児院のためにマメに帰ってきては色んな手伝いをしているそうだ。
ハワードがブレンダを助けに孤児院から飛び出して行った後、ピーターがここの留守を預かっていたようだ。子供たちを助けようとしたハワードの行動は美談に聞こえるが、孤児院には残された孤児がまだいるようで、その子たちを放り出して死地へと向かったことはある意味で無責任とも言える。どちらが常識的かと言えば、ここにとどまったピーターの方だろう。
「ピーター、あなたがいながらどうして先生を止めてくれなかったんですか」
「俺だって止めたさ。オークの巣に一人で向かうなんて自殺行為だ。それでもこの人は聞きやしない。ブレンダはきっと生きているはずだから助けないと、ってさ……」
オークも繁殖目的でさらった女を殺しはしないだろうと思っての行動だろうが、無謀には違いない。一般的にオークの襲撃というのは普通の人間にとって災害に等しい脅威であるらしい。いくら同じ孤児院の仲間を助けるためと言っても、普通はできることではない。
「連れ去られた子供たちは取り戻せませんでしたが……」
「仕方ないさ。先生とブレンダが生きて帰ってきただけで奇跡みたいなもんだ。オークの群れも全滅したんだろ? そっちの心配がなくなったのは助かったよ」
人里のすぐ近くにオークの村ができるということは、災害と隣り合わせの生活を強いられるに等しい。安全に暮らすためには討伐しなければならないが、そのための人員を確保するには多額の依頼金がかかるようだ。
そこらへんの木端冒険者を寄せ集めた程度の戦力では太刀打ちできない。領主に嘆願して軍を動かしてもらう手もあるが、手続きにかなりの時間がかかる上、聞き届けられる可能性は低い。必然的に一定の実力を備えた戦士をそれなりの数雇うのが最善である。ただでさえ貧しい村の蓄えを、さらに切り詰める必要が出てくるというわけだ。
「ドヤッ」
俺はブレンダにドヤ顔を向ける。俺、役に立ってんじゃん。これはそれなりのお礼を期待してもいいよね。彼女のシッポに手を伸ばすも、ふいっと避けられてしまった。
「後は先生の傷が回復してくれれば万々歳だが……」
治療は終わった。と言っても、やったことは傷口を包帯で覆い、骨折部を固定してベッドに寝かせて安静にさせただけだ。幸いにも、打撲による負傷が多いので出血は少なく輸血の必要はなさそうだ。後は本人の自然治癒力に任せるしかない。医学が進んでいた俺の前世であっても、この治療法自体は変わらない。
場合によっては手術で骨を成形して固定具を埋め込む必要があるのかもしれないが、そんな専門的な治療が見込める環境とはとても思えない。臓器が負傷している場合はお手上げだ。医者に診てもらった方がいいのだろうが、そもそもこの村に医者はいないそうだ。衛生観念すら未発達である。
「傷口から細菌が入らないようにしろよ。包帯はもっと清潔なのがなかったのか? 抗生物質なんてないだろうし、感染症にかかったら終わりだぞ」
「よくわかりませんが、エンさんは医療知識をお持ちなのですね……できれば詳しく教えていただけると助かります」
そう言っても、俺に教えられることなんてたかが知れている。生前の俺は医学生なんかではなかった。知識はテレビ等で聞きかじったものだけだ。
改めて思う。人間は、たったこれだけの怪我で簡単に死ぬ。ここは誰もが最新の医療を享受できる世界ではない。吸血鬼であるということはそれだけで多大な恩恵にあやかっているのだ。もし、俺がただの人間としてこの世界に生を受けていたなら、魔剣の力があったとしても命を落としていた可能性はいくらでもあったのだろう。
その当たり前の事実に、身震いがした。




