31話
嫉妬剣セファル、聖属性を持つ異形の大剣。属性の力はそれだけで強力な切り札となりえる。この剣の力があれば、ディートリヒを殺すことはもっと容易だったかもしれない。この先も単純な物理攻撃では倒せない敵が現れる可能性は大いにある。なんとかこの剣を自分のものにしたいところだ
実は全く触れないというわけでもなさそうだった。一か所だけ、聖属性の気配を感じない場所があるのだ。柄である。弦楽器の首部分からは特に脅威を感じ取れなかった。と言うより、聖属性の波動は鞘より発せられているようだ。思いきって柄を掴んでみる。
思った通り、何ともなかった。だが、そこで全く予想外の現象が起きる。俺が立っている場所を中心として、地面に光の輪が描かれたのだ。円の大きさは、この剣の間合いを同じくらいだろうか。よく見れば、輪は細い四重の線となっており、線の間には幾何学模様のような記号が散りばめられるように描かれている。まるで譜面に並ぶ音符のように見えないこともない。
「目が……チカチカする……!」
はたから見れば魔剣と異様と相まって、荘厳な雰囲気を醸し出しているように映るのかもしれないが、その中心に立たされている俺からすれば要らない演出としか言いようがない。その光自体にも聖属性が宿っているのか、真っ暗い部屋でスマホをいじっているときのような、ブルーライト並みの目に痛い光だった。
さらに、嫌がらせのような演出は続く。手に握っている柄がビリビリと震え始めた。その震え自体は大したものではなく、普通に握っていられるのだが、骨を伝わって響く振動が何とも言えない気持ち悪さなのだ。頭の中に直接不協和音を叩きこまれるかのような不快さ。例えるなら、ホラー映画の演出でよくあるバイオリンの甲高いキュリキュリした音を延々と聞かされ続けるような、そんな感じだ。
光も音も我慢できないほどの刺激ではないが、気持ちのいいものではないことは確かだった。問題なのは、そこではない。これまで装備した魔剣にはなかった重大な欠点が発覚する。
「全然、強くなった気がしねぇ」
魔剣の基本能力、ステータスの強化が感じられないのだ。力が流れ込んでくる感覚がない。少なくとも実感できるほどの強化はされていない。
それでも何とか魔剣を振りまわせはしないかと力を込めてみる。レベルが大量に上がったことに伴い、上昇した筋力によってこの重厚な巨大剣でも動かすことはできた。が、それは振りまわすと言うより、地面に着いた状態で引き回すというレベルの動きだった。
重すぎるのだ。俺の自重よりも、剣の方が圧倒的に重いため、いくら筋力があってもバランスが崩れて持ち上げられない。さらに柄以外の部分に触ると自分が傷ついてしまうため、へっぴり腰になり、なおさら持ち上げることなどできない。下手をすれば自爆である。木製部分の柄について強度上の問題がなかったことに安心はしたが、これではとても戦闘で役に立つとは思えなかった。剣を鞘から抜けないかと試してもみたが、ビクともしない。そもそも外れる構造になっていないのではと思うほど一体化していた。
全くもって使いこなせない。俺がアンデッドだから、剣に認められていないから、力を引き出せないとでも言うのか。俺以外の、優れた使い手ならこの剣も相応の力を発揮できるのだろうか。俺が下級アンデッドだから、俺がゴミ以下の存在だから……
目障りな光が、不協和音が、神経を逆なでする。イライラが募る。この感情が精神支配の影響であることは自覚できていた。これは『嫉妬』の魔剣。力は与えずとも、代償だけはきっちり押し付けてくるところは何ともいやらしい。
『傲慢』という感情は、よく言えば自信の表れと言えないこともない。自らに誇ることがあるからこそ自尊心は生まれるのだ。それは一概に、ただ悪いだけの感情ではない。『強欲』もまた、言い換えればエネルギッシュである。何かを欲する目標を持っているからこそ、精力的に物事に取り組める。欲だって、人間が生きて行く上で必要なものである。
それらは必ずしも否定的な感情とは言えない。好意的に捉えられる部分も持っている。だが、『嫉妬』という感情はどうか。ひたすら悪い印象しか受けない。『憧れ』と言い換えれば聞こえはいいが……やはり、嫉妬と憧れは違う。似たようで、対称的な感情である。
この魔剣が精神にもたらす感情はネガティブだった。しかも、それが不思議と落ちついているのだ。今すぐ魔剣を手放したくなるような心の変化は起きない。何と言うか、精神が低いステージで安定している。ゲテモノでも食い慣れれば何とも感じなくなるように、この不快感に慣れ始めている。
「ああ……世界中の人が…………死ねばいいのに……」
ついに独り言が漏れ始めた。これがほぼ無意識のうちにこぼれた言葉なのだから、だいぶ人として腐り始めている。まだこの魔剣特有の能力を検証できたわけではないが、このまま続けているとどんどんネガティブな感情に堕ちていきそうな気がするので、今日はこのへんにしておこうと思います。いずれ、ちゃんと調べるから。はあ、鬱だ……
ステータス強化:E
攻撃性:C
防御性:E
特殊性:D
精密性:E
射程距離:E
攻撃速度:E
ペナルティ:E
デザイン:E
現段階でわかっている範囲で、この魔剣を評価するとこうなる。能力が判明したり、有用な使い方がわかればまた評価は変わっていくだろう。




