45話
「そ、それより! 外はどうなったのですか? 先ほどからオークの悲鳴が聞こえていたのですが……」
「もう全部殺したよ」
「ころ……!? い、いやそれはさすがに……」
「まあ半分以上自滅したようなもんだったけど」
「……なるほど、群れの中で大規模な権力争いでもあったのでしょうか」
ケモ美女さんは一人でぶつぶつ言って勝手に納得している。どうやらこちらに敵意はなさそうなので、というかオークに捕まっていたただの被害者だと思われるので、助けることにした。
俺がアンデッドだと気づいた様子もない。オークには臭いでバレたので、獣人であるケモ美女さんにもバレるかと思ったがそうでもなかった。種族やスキルなどの違いだろうか。
だったら仲良くなっておくに越したことはない。オークは変態だったから暴力的な手段で排したが、相手が常識的な対応をしてくれるのならこちらも最低限それに応える程度の良心はある。
「申し訳ありませんが、この拘束も外していただけないでしょうか」
鎖の拘束は思った以上に強固にケモ美女さんを縛り上げていた。もふっとした体毛に鎖が食い込んでいたから分かりにくかったが、がんじがらめにされているようだ。これはちょっと面倒そう。
毛に隠れて鎖がどこにあるのかわかりにくい。このもふもふが、もふ、もふもふ……
「癒されるぅ~」
なんて柔らかな肌さわりだ。ずっと触っていたくなるくらい気持ちいい。
「あ、あの、くすぐったいので……それと急いでいるので、できれば早く拘束の方を……きゃっ!? そ、そこは触っちゃだめです!」
はっ!? 少しトリップしてしまった。そうそう鎖を解かないとね。
こう入り乱れていては傲慢剣でバッサリ斬るわけにもいかない。ケモ美女さんまでバッサリいってしまう。仕方ない、手で千切るか。
「ふんっ!」
パキッ
あっさり千切れた。別に気合をいれなくても余裕でプチっと切れる。でも数が多いからやっぱり面倒だ。
「あの……もしかして、鎖を手で千切ってるんですか……!?」
「気にするな!」
ケモ美女さんの背後で作業していたので、こちらの様子は見えていないようだが、音でわかったのだろう。幼女が鎖を引きちぎるのは、やはりちょっと異常だっただろうか。ほどなくして拘束を解き終える。
「ありがとうございます! 外の様子を確認したいのですが」
「どうぞ」
すぐに立ちあがったケモ美女さんが家の外へと顔だけを覗かせた。
「なに、これ……」
ふらふらと表に出て行く。血の海と化したオークの村を呆然と眺めまわしている。
「――――!!」
そして、ある場所で跪いた。村の中心、たき火をしていた場所だ。そのそばに転がる焼け焦げた肉塊を抱え上げた。オークの肉ではない。彼らが調理していた人間の肉だ。
オークにとってはただの食料、おいしい料理だったのだろう。だが、ケモ美女さんにとってはそうではなかったらしい。肉塊を胸に抱きかかえたまま、うつむいてしまった。泣いているようだ。
確かここで調理されていた人間は、人里からさらってきたものと聞いていた。ということは、このケモ美女さんも人里の関係者なのだろうか。
なんと声をかけようか迷っていると、ケモ美女さんは静かに肉塊を地面に置いた。そして、今度はしきりに顔をキョロキョロし始める。どうも何かの臭いを嗅ぎ取ろうとしているように見える。
そしておもむろに走り出した。俺も慌てて後を追う。彼女は、あるオークの家の前で止まり、殴り破るように入り口を払いのける。
「先生っ!」
中には人が倒れていた。血まみれのズタボロだ。こちらは獣人ではなく、普通の人間に見える。成人男性だ。
「先生、先生っ!」
「……ブレンダか……」
「よかった、まだ生きてる……!」
ケモ美女から先生と呼ばれる男は息があった。意識もはっきりしているようだ。ただ、見た目相応の怪我をしている。片脚は骨折しているようで、おかしな方向へ曲がっていた。俺も生前、脚を骨折した経験がある。あれは痛いなんて言葉で説明できる苦しさではない。むしろ、よく意識を保っていられるものだと感心する。
「ブレンダ……怪我は、ないか……?」
「私のことよりも自分の心配をしてください! どうしてこんな無茶なことを、一人でオークの巣に乗り込んでくるなんて!」
「はは、このザマでは、返す言葉もないな……」
ちなみに先生は結構年がいっているように見えるが、ダンディな感じのイケメンである。見つめ合う先生とブレンダ。ラブの波動を感じる……
俺を差し置いて何をやっとるんだリア充ども、という恨みを込めてケモ美女ブレンダの犬シッポをわしわしする。
「ひゃわっ!?」
ここが弱いの知っとるんやで、ぐへへへ。
「……君は?」
「エンだ。冒険者だ」
するりと犬シッポが俺の手の中から抜け出て、ぴしっぴしっと注意するようにはたいてきた。ブレンダは恥ずかしそうにしている。どちらかと言えば俺よりも先生の方を意識しているようで、胸や股付近を手で隠していた。その様子からして、獣人も服を着る文化があるようだ。ブレンダはオークに捕まったときに脱がされたのだろう。
簡単な自己紹介を済ませる。先生の名前はハワードと言うらしい。ひとまず名前だけの紹介で終わり、まずはここから脱出する流れになった。動けないハワードはブレンダに背負われてオークの家から外に出る。
「これは、一体何が……」
外の光景を見たハワードは、さっきのブレンダと同じように絶句していた。人間である彼に、外の状況がどれだけ見えているのかわからないが、それでも村のオーク全員が殺されている異常な気配を感じ取ったようだ。
「オークなら俺が全部殺しといたから、そこは安心していいぞ」
ハワードとブレンダが俺の方を見る。しかし、すぐに向き直って話し始めた。
「どうやら群れの内部抗争が起きたようです」
「外で大騒ぎしている音は聞こえていたが……なるほど、それは運がよかった」
え、なんか俺スルーされてる!?
「俺、俺がやったの。ねえ聞いてる?」
「私たちの他に生きている者はいないようです」
「では、子供たちも」
「はい……」
「ねえったら、ねえ! こうズバーッてこの剣で、俺がオークを……」
ぽんぽんと、あやすように俺の頭を撫でてくるブレンダさん。あ、これ信じてもらうの無理そうだわ。
「子供たちをきちんと弔ってあげたいが、血の臭いを嗅ぎつけた魔物たちがいつ群がってきてもおかしくない。ここから離れなければ……」
ブレンダが、大の男を背負ったまま疲れた様子もなく歩き出す。獣人だけあって力はあるようだ。俺もその後をついて行った。




