30話
エントリーナンバー3『嫉妬剣セファル』
これは初出の魔剣である。よって、実際に取り出して色々と能力を調べてみる必要があるだろう。俺は受領箱から嫉妬剣を選んで呼び出す。
「これか……」
実はこの魔剣を見るのは初めてではない。というか、オリジナルが落した魔剣を回収するときに七つの魔剣全てをチラッと見ている。だが、あのときは気が動転して無我夢中だったので、一つ一つしっかりと確認する余裕はなかった。
しかし、そんな状況であっても、嫌でも目につくというか、一度見たら忘れられないような奇抜な形をした剣があった。その最たる例がこの嫉妬剣である。見た目のインパクトランキングなら間違いなくこれが一位と断言できる。
まずデカイ。全長およそ1.5メートルほど。驚くべきことに刀身の幅もそれに迫るほどの長さを持ち、厚さはおよそ拳三つ分。もはや剣と言うより、巨大な金属の塊である。刃は単にエッジが先細っているだけで、“斬る”ことを想定した作りではない。重さで“ブッ千切る”ための剣だ。いや、もはやこれは鈍器だ。
ただ、おそらく鞘も込みでのこのデカさである。というか、鞘がデカすぎるのだ。その大きさゆえに一つの大剣だと思っていたが、そのほとんどの質量が鞘部分で占められているらしい。表面には天秤をモチーフとした絵や、よくわからない古代文字みたいな装飾が刻まれている。彫り込んだだけの無骨な装飾だが、古代人の民俗学的遺産チックな香りがして味がある。気がする。
剣の本体そっちのけで鞘が自己主張しているかに思えるが、実は剣の方も曲者だった。鞘にほとんど存在を飲まれているが、持ち手、つまり柄の部分だけは唯一外に飛び出している。当然である。それがなかったら、いよいよ剣ではない。
だが、その柄の形が問題だった。端的に言うと、バイオリンのネックなのだ。大きさ的にはバイオリンと言うよりコントラバスになるのだろうか。すなわち、弦楽器の首、弦を指で押さえて音を変える部分のところがニョッキリ生えている形になっている。木製である。弦は張られていないが、くるくると丸まった弦巻の部分まで見事に再現されている。その見た目のせいで、遠くからこの大剣全体の形を見ると巨大な弦楽器に見えるかもしれない。巨大な鞘と思われた鉄の塊も、近くで見るとまるで楽器ケースのようだ。
意味がわからない。強欲剣に続く『これは剣ですか?』シリーズ第二弾である。形状の説明だけでこれだけの労力を費やしていることからも、その異常性がわかってもらえるだろう。傲慢剣を初めてみたときはその痛々しいくらいの豪華さに面食らったものだが、他の魔剣に比べればまともな剣の形をしているだけ遥かにマシなデザインだったのだと気づかされる。
さて、もうこれ以上デザインに突っ込むのは疲れるのでそろそろ能力の検証に移ろう。そう思って剣に触れたのだが、
「あうちっ!?」
触れた指先が、ジュウッと香ばしい煙を発して火傷した。この臭い、この嫌な感じ、俺は思わず後ずさる。よく見れば、あのヴァイデンを殺した聖水と同じ気配を感じ取れた。もしやこれは属性が込められた装備ではないのか。RPGなら火の属性を宿した燃える魔剣とか、よく登場するオーソドックスな品である。ただし、俺の指を焼いた力は火による熱の仕業ではない。俺の本能が警告している。これは間違いなく、聖属性だ。
これ魔剣じゃなくて、聖剣じゃね?
冷や汗がダラダラと流れ落ちる。焼けた指の痛みは一向におさまらなかった。アンデッドの体になってから鈍りに鈍っていた痛覚が、蜂の巣をつついたように神経の中を暴れ回っていた。腹を斬られて内臓が飛び出しても何ともなかったのに、指先が火傷しただけでこの痛さ。痛い、めっちゃ痛い、涙出る……
と、思って指の状態を確認したら、何か隣の指に比べて長さがおかしい。人差し指の第一関節から先がなくなっていた。
「うなん……ッ!?」
自分のものとは思えないくらい素っ頓狂な声が思わず飛び出る。ほんとにちょんと触っただけなのに、指先が消滅していた。そして、全然再生する様子がない。このくらいの怪我なら【再生強化】ですぐに治るはずなのに。吸血鬼の弱点について、ヴァイデンが言っていた言葉を思い出す。
『心臓は急所、聖属性魔法は天敵、流水に触れたら溶ける、日光を浴びたら消滅……』
『消滅!? ……消滅したら復活でき、ます?』
『…………(無言の笑顔)』
いやいやいやいやいや……ほんとそういう冗談はやめてくれ。マジで頑張ってくれ【再生強化】。今すぐには無理でも、時間をかければ元通りにしてくれると信じている。頼むぞ!
それにしてもこの魔剣、まともに触れないんじゃ使い道がない。俺がアンデッドでなければこんなことにはならなかったんだろうが……激しく落ち込む。
まずい、気分が急下降していく。今の俺は何の魔剣も装備していない状態だ。それに加えて聖属性攻撃をくらって指先消失というアクシデントもある。いつもは傲慢剣から得られる高揚感のおかげで保てていた平常心が崩れつつある。もうこんな使えない魔剣のことはどうでもいい。早く傲慢剣を装備しよう。
「……いや、まて」
ふと、思いとどまった。今の精神状態は、何かよくない傾向のように感じた。俺はあまりにも傲慢剣に頼り過ぎてはいやしないだろうか。
傲慢剣がもたらす精神高揚を常用しているせいで感覚がマヒしていないか。これでは、いつもタバコを吸っていないと落ちつかないニコチン中毒の喫煙者みたいだ。剣を装備していないせいで気分が落ち込むのだと思っていたが、逆ではないか。装備し続けているせいで、依存性が生まれていないか。気分の不調はその副作用ではないか。
傲慢剣は精神支配の軽い剣だと思っていたが、ある意味ではそうでないのかもしれない。このまま一本に依存し過ぎるのは危険だと感じた。やはり、他の魔剣についても理解を深めて使いこなせるに越したことはない。




