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★41話 「血は枯れ果て」

 

 木の陰から一部始終を見ていた。

 

 祖父と、妹の姿をした“何か”の戦い。はっきり言って、何をしているのかわからなかった。それほど次元の違う速さの戦い。

 

 それでもまだ希望はあった。祖父は善戦していた。まさかあの隠居した祖父が、これほどの実力を有しているとは思ってもいなかった。まさに英雄と呼ぶにふさわしい立ちまわり。

 

 だが、戦況は一変する。“何か”が新たに取りだした魔装具が、祖父を拘束し、弱らせた。祖父が殺される。希望が絶たれる。

 

 そこで僕は見た。確かに死んだはずの祖父が最後に振った剣。たとえ己が無くなろうとも、宿命づけられたように動く剣。死すらも越えた先にある、剣士の覚悟を目にした。そして、その神業をもってしても敵に届かなかったことをも。

 

 目の前が真っ暗になった。もう逃げるしかない。だが、僕の足は動かない。地面に固定されたように立ち止まっている。

 

 戦場に目を向けると、“何か”が祖父の死体を執拗に痛めつけていた。戦いの中で死んだ戦士の死体を、冒涜するように何度も何度も……

 

 「このっ! 死に損ないがっ! 誰が起きていいっ! つったよっ! 死んどけっ! 妖怪がっ!」

 

 僕は、ここに至りようやく気づいた。なぜ、自分が逃げ出さずに立ち止まっているのか。なぜ、これほどに体が震えるのか。涙が止まらないのか。

 

 どんなに憎んでも、疎ましく思っても、あの人は僕の祖父だった。家族だった。こんなむごい殺され方をして、怒りがわかないはずがない。

 

 そして、あの“何か”は僕のもう一人の家族をもその手にかけている。大切な妹、カーラの身体を使って祖父を殺すという所業、許せるはずがない。

 

 敵は無防備に背中をさらしていた。魔剣も持っていない。これ以上の好機はなかった。ここで僕が敵を仕留めなければ、祖父の死が無駄になる。自分の命を犠牲にしてまで敵を討つ機会を、僕に託してくれたのだ。

 

 ためらいは消えた。怒りに身を任せ、しかし足取りは静寂を保つ水面のように。祖父に教えられた歩法を駆使して音もなく敵へ忍び寄る。そしてその刃を深々と突き刺した。

 

 しかし、最後の詰めでしくじった。一撃で心臓を貫くつもりだったが、背骨に阻まれ剣が逸れた。緊張で震え、手元が狂う。素早く剣を引き抜く。

 

 「ごっぶ、あ、あっ、あああああああああ!!」

 

 “何か”が叫ぶ。地に倒れ込み、のたうち回った。さもありなん、僕は事前に、刀身に聖水をふりかけていた。もしものときに備えて持って来ていた貴重品だ。闇に属する者なら、これだけで命を奪うに十分な攻撃となる。

 

 だが、敵の正体は不明なままだ。用意したランクの聖水では仕留めきれない可能性もあった。心臓を潰し、確実に殺すため、二の太刀を振るう。

 

 敵は収拾箱アイテムボックスを開いていた。魔剣を取り出されれば勝ち目はないだろうが、もはや遅い。敵が行動するよりも、僕が剣を振り下ろす方が早い。

 

 「たすけて……」

 

 祖父の無念を、妹の無念を晴らすため、剣を振るわんとしていた僕の耳に届く声。それは妹の身体を乗っ取った、邪悪な悪魔の声だとわかっている。わかっているが、それでも気を取られてしまった。

 

 目の前にいる敵の顔は、ここ数日、僕が誰よりも待ち焦がれた愛する妹のものだ。血を吐きながら倒れ伏し、涙を浮かべながらこちらを見上げて来る。その弱弱しい姿を前に覚悟が鈍る。

 

 もしや、妹は自分を取り戻したのではないかと思った。聖水によって体内の悪魔が祓われたのではないか。目の前にいる彼女は本当に僕の妹で、僕に助けを求めているのではないか。

 

 「カー、ラ……?」

 

 呼びかけずにはいられなかった。そして、奇跡が起こる。彼女は笑ったのだ。いつも僕に見せてくれた屈託のない明るい笑顔を見せてくれた。僕は確信した。彼女はカーラだ。妹が帰ってきた。

 

 次の瞬間、僕の腕がなくなった。

 

 剣を持っていたはずの片腕が足元に転がっている。血が噴き出す。壮絶な痛みが襲い、血と共に熱が逃げていく。カーラはいつの間にか、宝石で飾り付けられた剣を持っていた。

 

 「ごの、ぐそっだべへっ! ごぼっごぼぼっ……! ごろじてやる……」

 

 嘘だ。そんなはずはない。確かにカーラは意識を取り戻した。悪魔は祓われたのだ。彼女の身体は傷ついている。僕が胸を刺し貫いてしまった。早く手当てをしなければならないのだ。

 

 カーラは何かを食べていた。オモチャの剣のようなものをボリボリとかじっている。

 

 「伏兵が潜んでいたか……クソッ! マジで死ぬかと思った」

 

 カーラの体調は回復しているように見えた。もう血を吐いていないし、元気そうに見える。よかった。僕は心底、安堵した。

 

 「ああ!? なに笑ってやがんだ、このクソ野郎! どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって……!」

 

 カーラが僕に近づいてくる。僕は、もう身体が動かない。急速に失われていく血液。辺りに広がるその血だまりを気にした様子もなく彼女は僕のもとまでやってきた。汚れることもいとわず、僕のそばにいてくれる。

 

 「腹が減ったよ。お前のせいで。せめてその血で贖え」

 

 カーラが僕の首元に顔をうずめてきた。ああ、甘えたいのかい、カーラ。もうどこにも行かないでくれよ、カーラ。これからはずっと一緒だ。僕は静かに目を閉じた。

 

 おやすみ、ぼくのたいせつな、カーラなにか

 


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