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36話 「妖怪キリサキジジイ」

 

 ふー、丸一日かかったが空腹もだいぶ落ちついてきた。やはり吸血鬼であるためか、動物の血を吸うと腹が膨れる。最初は抵抗があったものの、耐えがたい空腹に屈した俺はアヘ顔ダブルピースで魔物を倒して吸血した(アヘ顔ダブルピースはしてない)。

 

 血の味は、まあ美味くはなかった。普通に鉄臭いし、生臭い。腹が減っていなければ飲みたいものではなかった。だが、体に必要な栄養素を取り込んだ感じはある。青汁的な?

 

 途中で木になっている果物らしきものを食べたが腹の足しにもならなかった(しかもマズイ)。これなら栄養の吸収効率がいい分、まだ血を飲んだ方がマシである。魔物はそこらへん探せばいるし。というか、この森、魔物が多すぎないか? やけにギャアギャア騒いでるし。

 

 今日は日中に行動した分、肌の日焼け具合も上がっている。不思議の海のナディアだ。髪の色もそれっぽいぞ。なんか髪質がパサついて潤いがなくなってる気がする。紫外線のダメージは蓄積するって言うし、やはり日中の行動は控えるべきか。なんで異世界に来てUVケア精神に目覚めてるんだろうね?

 

 しかし、それにしてもこの森は広い。川をたどって下流へと歩き進んだ俺は、さらに大きな川に出くわした。今までたどって来た川は支流だったらしい。合流地点はちょっとした滝になっていた。

 

 俺は見晴らしのいい岩場に立つ。空にかかる三日月、針葉樹林の陰影、立ち尽くすおじいさん、そしてそのバックには雄大な滝の光景が広がっている。絶景だ。お、おにぎりがあったらここで食べたいくらいの絶景ポイントなんだな。

 

 「ん!?」

 

 いや、ちょっと待て。今、なんか変なのが混ざってたぞ!?

 

 いつの間にか見知らぬお爺さんが立っている。こっちガン見してる! 怖っ! 妖怪かよ。

 

 いや、仮に妖怪だったとしても俺は吸血鬼だ。おそるるに足らず。とりあえず、挨拶でもしてみるか。

 

 「こ、こんにちは」

 

 こんばんはの方が良かったか。昼夜逆転の生活を送っているせいか、なんか夜の方が昼っぽい感覚になりつつある。

 

 「……」

 

 よく見るとおじいさんは結構驚いた表情をしている。いや、それも無理はない。なぜなら俺の姿はメイドである。さらに美幼女で、褐色娘、宝飾剣を装備。かなりの属性過多だ。そんな格好の女の子が、凶暴な魔物が徘徊する夜の森にいたら普通驚くだろう。

 

 お爺さんの格好は、丈夫な軽装と言った感じだ。剣を二本も下げて武装している。見た目は人間そのものだ。第一村人発見である。

 

 できれば交戦はしたくない。色々と聞きたいこともある。別に吸血鬼になってしまったからと言って、人間を皆殺しにしたいとか、そんな欲求はこれっぽちもない。特に血を吸いたいとも思わない。あれ不味いし。

 

 ここは穏便に接触して、情報を聞き出す方が賢明だろう。俺の見た目は人間と変わらない。太陽の光にさえ注意しておけばバレることはないはずだ。となれば、どうして森の中に幼女メイドがいるのか、そのあたりの理由からでっちあげて説明しなければなるまい。

 

 「えっと! 私はとあるお屋敷で雇われていたメイドでして! 先日、この近くを馬車で通る途中、運悪く魔物の襲撃を受け……生き残った私は何とかここまで逃げてきたのですが……」

 

 お爺さんの体がぷるぷるし始めた。くっ、やはり設定に無理があったか。だが、どう言いつくろってもロリメイドin魔物の森はあまりに不自然。もうこの設定でゴリ押すしかない!

 

 ぷるっていたお爺さんは、しばらくしてぷるわなくなった。と言うか、なんでこの人ぷるってたんだ? 老人特有の手足の震え?

 

 「月が……綺麗だのう……」

 

 え……告白? おじいちゃんにしてロリコンという剛の者なの? ヴァイデンしかり、この世界ではロリコンという性癖はアブノーマルではないの?

 

 そんなわけはない。単に月が綺麗だと言いたかっただけだろう。しかし、なぜこのタイミングで。はっ、もしやこれは……認知症か。

 

 メイドが一人で夜の森の中にいるのもおかしな話だが、それを言ったらお爺さんが一人で夜の森の中にいるのも十分おかしい。ようやく理解できた。これは深夜徘徊だ。かわいそうなお爺さん……周りの人はちゃんと世話してあげろよ!

 

 俺が不憫な目でお爺さんを見ていると、彼はおもむろに腰に下げた剣を引き抜いた。月を指し示すように高く掲げる。

 

 「我が名はジョン・スリーヴス。ただ……一人の剣士として」

 

 その動作があまりにも堂に入っていたかもしれない。俺は、彼が何をしているのかとっさに理解できなかった。

 

 「貴殿に決闘を申し込む」

 

 剣の切っ先が俺へと向けられる。そこまできてやっと理解が追いつく。俺は慌てて魔剣の柄に手を置いた。

 

 「な、何を言ってるんですか? 私たちが戦う理由なんて何も」

 

 「アンデッドを倒すことに理由はいらぬ」

 

 素性がバレている。思わず舌打ちした。ステータスは簡単には他人にバレないのではなかったのか。何かそれ以外の判別法があるのかもしれない。

 

 「まあ、しょうがないか……」

 

 吸血鬼になったからと言って無条件に人間を殺したくはないと思っている。だが、相手が人間だから無条件に生かしてあげようとは思わない。今の俺にとって、前の世界にいたころの倫理観はないも同然だった。

 

 命を奪うことに対する忌避感はない。敵がこちらを殺そうとしているのなら、なおさら手を緩める道理はない。逃げようとも思わない。説得しようとも思わない。降伏させようとも思わない。ただ戦って、殺すだけだ。

 

 「テメェがアンデッドをどう思おうがテメェの勝手だが……長生きしたいなら喧嘩を売る相手は選ばないとなぁ、爺さんよォ……!」

 

 俺は傲慢剣を抜き放った。不可視無音の斬撃が、老人の体へ吸い込まれる。そして、

 

 甲高い金属音が・・・・・・・鳴り響いた・・・・・

 


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