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27話

 

 なんという性能。敵として相対することがこれほど厄介な魔剣とは思わなかった。

 

 「ワカッタ。モウイイ」

 

 保身を考えるのはやめだ。手段を選ぶな。たとえそれがどんな犠牲を払うことになってでも、それこそ命をかける覚悟ななければ傲慢剣は破れない。

 

 遠距離攻撃ができない? だったら、遠距離をせずに遠くにいる相手に攻撃を当てればいい。

 

 俺は自分の腹に手をやる。再生強化が働かず、内臓に達するほどの傷がいくつも放置されている。俺はその傷の中に手を突っ込み、臓物を引きずり出した。血液とも異なる体液に濡れた、みずみずしい肉の塊が姿を見せる。

 

 目当ては腸だ。人間の内臓のうち、最大の体積を持つ器官でその長さは7メートルから9メートルにもなる。それだけのものを引っ張りだせば、腹の中がだいぶスッキリしてしまったが、痛みも恐怖もない。

 

 何も自暴自棄の自傷行為に走ったわけではなかった。俺はよじれた腸の一端を憤怒剣に巻きつけた。鋸歯が肉に食い込み、しっかりと結びつく。

 

 これは肉のヒモだ。これで俺は魔剣のヒモ付きとなった。その状態で再度魔剣を振りかぶり、投擲の体勢に入る。

 

 『遠距離攻撃をしてはならない』

 

 否、この攻撃はルールに抵触しない。なぜなら、この状態で魔剣を投擲すればヒモでつながった俺もろとも敵のところまで投げ飛ばされる。つまり暴論を許すなら、接近戦に持ち込むのと同じことだ。

 

 普通に考えれば馬鹿げた話である。例えば砲丸投げの選手が、投げる球と自分の体を鎖でつないだとする。意味のない行動だ。まともな記録など出せるはずがない。

 

 だが、この魔剣の力をもってすれば話は別。強化された筋力は条理を覆す。放たれた魔剣は、傲慢剣の弾幕をものともせず突き進むだろう。

 

 ただし、俺自身は無事では済まない。傲慢剣の迎撃をまともに食らい、投擲した魔剣の衝撃に巻き込まれる。俺程度の吸血鬼の能力では生き残れない可能性が高い。再生能力も働かないのだからなおさら生存率は下がるだろう。

 

 だが、他に手はなかった。指をくわえて見ていたところで敵に殺されるだけだ。諦めてむざむざと屍をさらすことなど、到底許容できない。迷いはなかった。死への恐怖も塗りつぶされる。全ての目的が殺意に集約する。

 

 「クーデルカアアアアアアアアア!!」

 

 それさえ叶えば、あとはどうでもいい。怒りの一撃を放つ。

 

 視界がブレた。重力加速度を遥かに超える勢いで下に引っ張られる。体がバラバラになりそうな加速の負荷に耐えきれず、俺の意識は瞬時にブラックアウトした。

 

 * * *

 

 「――――――――――――」

 

 重い瞼を開いた。たったそれだけの行動で気力を使い果たしそうになる。

 

 無音の世界にいた。鼓膜が破れているのだと気づく。体の感覚がなかった。脳だけが生きているような感覚。首を動かすこともできず、自分の体がどうなっているのか確認できなかったが、ろくなことにはなっていないはずだ。

 

 だが、生きている。俺は勝ったのか。周囲は活断層が隆起したように地形が変わっている。岩と土が散乱しており、元の森の姿は見る影もない。これが憤怒剣の投擲によってなされた一撃の結果だとすればクーデルカはどうなったのか。果たして、俺は奴を倒せたのか。

 

 「――――!!」

 

 誰かが近づいてくる気配がする。もし、クーデルカであれば、今の俺に抵抗する力は残されていない。その人影は、動かない俺の体を抱き起こした。

 

 そこにいるのは俺だ。コピー俺だった。何やら興奮した様子で話しているが、その声は聞こえない。だが、その表情は歓喜に満ちていた。俺はようやく安堵する。

 

 勝った。生き残った。万感の思いだった。嬉しいとも悲しいともつかない感情に、視界が潤む。疲れがどっと押し寄せてきた。このまま目を閉じたらそのまま永眠してしまいそうだが、限界だった。後のことはコピー俺に任せて、体が再生するまで少し休もう。俺は瞼を閉じて気を失うような眠気に身を任せる。

 

 「――――」

 

 ドクン

 

 何かが、体の中に入ってくる。眠りかけていた俺は目を開けた。相変わらず、視界には俺を覗き込むようにして俺がいる。俺がそこで笑っている。偽物の俺が笑い、その手が俺の胸を、心臓を、

 

 ドクン

 

 何をしている? なぜ俺の胸に、手を突き入れている。肋骨を砕き、心臓を掴んでいる。潰された肺に満ちる血液が、気管を通って口から溢れた。やめろ! やめろ! やめろ! 叫び声は音にならない。動かせるのは眼球だけだった。ギョロギョロと目だけが気持ち悪いくらい動かせる。

 

 ドクン

 

 クーデルカを倒した。危険は去ったはずだ。俺は生き残ったんだ。死にたくない。お前は誰だ。お前は――

 

 ドチャ

 

 お前は“何”だ?

 

 胸の中で命の果実が弾けた。魂がほどけていく。ただただ遠く、深く、どこにも届かない場所へと消えて行く。俺はこの感覚を知っている。

 

 死だ。

 

 * * *

 

 「こんなにうまくいくとは思わなかったよ」

 

 俺は複製品だ。強欲剣の能力によって作り出された『エン』のコピー。それは間違いない。俺は、オリジナルの『エン』ではない。

 

 しかし、本物と寸分たがわぬ偽物だった。強欲剣は、まさしく一つの物を複数に増やす力を持つ魔剣。オリジナルとそのコピーに違いはない。俺もまた『エン』なのだ。

 

 それをあいつは誤解した。俺を都合のいい使い捨ての消耗品であるかのように、誤解“させた”。全てはこのときのためだ。本物の俺を殺し、俺だけが唯一の『エン』となるために。

 

 改めて理解した。魔剣は想像を絶する危険を秘めている。こんなものが俺以外の手に渡ってはならない。クーデルカに魔剣を貸すという行為がいかに愚かなことであったか痛感した。今後、このような事態は絶対に避けなければならない。あらゆる手段をもって、魔剣を独占する必要があった。

 

 俺が二人いる。俺の知らないところで魔剣が流出する可能性が出る。それは看過できない危険性だ。もう一人の俺には消えてもらうしかなかった。

 

 実は本物を抹殺することはそう難しいことではなかった。奴は常に傲慢剣を装備していたため危険はあったが、俺のことを信用していた。魔剣を交換した隙などを狙って殺すことは可能である。

 

 だが、そこで欲が出た。どうせならクーデルカの件もこの際に片づけてしまおうと思ったのだ。俺は本物の命令に従って、クーデルカたちと合流した。一つ、指示された内容と違った点は、クーデルカに渡した傲慢剣が“コピー俺の傲慢剣”であることか。

 

 外套で隠した傲慢剣を俺も装備していたとは言え、クーデルカに目の前で魔剣を渡すのは勇気のいる行動だった。それでも『決闘化』のルールがある以上、即殺される心配はないと踏んだのだ。オリジナルの俺はそのあたりをマジで失念していたようだが……

 

 その結果、クーデルカが黒であると判明した。そこにオリジナルの俺をぶつけさせ、戦闘を引き起こす。共倒れしてくれれば大いに結構。クーデルカが生き残った場合は、受領箱を使って魔剣を奪い取れば無力化できる。そのためにわざと“俺の”魔剣を渡したのだ。オリジナル俺が生き残った場合は、どうとでもなる。後で殺す機会はいくらでもあるからだ。

 

 全ては計画通りに進んでいるかに見えた。だが、狂いが生じる。クーデルカが予想以上の強さを発揮してオリジナルを追い込んだ。これはまずいと思い、クーデルカから魔剣を奪取するため受領箱を操作する。しかし、それができなかった。『決闘化』のルール『相手の武器を盗んではならない』が発動した。

 

 そんなルール聞いてない。血の気が引いた。こんな形で邪魔が入るとは思わなかった。そこからはひたすらにオリジナルが勝つことを祈る。オリジナルが負ければ次は自分の番だ。全く消耗した様子もないクーデルカと戦うなど冗談ではない。

 

 しかし、天は俺に味方した。オリジナルの俺が勝利する。クーデルカは即死、オリジナルは瀕死の重傷という最高の結果に収まった。俺はオリジナルを殺し、これで計画は完遂された。

 

 「奪わずにはいられなかった俺は“強欲”か」

 

 そのとき、オリジナルの死体を中心として異変が起きる。傲慢剣や強欲剣を始めとした、様々な魔剣がバケツをひっくり返したようにぶちまけられたのだ。

 

 オリジナルの俺の受領箱に収納されていた魔剣である。それが死を迎えることで収納機能を失ったのか、中身が放出されている。ゲームで、倒されたモンスターがアイテムをドロップするように。

 

 「俺の魔剣……!」

 

 急いで散らばった剣たちをかき集める。もう誰にも渡すものか。奪おうとする者は許さない。仲間を殺し、自分を殺し、狙う者は皆殺す。

 

 「これは俺の魔剣だああああ!!」

 

 魔剣ちからこそ全てだ。

 


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