40話
「……スリーヴス双剣流……奥義……」
男は命乞いをするでもなく、殺せと言うでもなく、罵詈雑言をぶつけるでもなく、ただ純粋な戦意をもって問いに答えた。ふと気付く。そう言えば、この男はその手に剣を握ったままだ。あれほどの苦痛を与えられ、ステータスもほぼゼロに近い状態にされたというのに、生きることを諦めていない。いや、戦うことを諦めてはいない。
「かっこいいなあ、そういうの」
どんな苦境に立たされようとも、決して信念を曲げず、強敵を前に抗い続ける。そうあるにふさわしい努力を積んできたのだろう。自分の中に、信じ続けることができる確固たる意志がある。多くの人にとって好ましい人間像だ。彼はきっと、物語の主人公にふさわしい人間だ。
「虫唾が走る」
俺は剣を振り上げた。以前は持ち上げるだけでやっとだったが、今は違う。強化された筋力と、重さを操る能力があれば造作もない。片手一本で大剣が浮き上がる。
「『断罪ィ――』」
目の前の男になすすべはない。最後のあがきなんてさせるつもりもない。ステータスと体の重さを奪った上に、身につけている装備や武器に重量を付加して拘束している。起き上がることも剣を持つこともできはしない。
「『――断頭ォォァ――』」
断頭台にかけられる罪人のように、首を差し出して地面に倒れる男の真上へ、剣を構える。死刑執行の合図と共に落下するギロチンのように、鋼鉄の巨大な板が、
「『――斬り』!!」
振り下ろされた。周囲の地面から重さを吸収し、とてつもない重量となった魔剣が落ちる。ほとんど刃とも言えない分厚い金属板が、何の抵抗もなく肉と骨を砕き斬り、地面を叩き割って突き刺さった。地面を叩きつけた衝撃で、首はどこかへ転がっていき、見えなくなった。
だくだくと血が流れる。美しく輝く大剣は血の赤に染まった。剣を振り払う。血しぶきが剣の表面から飛び散り、ふわふわと浮きあがる。小さな赤い血玉が、花火のように空高く舞い上がっていく。一振りで血糊は全て振り払われ、剣は元の美しさを取り戻した。
「……」
敵を倒した高揚感は一瞬でなりを潜めていた。死んだ老人はまだ剣を握り続けている。その姿が癪に障った。彼と同じ状況に立たされたとき、俺は同じように戦えただろうか。いくら力を吸い取っても、本当に自分に必要なものは手に入れられていない。自分がどうしようもなく矮小な存在に思えてしまう。
嫌な剣だ。間違いなく強いことは確かだが、常用したいとは思わない。頭の中に流れ込んでくる心音のような旋律に頭痛がする。戦っているうちは、まだ興奮状態だったせいでそれほど気にならなかったが、こうして戦後の余韻に浸っていると気分の悪さがひどくなる。
早く剣を交換するため、受領箱を呼び出して嫉妬剣を中へ収めた。
【即々否応】
目の前の死体が動いた。首を失い、動くはずのない亡骸が、握り続けていた剣を振るう。俺は対処できなかった。
斬り裂かれる。俺の体は心臓ごと。一刀のもとに二分される。
「――っ」
いや、そんなはずはない。剣は俺の体に届いたが、服を浅く傷つけただけ。何の傷も負わされていない。なのに、まるで体の芯まで両断されたかのような感覚が残っている。それほどの気迫。剣に込められた不屈の闘志が、『斬られた』と幻視させたのだ。
生きた心地がしなかった。ただの気迫のみで圧倒されていた。心臓がドクドクとうるさく鳴っている。足元がよろけて尻もちをついた。それと同時に、首のない老人の死体もドサリと崩れ落ちるように倒れ、それきり動かなくなった。
「びびらせやがって……!」
これが本当に人間なら首を斬られた時点で死んでいるはずだ。それがなぜ立ちあがって攻撃してきたのかわからない。だが、ここはアンデッドなんて存在がいる世界である。死体が動いても不思議はないのかもしれない。あるいは特殊なスキルでも持っていたのか。
首を取っただけで殺したと油断してはならなかった。俺は目の前の首なし死体から剣を奪い取った。その剣で、死体を何度も突き刺す。
「このっ! 死に損ないがっ! 誰が起きていいっ! つったよっ! 死んどけっ! 妖怪がっ!」
ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ……
老人が使っていた剣は、彼が言った通り、ただの鉄の剣だった。何の魔力も感じない普通の剣。これで傲慢剣と渡り合ったというのか。こいつは自分のことを「ただの剣士」と名乗ったが、まさかこの世界にはこのレベルの使い手がごろごろいるとでも言うのか。たちの悪い冗談だ。
「はあ、はあ……もう死んだだろ」
四肢をバラバラにして内臓をぶちまけた。これで起き上がったらアンデッドだ。魔剣を使ってやればもっと早くできただろうに、律義にただの剣で解体してしまった。それくらい気が動転しているのだろう。
ドスッ
解体作業を終えた俺の胸から剣が“生えた”。
「あ……?」
なんだこれ。理解が追い付かない。剣が、肋骨の隙間を縫うようにして俺の体を貫通している。ようやく何者かに後ろから刺されたのだと気づいたのと同時に、想像を絶する激痛が俺を襲った。




