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26話 「第四の魔剣アエシュマ」

 

 『憤怒剣アエシュマ』。その形は、二メートルはあろうかと言うほどの長大なノコギリだった。大工道具というよりも、マグロの解体にでも使うかのように歪な形をしている。諸刃の刀身は持ち手がなく、端から端まで鋸歯が並んでおり、握れば手に刃が食い込む。野ざらしにされていたように錆が吹き、光沢が残っている部分の方が少なかった。

 

 力が流れ込んでくる。ステータスを強化する魔剣の基本能力。しかし、憤怒剣の場合はその規模が、桁が異なる。

 

 焼け溶けた鉄を血管に流し込まれたかのように全身が熱い。力の全てを受け止めきれず、飽和状態となった身体が悲鳴をあげる。強化された知覚が自身の状態を認識する。筋線維の一本一本が千切れ飛び、毛細血管が末梢から弾け死んでいく感覚がわかる。

 

 だが、そんな四肢の状態など問題にならないくらい脳内はヤバかった。意識が怒りに捕らわれる。傲慢剣のように緩やかな支配ではない。怒り以外の感情は許さないと言わんばかりに、視界が赤色に染め上げられていく。

 

 ステータスの超強化こそがこの魔剣の真価だ。体感だが、それは傲慢剣の強化値を容易く上回る。俺が選んだ策はゴリ押しだった。圧倒的なステータスの差で敵を押し潰す。

 

 だが、敵もまた同格の魔剣を持つ相手。死神が振るう鎌の音がする。大気を引き裂く無数の剣閃を感じ取った。確かに俺のステータスは強化されている。さっきよりもありありと死の気配を感じ取れた。

 

 だからこそ余計にわかる。これは避けられない。来るのがわかっていても回避が間に合わない。超強化された身体能力をもってしてもかわせないのだと気づかされた。

 

 さっきまでは『早討ち』の弾幕による守りがあった。しかし、今の俺に守りはない。次の瞬間には切り刻まれて屍をさらすだろう。では、ここで絶望するのか。なすすべもなく切り捨てられることを是とするのか。否、そんな軟弱な感情はもはや俺の中に残されていない。あるのは眼前の敵を殲滅せよという破壊衝動のみ。

 

 魔剣を交換する直前に放った『早討ち』により稼げた一瞬の隙。そこで今の俺にかろうじてできることと言えば、剣を構えることだけだ。正眼の構えを取る。

 

 意図して取った行動ではなかった。だが、結果的にそれが理にかなっていた。あるいは俺の本能が無意識のうちに最適な行動を選んだのか。

 

 正眼の構えとは剣を両手で持ち、身体の正面で中段の高さを取る姿勢である。剣道でよく目にする基本的な構えだ。俺はやや剣身を引き寄せ、刀を立てた状態を作っていた。

 

 すなわち、これは守りの構え。脳、心臓、臓腑、これらの生命の根幹をなす重要な器官は身体を左右対称に割る中心軸に集中している。この真ん中のラインに沿うように、剣を置いたのだ。

 

 二メートルの長刀は盾となった。斬撃の嵐を受け止める。衝撃は怒涛のように押し寄せたが、俺の剣は岸壁のごとく揺らぐことなく斬撃の雨を飛沫と散らした。

 

 彼女の『早討ち』の精度は恐ろしいほどの精度に高まっていた。俺が憤怒剣を呼び出したのを見て、直感的にここで仕留めなければまずいと気づいたのだろう。まさにとどめを刺すに十分な、致死量を越えた幾百もの剣撃。

 

 だが、俺はその技量に救われたのだ。奴は俺が吸血鬼であり、多少の怪我はダメージにならないことを知っている。よって狙いは当然、俺の弱点。心臓、あるいは思考を中断させるために頭部を狙ってくるはずだ。その予想は見事に当たった。

 

 奴が狙ったのは俺の中心軸。そして俺が守ったのも中心軸。彼女の技量が優れ、正確に的を射てきたからこそ、俺はその攻撃をしのぎ切れた。

 

 しかし、それでも無傷では済まなかった。全ての斬撃を受け止めることなどできない。すさまじい剣撃の物量を刀一本で防ぎきれるはずもなく、全身が血に染まるほど負傷していく。本当に、辛うじて生きている“だけ”の状態だった。

 

 傷の再生が追い付かない。負傷が大きいということもあるが、それ以上に回復のリソースを憤怒剣の使用代償を補うために消費しているからだ。この剣は使うだけで身体が壊れていく。使用中は【再生強化】の効果がまともに働かないと思った方がいい。

 

 こうしているうちにもクーデルカの攻撃の手が休まるわけではない。いまだに俺は敵の射程の中におり、そしてこちらの攻撃は遠く届かない。手をこまねいていれば死を待つしかなくなる。

 

 前に進み、あえて嵐の中を突き進むか。後ろに退き、敵の射程から逃れて体勢を立て直すか。いずれにしても、行動には限界があった。脚に受けたダメージが大きすぎる。取れる選択肢は二つに一つ。決死の覚悟で臨まなければならない。

 

 だが、問うまでもなく俺の中で、答えは既に決まっていた。後ろに退くことなどありえない。それは戦術的な問題ではなく、感情的な問題だ。ここで退くことを俺自身が許さない。

 

 「オオオオオオオオオオオ!!」

 

 自分のものとは思えないような叫びが喉の奥から自然にこみあげて来る。感情が噴火する。俺の体は自分でも気づかぬまま飛び出していた。

 

 地面を蹴り、空中へと飛ぶ。地面が抉れ、その反動を全身に受け、弾丸のように宙を舞った。もともと負傷していた脚はその負荷に耐えきれず、左脚は太腿から下が千切れ飛び、右脚は皮一枚でつながっただけの邪魔な飾りと化した。

 

 高速で飛翔する俺の後を、不可視の斬撃が追随してくる。しかし、その手はすぐに止んだ。傲慢剣のリーチを抜けるほど、俺が高く空を飛んだのだ。

 

 風を切り、どこまでも高く舞い上がる。月に手が届きそうなほどの跳躍。だが、重力の縛りが俺の体をそっと引き留めた。緩やかに上昇は収まり、下降が始まる。まっさかさまに、戦場へと落ちていく。

 

 直下には胡麻粒ほどの人影が見えた。強化された視力がその姿を捉える。見間違えるはずもない。俺の敵がそこにいる。その表情は嘲りに満ちていた。愚鈍な獲物に標的を定める猟師のように、虎視眈眈と待ち構えている。

 

 このまま行けば、俺が奴の射程範囲に入った途端、攻撃が開始されるだろう。俺の剣が届く距離に近づくまで、命が無事である保障はない。いや十中八九、俺の方が先にやられる。

 

 剣は銃に勝てない。戦争の歴史がそれを証明している。速度とは、射程とは、何者も寄せ付けない脅威である。では俺には、なすすべもなく一方的に攻撃される運命しか残されていないというのか。

 

 いや、一つだけ、一回だけ、俺にも長射程の一撃を放つ術がある。投擲だ。超強化された筋力をもって、全力で剣をぶん投げる。この剣には構えただけで『早討ち』を防ぐほどの力がある。その投擲の一撃は、必ずや敵を粉微塵に撃ち滅ぼしてくれるだろう。

 

 「シネ」

 

 俺は溢れ出る殺意の全てを剣に乗せて振りかぶった。傲慢剣パロマイティの射程の遥か先から、憤怒剣アエシュマを届かせる。一発逆転の一撃。

 

 

 『遠距離攻撃をしてはならない』

 

 

 「……!?」

 

 頭の中に強烈な違和感が走る。このまま攻撃しても無駄だと瞬時に悟った。正確には、攻撃をできなくされてしまうのだと理解する。

 

 『決闘化』の効果がここにきて立ちふさがった。

 

 


ステータス「反応力」をずっと「反能力」と誤記していました。2話以降ずっとだよ! なんでみんな教えてくれなかったんだよ!(笑


傲慢剣の反応力の強化値を850から400に変更しました。


憤怒剣アエシュマの名前の由来は、ゾロアスター教において憤怒を司る悪魔ダエヴァ)、アエシュマから。この悪魔は割とメジャーな方なので、気づかれた方がいるかもしれません。


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